4話 過去に縋る者と未来を切り開く者
中にはもう一人僕のベッドに我が物顔で寝転がりノートパソコンを弄っている人物がいたのだ。サラサラの赤い髪を光るピアスがキラリと光る少し大きめの耳にかけている少年の様な男…この優しくもどこか儚げな横顔は…
あの弱虫チビ…璃音くんだ。
なぜ僕は徹平一人だと決めつけてしまったんだ?
こんなことなら靴をしっかりと確認しておくべきだった。
無理無理無理無理!!
徹平だけなら、一対一なら受け止めようと思っていたが
こうなると話が変わってくるぞ!気まずさが一瞬にして倍になってしまったじゃないか!
まだ間に合うか?
この場から立ち去るか?
いや、後ろには徹平がいるな。
彼は戦闘力が高い。その上包丁という極めて殺傷力の高い武器もある。戦うなら雑魚の方が断然マシだ。こいつをやっつけちゃえば窓から逃げられなくはない。鞄の角で顔面を強打すれば…
ダメだ!
どんなに完璧に動けたとしても一瞬で片付けるのは無理に等しい。そのタイムラグが徹平の加勢する隙を与えてしまう。
なら、一層の事璃音くんを無視してやり過ごすか?
そうすれば、少なくともこいつらの思う壺になる事は…
ダメだ!!
これは持久戦になる。
徹平がいる以上、相手の方が引き出しは多い。心理戦に持ち込まれたら僕に勝ち目はない。それこそ向こうの思う壺じゃないか。
余計なこと考えず、「普通にいく」しかもう道は残されていないようだ。
「璃音くん!ひさしぶッ!!痛っ!!!」
意を決して声をかけた僕の足の裏に激痛が走り、僕は慌てて足元を見る。
そこには見た事もない形状の工具が散らかっており、どうやって侵入したのか容易に想像出来た。
ピッキングかよ。
すげぇ原始的かつ正攻法じゃん。
あぁ、アメリカ行ってたんだっけか?
流石は世界を見てきただけの事はある。
悪質さが格段にレベルアップしている。
「だ、大丈夫!?」
不意を突かれた僕の声に璃音くんは驚く。
「…大丈夫だよ。」
「もう、徹平ったら…使ったら仕舞わないと…。」
「え、仕舞うとか仕舞わないとかそういう問題?」
「へ?」
「…いや、いいんだ。」
ヤバイ。
価値観が違う。
「驚かせちゃったよね。これしか方法なくて。ほんとゴメンね?」
「これしか?何が?」
「ん?どうやって侵入するかの方法。」
「…何の為に?」
「そーたくんと会う為の。」
ヤバイ。
マジで価値観が違う。
僕はその場に座り、足元に転がっている工具を一つずつケースのようなものにしまう。
「…。」
「え、何?どうしたの?」
「…いや、いいんだ。」
へぇ…手伝わないんだ。
工具を片付け終わり、ローテーブルの前に座る。靴下を脱いで一応、足の裏から血が出ていないかを確認した。
部屋はキッチンから聞こえてくる料理をする音とマウスをクリックする音だけになり、瞬く間に気まずい空気で満たされていった。
へぇ…声かけないんだ。
てか、なんだよ。よく見たらそれって僕のパソコンじゃん。侵入手口は大方理解できたけど、なんで君は僕のパソコンを開けるんだよ。こんなのもう殆ど暴力に近い。
だけど
わかってる。
自分の気持ちは誰よりも僕自身が理解している。
嫌だけど…怖いけど…気まずいけど…
それでもどこか懐かしい。
2年ぶりだというのに、こうやって2人が自然に僕と接してくれているこの空間のせいでさっきの痛みで緩んだ涙腺がブルブルと震える感覚がした。
だから会いたくなかったんだ…。
いくら考えても答えは出ないと分かっているのに…どうしてこんな事になってしまったんだと尚更考えてしまう。
やりようのない様々な気持ちが頭の中を駆け巡り、涙腺だけではなく僕の感情はもう破裂寸前だった。
