いろんな(メディア的な)ジャンルに想いを馳せて 始読性
始読性……。
こんな言葉はありません(たぶん)。
ボクが身の程もわきまえずに、こーゆーウンチク投稿する時、そして、物語の始め方について考えるとき、頭に浮かぶ作品があります。
ただ、それを表現する言葉が見当たらないので、短編投稿などでウンチクを語る時には挙げていないのですが……。
“なろう”の作品です。
『絵の具をかるく超える、ウソ臭いみどり』
基本的にボクは“勢い至上主義者”です。
読ませるとか、読ませ始めるとか、そんなウンチクをエラソーに語る時、“勢い”とか“危機感”とか、そんなところから、語るんですが……。
『絵の具をかるく超える、ウソ臭いみどり』
この作品は、そーゆーのとは真逆です。
でも、好きだし、スゴいなって思うんですよね。
全体的に好きなんですけど、“読み始めさせる”ってことに、特にスゴいなぁ……って思います。
始読性……。
ボクの造語です。
読み始めさせる、読み進めさせるってことについて語りたいな、って思った時に、“起読性”って造語を始めに思いついたんです。
でも、この作品は違う。
“起”のような力ずく感がない。
あくまでも自然。
で、いろいろ考えて“始読性”にしました。
なんだろう……。
こーゆーことって、ちゃんと考えをまとめて投稿すべきなんですが、次は“起読性”について語るって決めたもんで、「その前に……」と見切り発車で書いてます。
やっぱり、まず、タイトルですかね……。
人生で心当たりのあるタイトル。
ボクは初めにタイトルを目にした時、違う景色を思い浮かべたんです。
作中の文にもチラと出てきますが、ボクの場合はカエル。
自然の中で、その色合いに感嘆というか衝撃というか、そういう強い、ちょっと人に語りたい気持ちを感じたことがあって。
で、「作者は何に感じたのか……」
たぶん、読み始めた気持ちを言語化すると、そんな気持ちです。
で、読み始めると、冒頭の文はタイトルに沿っているけど、答えが明かされるわけではない。
とても自然な日常。
そして、とても自然に日常にあるような出来事に続いていく。
(これから読む方のために、ネタばらしはしませんが)
セリフも自然で生命感があるし、作者が何に感慨を覚えたかを知れた時も「ああ、そうですよね」という納得感、共感があって、そこまでの流れに停滞感がないし。
手際よくまとめた終わり方も味わいがあるし。
ボクは他の方の作品をあまり読んでませんが、“なろう”の中でトップクラスに(というか、他の作品をパッと思い浮かべられません)に好きな作品です。
読ませるには? 読ませ始めさせられるには?ってことについて、ちょっとエラソーに語るとしたら、触れておく方が誠実かな?と思って、無断でご紹介しました。




