12・不穏な影
「まさかベンノ相手にこれだけ圧倒するとは」
ベンノは地面に大の字になって倒れている。
白目で口を半分開けている姿は、とても元魔導騎士団だとは見えない。
「いえいえ。ベンノさんも強かったですよ」
一応フォローを入れる。
俺も魔法使いの端くれだ。
魔導騎士団がどれだけすごいところかや、500℃の炎魔法なんてそう簡単には放てないとは分かっている。
ただ……それでも、限界突破した氷魔法が上回ったということだ。
「エリク、すごいね!」
「うおおおお! さすが我が親友だああああああ!」
勝利が決まってから。
ずっとリネットとカーティスが体を密着させている。
カーティスはともかく……リネットと密着すると、そのなんだ。柔らかいところとかが当たって落ち着かない。いやこれはこれでいいのか?
そんな感じで頭がぐるぐる回っているため、アドルフの話に集中出来なかった。
「是非専属の魔法使いになって欲しいほどだ」
「ベンノさんはどうなるんですか?」
「君が来てくれるなら、すぐにでもクビにするつもりだよ。それくらい、君には価値がある」
二人体制でもいいはずなのに……だが、それだけ俺を必要としてくれるというアピールか。
さて、どうしようか。
こうやってモーリュック家という貴族の専属魔法使いになれることは有り難い。
収入的にも安定するし、冒険者よりは危険ではない仕事だからだ。
「エリクがモーリュック家の専属になったら、もうわたしと冒険に行けないね……ははは、うん。大丈夫だよ。そっちの方がエリクにとっていいと思うから」
寂しそうな瞳でリネットが見てくる。
彼女の中では、もう俺の結論が出ていると思っているみたいだ。
仕方がない。十人いたら九人は専属になることを選択するだろう。
だが。
「すいません。その話、保留にさせてもらっていいですか?」
とアドルフに断りを入れた。
「……理由を聞かせてもらっていいかな?」
落ち着いたアドルフの声。
「まだ俺は冒険者としてやっていきたいんです。小さい頃からの憧れでしたから、冒険者は」
これは本音であった。
専属の魔法使いになれることはいつでも出来る。それまで待ってくれるだろうという自信が俺にはあった。
それに……折角リネットのような可愛い女の子とパーティーを組めたんだ。
組んでからまだ日も浅い。それなのにこんなに早くパーティーから離れるとは、いくらなんでも薄情すぎる。俺の主義に反するのだ。
「エリク!」
リネットに名前を呼ばれる。
「ほ、本当にいいの? わたしに気を遣っているなら、別に大丈夫だよ。だって今までずっと一人だったんだから。今更……」
「気を遣っているわけではないさ。俺とパーティーを組むのが嫌なのか?」
軽い口調で俺は問いかける。
「そ、そんなことないよ! これからエリクと冒険が出来てわたしも嬉しい!」
すると慌ててリネットは否定した。
可愛いヤツだ。
「エリク! なかなか賢明な判断だな。そこでどうだろう? もしよかったら僕もパーティーに入れて……」
「それだけは絶対嫌だ」
カーティスに『NO』を突きつける。
「むう……残念だ」
残念そうに口を尖らせるカーティス。
こいつだけは絶対にパーティーに入れたくない!
一気に暑苦しくなりそうだからな。
「はっは! 楽しそうでなによりじゃないか」
そんな俺達の様子を見て、アドルフは顔をほころばせていた。
「しかしエリクよ。もし気が向いたら私の専属になってくれよ。いつでも待っているからな」
「有り難いお言葉です」
なんだ。
カーティスの父だから、どんなとんでもないヤツだと思っていたんだが。
意外に話の分かるいい男じゃないか。
「?」
カーティスに視線をやると、彼は首をかしげた。
……お前もこれくらい話の分かる人間になって欲しいものだ。
「あっ、そうそう。アドルフさん」
「なんだ?」
「一つ気になることがありまして……」
その後、俺は森で見た魔法陣についてアドルフについて説明した。
「むぅ……そのようなものが……」
そのことはアドルフの耳にも届いていなかったみたいで、彼は驚いた表情を作っていた。
「なので気をつけた方がいいかもしれませんよ。魔法陣は無力化しましたが、しばらくあの周辺に近付くことはオススメしません」
「うむ、ありがとう。助かるよ」
礼を言うアドルフ。
これくらいの情報、お返しとして渡しておいても問題ないだろう。
「さて、話も済んだ」
アドルフがパンと手を叩き。
「そろそろ食事にしようではないか。準備も終わっただろうしな。そこではもっと楽しい話をしよう」
「ありがとうございます!」
そうだそうだ。
元々美味しい食事にありつくため、モーリュック家を訪れたのであった。
当初の目的を思い出し、俺は涎がこぼれ落ちてしまいそうになった。
「楽しみだねー!」
「ああ」
リネットもウキウキ気分のようであった。
期待を胸で膨らませ、俺達は食堂まで移動するのであった。
【SIDE ???】
憎い。
ベンノは憎悪に囚われていた。
どうやら戦いの後、自分は気を失っていたようだ。
目が覚めると、ベッドの上であった。
「失望したよ、ベンノ。お主がそのような実力しか持たんとはな」
主のアドルフにそんなことを言われた。
私が失望されただと?
いやそんなことは有り得ない。
今までベンノはエリート街道を歩んできた。
魔法学校を首席で卒業し、そのまま魔導騎士団に入団。そこでも輝かしい実績を積み重ねてきた。
しかし魔導騎士団の生活はなかなかに辛いものであった。あのまま勤め続けていてもよかったが、ここモーリュック家の専属魔法使いになることにした。そちらの方が楽だったからだ。
そしてアドルフから絶大なる信頼を得て、悠々自適に暮らせるものだと思っていたが……計算が狂った。
全てはあの少年のせいだ。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
ならどうする?
そうだ、あの計画を前倒しにして進めようではないか。もう実用可能なところまで出来ているはずだ。
後一カ所だけ、不安なところがあるが……なに、大丈夫だろう。大した問題でもない。
ニヤリとベンノは口角を吊り上げる。
決断した彼は自分の部屋から出て行き、夜の闇へと消えていくのであった。




