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3話 見えてんだよ!!

僕の家は笹塚という街にあり、駅から歩いて15分のアパート一階の角部屋に住んでいる。

築25年の1Kだが都心の割にかなり安く、コンビニも近い。しかし、それだけじゃない。


何と言っても大家のおばあちゃんは最高だ。

笑顔が素敵で優しくて、何度か夕食のお裾分けをしにきてくれた事もある。田舎育ちの僕にとって東京は何もかも違い戸惑う中で、おばあちゃんの存在は唯一故郷と変わらない暖かさなのだ。


今のオフィスはテナント料の関係で移転し、通勤時間は長くなってしまった。探そうと思えば多分、今よりいい条件の物件は見つかると思うのだが、それでも僕はここを気に入って住み続けている。


流石に暗くなってきたな。

地元じゃこの時間に人を見かける方が珍しかったものだったのだけど、東京の人はこの時間に起きたのかと疑いたくなる程に活気的だ。今から飲みに行くのだろうか?楽しそうに会話をしながら歩く学生らしき集団とすれ違った。


勉強が好きじゃないという浅はかな理由だけで進学せず、単なる憧れだけで東京に出てきてしまい、しかも就職先は芸能プロダクションときたものだ。

本当に僕は面白いくらいにミーハーで考えなしだな。


友達か…

いいなぁ…

羨ましいなぁ…

これだけは言っておくが、僕は決して友達がいなかった訳ではない。地元じゃ至って普通の高校生で気の合う友達だっていた。


しかし、仕事に就くとやはり職場は縦社会。先輩達が厳しいという訳ではなかったものの、気兼ねなくというのは中々難しい。

人と共有できるような趣味を持っていないから尚更だ。パチンコを打ちに行こうという輪の中にも入れず、トボトボ帰宅するだけの毎日。

かなりブラックな仕事だったので、そんな余裕もなかったというのもあるが、休日くらいは何かしていたいと常々思っていた。


唯一、気兼ねがなかったのはイグレシアのメンバーだけだった。けれど彼らは芸能人。しかも事務所が満を持して世に放った期待のアイドルときたもんだ。



『一般人の友達はいないけど、芸能人の友達はいる』



というのはなんとも華やかな響きだが、彼らは僕よりもずっと忙しいので、休日に遊びに誘うなんて滅相も無かった。

そう言えば寂しすぎて本気でクラブ通いをしようかと迷った時期もあったな。

だけど、純粋にまず男友達が欲しい僕がクラブで男性に声かけたら、色々と勘違いされそうだから結局やめたんだっけ。



その次はアニメのオフ会だったな。

サブカルチャーに滅法弱かった僕は友達欲しさにアニメを見てオフ会に参加した事があった。しかしやはり動機が不純だったからなのだろう。上手くはいかなかった。そこまでアニメに詳しくないのに参加する?という空気に耐えきれず逃げ出すように帰ったっけ。それ以来僕はアニメがトラウマになってしまった。


はぁ…

いつになったら僕はこの大都会ならではの、遊びに困らない日々を過ごせるのだろう。



自分の部屋の前に着くと、隣の部屋からだろうか?

丁度お腹が空いてきた僕に追い打ちをかけるように、オリーブオイルと大蒜の香ばしい香りがしてきた。

自分も日頃から自炊しなきゃと思ってはいるが、結局面倒くさくなって外で食べるかコンビニで済ませるかの二択になってしまう。

明日は休みだし、少し遠いけど後でスーパーにでも行って僕も自炊するか!


そう思いながら鞄をあさり、鍵を探しているとあることに気づく。


確かお隣さんはオリーブオイルを使うよりも機械油を使う方が似合う程のガチムチ系のおじさんだったような。

こんな何処ぞのOLみたいな小洒落た香りなんてしてくるはずがない。というかそれ以前に今まであのおっさんが自炊をしているような素振りすらなかったぞ。



まさか


彼女でも出来たのかな!?



いや!もしかしたら…

おっさんは引っ越ししてお姉さんでも入ったのかも!?


そうだったらなんか緊張するな!



僕の部屋臭くないかな?



大丈夫かな?



と、お得意の何にも繋がらない妄想を膨らませながら鞄の底を弄り続ける。そして手に鍵の感触を確認した時、僕はある事に気づいた。



…。




違うわコレ。




この美味しそうなイタリアンの香りの発信源は隣でも上でも下でもない。紛れもなく真っ正面にある僕の部屋だ。なんなら耳をすませば、中からご機嫌な鼻歌も聴こえる。



そっか…そうだった。

あいつ、僕の家を知ってるわ。



引越ししていなければっと高を括れば僕とコンタクトを取ることなんて夕食前だよな。

「また今度時間があるときにでも」という言葉に完全に安心しきっちゃった。


あれは僕を安心させる罠みたいなものだ。


あの時

急いで帰宅して

愛用の自転車を家に仕舞い

カーテンを締め切り

表札を変えるべきだったんだ。


…。

なんだこれ…気まず過ぎだろ。

こんな強引な形で再会するなんて。


そもそも強引に会うにしても、家の前で待ち構えていればいいじゃん。嘘をついてまで避けたしっぺ返しだというのはわかっているが、部屋にまで入るなんて悪質そのものだ。

どんな顔をすればいいのか、どんな言葉を掛ければいいのか、何をどうすればいいのか分からない。そういったことも含めて、準備は何も出来ていないぞ。



よし!漫画喫茶にでも行こう!



