いろんな(メディア的な)ジャンルに想いを馳せて 起読性②
起読性……。
いろんなメディア的ジャンルを越えて、思い浮かぶ作品たち。
と、次の作品を考察する前に、前回に語った『ルパン三世カリオストロの城』で、小説に使えそうなこと。
①冒頭の理想(の1つとして)
主人公が何者であるのか、わかりやすい局面。
できれば、読者を引き込めるような、緊張感がある。
できれば、主人公の技量、人柄、関係性がわかる。
できれば、主人公の説明のためのミニエピソードに終わらず、そのまま大きな流れ(あらすじ)に直結、展開する。
できれば、物語が始まってから早い段階で、主人公の行動の方向性や目的が(うっすらとでも)示される。
(そして、それは後に若干の修整が加えられてもいい)
※なお、起読性とは少し違う事柄だけど、大切だと感じたこと。
①物語を構成するのに必要な設定の解説、説明。
物語のテンポを守るために、詳細に畳み掛けるように説明するタイミングがくるまで、抽象的にでも端的にでも、大まかで小出しな説明にとどめる。
続いて、物語の始まりで思い浮かぶ作品。
ミヒャエル・エンデ
『はてしない物語』
ボクが必ず触れるネタ。
ボクが“ミニ・トライ”と名づけている方法。
(レトリックとしては、何か正式名称があるのかも知れませんが)
『はてしない物語』の場合は、挿し絵とのコンビネーション。
古書店の店内からドアのガラスを見てる描写から始まります。
そして、挿し絵。
ガラスに記されてる店名が、店内から透けて見えてます。
鏡文字?みたいに見えるのかな。
当然、自然と表側から見た場合の文字を想像すると思うんです。
そして、その小さな挑戦は小学生程度なら充分に可能だと思います。
それを達成した時、読み手の心は、もう、ドアの内側(物語の中)にいると思うんですよね。
これを“ミニ・トライ”と勝手に名づけてます。
『星の王子さま』の冒頭の“ゾウを呑み込んだうわばみ”も、少し似てると思います。
読み手には、一生懸命に、“そーゆーつもりで見てみよう”と、挿し絵をジッと眺めた人も多いと思うんです。
この“ミニ・トライ”は、挿し絵無しの文章だけでも、できます。
例えば、「ここで、名前がわからなくて一生懸命に説明してるコレって、たぶんアレのことだよね?」とか。
こだわりのちょい足しとか簡単レシピの説明から始まって、読み手はその料理を一生懸命に(無意識に味なども)想像するとか。
大切なのは、ちょっとした集中力で可能なこと。
「それって、情景描写と効果の何が違うの?」と質問されそうですが、うまく説明できません。
ちなみに、『はてしない物語』も、イジメっ子から逃げてきた、誘惑に駆られて本を無断で持ち出してしまって罪の意識に苦しむなどの、若干の“緊張”の中で、物語は動き始めます。
始まりに“緊張感”を持たせるのは、やっぱり、効果的な戦略なのかも知れません。