その時、璃音くんがノートパソコンをベッドの上に置き、ローテーブルを挟むかたちで僕の正面に座った。
「ごめんね、そうたくん。」
「…いや、いいんだって。」
「そうじゃなくて。」
「…。」
「あの時何も言ってあげられなくて。」
「…。」
「あと…僕達の為に事務所に残っていてくれてありがとう…そーたくんに色々背負わせちゃったよね。」
実に2年ぶりに泣いてしまった。
ボロボロとまるで子供みたいに泣きじゃくる。
本当は僕だって
あんな事務所からも
こんな芸能界からも
さっさと消えてしまいたかったんだ。
そうすれば今頃、罪悪感や辛い思い出から少しは解放されていたと思う。そんなこととっくに気づいていた。
それでも、社名も社員も住所も方針も全て変わっても、やっぱり僕にとってはあそこが唯一、イグレシアと繋がっていられる場所。
簡単に離れることなんて出来るはずがない。
もう2度と戻らなくても、それでも皆んなと過ごしていた日々と忙しくも楽しかった東京生活の思い出に僕は浸っていたかったんだ。
そのことを全て、2人には見透かされていたようだ。
「…僕の方こそ…。」
「…ん?」
「僕の方こそ…ごめん。」
「なんでそーたくんが謝るのさ!?」
「…僕は君達の大切なものを守れなかった。」
「僕達はそーたくんに責任があるなんて全然思ってないよ!そーたくんが何かをした訳じゃないじゃん!」
「ううん…。もしあの時、僕がもっと早く気付いてあげられたら…あそこまでの事態にはならかった。信用すべきじゃなかった。」
「想定出来ないことじゃん!結果論だよ!」
「そういう問題じゃない!…そうじゃないんだ。」
「…。」
「これはきっと僕の中の問題なんだ。君達にとってはそうだとしても、僕からしたら違うんだ。」
「…そんなの…おかしいよ。」
「…おかしくない。僕からしたら璃音くんが謝ること方がずっとおかしい。」
「…おかしくない。」
結局、そうなんだ。
許すも何もお互い責任がないと思っている相手に謝ったところで、相手からしたらそれは単なる自意識過剰でしかなくて、見当違いも甚だしい自己満足でしかないのだ。なんの意味もなさない。
だけど、僕の謝罪ももう許しを請うだけの謝罪ではない。
彼らだって其々、罪悪感を抱いている。
それでも未来を切り開こうと僕なんかに謝罪をしにきたのだろう。
場に拘ることで過去に縋り、逃げることばかり考えていた卑怯者の僕とは雲泥の差だ。
…恥ずかしさすら覚えている。
だから、これは今までに逃げてきた自分との決別、そして、これから僕が自分の罪悪感と向き合っていく覚悟を知っもらう為の行為なのだ。
彼らと同じように。
少しでも前に進む為に。
「本当にごめんなさい!!」
僕はローテーブルに額をつけて璃音くんに頭を下げ、もう一度謝罪をする。
ずるい方法だけど、徹平の耳にもこの思いが届くよう出来るだけ大きな声で。
「…わかったよ。うん、分かったから頭上げてよ…僕が何を言っても、罪の意識があるならそれはもう、僕達には解決してあげられないことだよね…でも!…これだけは分かってね?本当に僕達は…そーたくんに責任があったなんて思ってないから…。」
「分かった。」
「…グスン」
「なんで、璃音くんが泣くのさ!」
「だって、だって…!!」
「今日は本当にありがとね?君達と会えて本当によかった。」
「…うん。」
徹平もありがとう。
璃音くんは再会するにはこうするしかなかったと言ったけど、結果的にこれで大正解だった。
多分2年間逃げ回ってきた弱虫の心を読んだ上での侵入だったんだ。
本当に気の利く、粋な男だ。
次回予告
5話 ハハハ。それなー。




