【第13話】妖精の食べ物
しばらく子供は何故かわいいのか問題を語り合ったデンシン達だったが、ふとマリーが時計を見たとき、時計の針が6時を回ろうとしていた。
「あらやだもうこんな時間!急いで食事の準備をするわね。今日はシチューよ!」
「あぁ、付き合わせて悪かったなマリー。楽しみに待ってるよ」
「ごーはんーごーはんー」
軽く早足に台所に向かうマリーを、クリスはヒラヒラと手を振りながら見送った。
「いやぁデンシンくん、マリーの作るシチューは本当に絶品でねぇ、あれだけは王宮の料理よりもおいしいと言い切れるくらいだよ」
「へぇ、それは楽しみだな。そういえば腹が減ってきたな。ここに産まれてからなにも食ってなかったからなぁ」
「そうかぁ、それなら楽しみに待っててくれよ。おいしすぎて爆発しちゃうかもしれな……あれ?」
二ヤケながら妻の料理を褒めちぎり、デンシンにも勧めようとしたクリスだったが、ここで一つ疑問が浮かんだ。
「どうした?」
「デンシンくん、食べ物、いるのかい?」
「え?……あ、そうか!俺そういえば人間じゃなかったわ!」
迂闊!精霊歴3時間程のデンシンくん。まだまだ精霊の自覚が薄く、それでいてなまじ人間だったときと感覚が似ているおかげで、またしても自分を人と勘違いしていたのだ!
「な、なぁクリスさんや、精霊って何かモノを食べるって話はあるのかい?」
精霊であるのに精霊の生態に詳しくないデンシンは、あろうことか人間に精霊の食べ物を聞いてみた。
「それ俺に聞くのか……うーん、どうだろ?そういえば食事のとき、ファイはかまどとか焚火のそばにいて、水の精霊なんかは水を飲むとは聞いたことあるけど、俺は精霊付きじゃないからわからないな……」
「一応、精霊が何かしら物体を吸収すること自体は一般的なんだな」
「それを精霊本人に説明するというのもどうかと思うけど、まぁそうだよ」
「うーむ、一応さっき出してみせた塩を舐めたとき、しょっぱさと若干の苦みは感じたから、少なくとも味はわかりそうなんだが」
「まぁ……なんだ……俺の分のメシはマリーたちに比べて多めによそってくれるから、それを味見してみなよ。食べられるようなら、そのまま分けてやるから……」
「すまないな……助かるよ」
元人間のデンシンにとって、恩人を探す途中で腹は減るのに一生飲まず食わずというのは流石に堪えるものだった。まして元日本人ならば、その辛さはひとしおだろう。こうして会話を続けている間にも、空腹の感覚が徐々に強くなっていっているデンシンは、ありがたくその好意に甘えることにした。
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「お待たせ!今日は王都で買い物したから、珍しい野菜も入ってるわよ!」
「わーい!ママのシチューだー!」
しばらくして、テーブルにマリー特製の夕食が並んでいた。こんがりと焼かれた黒パン、お酢と塩の簡単なドレッシングで味付けされた葉物中心サラダ、そしてニンジン、タマネギ、カブ、ブロッコリー、シイタケ、鶏肉の具沢山シチュー、箸休めに少しのチーズ。
貴族の食事としてはやや庶民寄りだが、栄養満点で豪勢な食事と言って良いだろう。デンシンはこの世界でも食材の見た目は地球のものとほとんど変わらないことに安堵しつつ、温かみを感じる料理を食べるのが楽しみで仕方がなくなった。
「待ってました!それじゃあみんな席について、食事のお祈りをしようか」
クリスがそう言うと、ラーズリーの家族たちはテーブルの上で手を組み、祈りの言葉を唱えた。それを見てデンシンも真似をして手を組んだ。
「我らが人間が自然の恵みを得ることに感謝を。いただきます」
「「いただきます」」
なんとも聞きなじみのある言葉だった。多少の前置きはあったが、確かに今「いただきます」と言った!これにはデンシンに電流が走った。地球の、日本の言葉、文化を伝えた存在がいる!これは非常に重要な手がかりになると思ったからだ。
「なぁ、今の挨拶って、この国の宗教で伝わってるものなのか?」
「え?えぇ、そうよ。イムジシン教っていう、この国だけじゃなくて大陸で広く教えられている教えよ」
突然デンシンが質問してきたのを、困惑しながらもマリーが答えた。
「そうなのか。いや、食べる直前にすまない。ちょっと聞き覚えがある言葉だったものだから……」
「そう。案外ここに来るまでのどこかで誰かおやつか何かを食べるときに言ってたのを聞いたのかもね。さぁ、気を取り直していただきましょう!」
「うん!ラピスもうおなかペコペコ!」
マリーが仕切り直すと、クリスもラピスも勢いよく食べ始めた。ラピスが喉につっかえないかと少し心配してみていたが、しっかりよく噛んで食べているところを見ると大丈夫そうだ。
「うん!おいしー!」
「いつも食べてるけど、いつでも絶品だよマリーの料理は」
「ク、クリスさん、おいしいのはわかったから、少し分けてくれないか。このままじゃ生殺しだ」
「おっとそうだった、ほれ、デンシンの分だ」
そういってクリスは小さい皿にシチューを入れ、デンシンに渡す。受け取ったデンシンは皿をそのまま口に当て、一気に飲みだす。
「あら?デンシンって妖精なのにシチュー食べられるの?」
マリーが心配そうにデンシンを見ていると、空になった皿をコトリと置き、目をかっぴらいて、
「うまぁい!絶品だ!」
と、思わず叫んでしまった。野菜や肉のうまみがしっかりとにじみ出ており、それを濃厚なミルクが包み込むハーモニー、まるで自分の身体に食材がしみ込むようなおいしさで力が湧いてくるように思えた。デンシンはすっかりマリーのシチューの虜になった。
「デンシンもママのおりょうりおいしい?」
「あぁ、ラピスもこんなおいしい料理をずっと食べてて幸せもんだな!」
「あらあら、気に入ってくれてよかったわ。次からはちゃんとデンシンの分も用意しなきゃね」
家族に好評な料理を気に入ったデンシンを見て、マリーはニコニコと笑顔になっていた。料理を作る人は、やはり自分が作った食事をおいしいと喜んでくれるのは誰でもうれしいものだ。
(すまん、サチコ。このシチューに関しては本気でお前の料理よりも上かもしれん……)
前世の妻の料理を少し思い出しながら、デンシンはクリスにおかわりを要求した。また、程よい焼き加減で食感が心地よい黒パン、フレッシュなサラダ、チーズも、デンシンは全てクリスから分けてもらい、すべておいしくいただいた。「大きさの割にだいぶ食われたな」とクリスはやや意気消沈した。