と咄嗟に思いつき、音を立てないようゆっくり後退りする。



いや、待てよ?

今日は凌げても明日はどうする?

相手は徹平だぞ?一ヶ月であろうと一年であろうと、きっと僕を待ち続けるに決まってる。

いや、待つというよりかは住み続けるだろう。なんで僕が他人が住む自分の家の家賃を払わなきゃならないんだ?倒産がいよいよ視野に入ってきている企業の薄給社畜だぞ。

印鑑も何も大事なものは家の中。超強行策の「賃貸契約の解除」ですら実現不可能だ。十中八九侵入者は僕の知り合いだから、警察を呼ぶ程の事でもない。



どう考えても住まいを抑えられた時点で完全に詰んでいる。こうなってしまった以上、いや、電話で彼と繋がってしまった以上、覚悟を決めなくてはならないのは必至らしい。再会するのは不可避な未来だっだのだ。



さすがだよ徹平。

僕は意を決してドアノブを回しドアを開け…



ガチャ?



…。



ガチャガチャ!!



うーむ。開かない。

どのような手段を使って中に入ったかは知らないが、人様の部屋に勝手に上がっておいて普通鍵かけるか?


もしや?

と思い僕は一旦その場を離れ、自分の部屋の窓側まで移動する。

カーテンは閉まっており、中の様子を見る事は出来ないようだ。とりあえず窓ガラスを隅々までチェックする。



よかった。

どうやら窓ガラスを割って入った痕跡は無さそうだ。



もう一度玄関の前まで戻り、ドアノブを回すが、やはりまだ鍵は閉まっている。キッチンは玄関を入ってすぐそこにあるので、僕が帰ってきた事なんてとっくに気づいてるはずなんだが、いくら待っても内側から鍵を開ける気配はない。



…なるほど。

自分から開ける気はないというわけだな。



僕は渋々、鞄の奥から鍵を取り出して鍵を開ける。



ガチャ…



ガコーン!




なるほどね。

チェーンね。

今更だが段々と昔の感覚が戻ってきたよ。

僕は近所迷惑にならない程度に、チェーンが掛かっているドアを少し開けた状態でドアノブをガチャガチャと鳴らし、帰ってきたアピールをする。



反応は



ない



今度は呼び鈴と交互にドアノブを鳴らす。





やはり反応はない。



僕はドアの隙間から中へと向かって「開けてよ」と声をかけるが…



それでも反応はない。

ここまでくると最早サスペンスだ。



よし!もう少しボリュームを上げるか!

「開けてよ!!」


「…。」


「徹平だろ!?分かってんだよ!!てか、見えてんだよ!!」


「…。」



クソ…。

「てっぺーくぅーん♪いーれーてぇー♪」

と僕は優しくあやすように猫なで声を出す。

何故だか昔からこいつは僕の猫なで声が大好きだった。


すると中から

「いーいーよー♪」

というわざとらしく僕の声を真似た甲高い声と同時にチェーンを外した音がしてドアが開く。


どうやらこれで正解らしい。



「お帰り〜♪」

と何食わぬ顔で迎えてくれた彼は、髪が少し長くなり、分け目が少し変わっていただけで以前と大して変わっていない。


変わっていないはずなのだが


独特の刺々しさはなく、それだけでまるで別人のような明るく優しい顔つきになっていた。その予想外の変わりっぷりに僕は拍子抜けしてしまった。

気づくとあれだけ再会を嫌がっていた気持ちもそのなんとも言えない絶妙な驚きによって薄れ、僕はただただ動揺している。


「う、うん…ただいま。」


我に帰った僕は心を読まれないよう目線を逸らし何事も無かったように靴を脱ぐ。


「飯食う?一応そーたの分もあるけど?食う?どうする?食うっしょ?」

「…マジ?嬉しいな。じゃあ頂こうかな。」


しつこい…そんなに言われたら食べないわけにはいかなくなるだろ…。


だが実のところ、徹平の料理はとにかく美味い。

レパートリーの多ささることながら、何よりも素晴らしいのは手を抜かないところだ。一番面倒くさい下拵えをまるで趣味かのように楽しみながら拘り、もう逆に僕のこと好きなんじゃないの?と疑ってもバチが当たらないくらい愛情を込めてくれる。はっきり言ってプロ顔負けだ。仕事終わりに何度か頂いたことはあるが、毎回何を作ってくれるのかと楽しみにしていたものだ。



まぁこんなとこに突っ立っていてもしょうがない。

僕は料理をしている徹平の後ろを邪魔にならないように通り、部屋の中に入る。

時間は然程残されていないが、料理が出来るまで、何をどう話すべきなのか、どう切り抜けるべきかを整理して練ろうじゃないか。



と思ったのも束の間。



そこにはなんと、もう一つ僕にトドメを刺すにはもってこいのサプライズが用意されていたのだ。



次回予告

4話 過去に縋る者と未来を切り開く者

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