1話 神様なんて…絶対…ぃないょ…
「後ろのみんなー!!!みんなの顔ちゃんと見えてるからねー!!!」
なんてセリフを誰でも一度は耳にしたことがあるだろう。しかし、これだけは言わせてもらう。
「まるで見えやしない。」
子供の頃、僕にもテレビの中に憧れのアイドルがいて、お母さんに駄々をこねてコンサートに連れて行ってもらった経験がある。その時の席はまさかの最後列で僕は泣きそうになったのを今でも鮮明に覚えている。そんなやるせない思いの僕を救ってくれたのはあのお決まりのセリフだった。
しかし、その楽しかった初めてのコンサートの思い出も、今や舞台袖から覗き見てしまった現実によって崩れ落ちてしまった。
でもよく考えてみれば、そもそも職人さん達が何年もの歳月を掛けて
「あーでもない」
「こーでもない」
と、試行錯誤を繰り返しながら作り上げてきたのは"客席側からよく見えるステージ"だ。わざわざステージ側から見える景色なんて重視しても然程メリットはない。というか、逆に一万人の顔がハッキリ見えたら見えたで相当怖い。
と、そんな呑気なことを考えている僕なのだが、周りは刻々と迫る開演時間のおかげかステージ裏から聞こえてくる声は徐々に活気に満ちていく。
舞台監督が慣れたように淡々と指示を送り、無駄な動きをすることなく颯爽とスタッフが行き来する。各分野のプロフェッショナル達が真剣に仕事をこなしている中、僕は彼らの邪魔にならないよう、端の方に移動し、腕を組みながら物思いにふける。
舞台袖が暗いおかげで、周りからは落ち着いてるように見えるだろうが案外そうでもない。表情はきっと強張っているはずだ。
実を言うとさっきから頭の中は真っ白で、この後のスケジュールも、どこに連絡を入れるべきかも、どこで打ち上げをするのかも何も思い出せないでいる。
要は現在進行形で困ったさんなのだ。
言っておくが、僕は入社1年目のぺーぺーじゃない。
思い出せないのであれば確認すればいいだけのこと。携帯電話にはスケジュールを事細かに保存してある上、それに甘んじることなく、手帳にもそのまま記入して何度も書き違えがないか毎晩確認までしている。
社会人として当然だが、基本を忘れないをモットーにしている僕にとって徹底した拘りの一つだ。
念には念を入れた自慢の二段構えの管理と言える。
なのに
それなのに
ない。
二つともどこにも見当たらない。
この際手帳はいい。
何故ジャケットの内ポケットに常備してあるはずの手帳だけがなくて、安物のボールペンだけは今日も皆勤賞なのかなど今はどうだっていいんだ。
だが、スマホは別だ。
あれにはしっかりと首掛けストラップと言う名の首輪を付けている。
…いや、違うか。
首輪を付けられてるのはどちらかと言うと僕の方だな…。
とにかくだ。
なんなら究極の三段構えの管理だったと言っても過言ではない。2つを同時に失くすなんてあり得ない。誰だってここまでの事態は想定しないはずだ。
社畜にとって手帳と携帯電話は命そのもの。況してや今日は、僕が担当している男性アイドルグループ"イグレシア"の初となる武道館公演だ。スケジュールの確認云々以前に、今日は社長を始めとしたプロダクションの幹部、スポンサーやライターさんも来ている。今頃何処かで人知れず鳴いているに違いない。
どうにかして見つけ出してあげなくては。
最後に触ったのは…。
うーん。今日はずっと館内にいて、やる事も決まっていたからいつ失くしたのかも見当がつかないな。
誰かに聞こうにも人見知りだから声を掛けられないしな。
身長も高くなければ顔も良くないもんな。
かと言って頭がいいわけでもなければ、お金持ちでもない。
趣味があって楽しい人生を送れているわけでもない。
神様なんて…絶対…ぃないょ…
…はっ!
違う!そうじゃない!
今はそういう時間じゃない!
心の中では本気で焦っていても、不思議なくらい身体は動こうとしない。
ずっとモヤモヤとした何かが身体をその場に貼り付ける。気分がいいのか悪いのかわからないがとにかく足が重い。余計な事ばかりを考えさせ、脱線させては現実逃避を繰り返させる。何もかもうまく機能していないのだ。
そう、今僕はきっと生まれて初めて「本当の緊張」というものを味わっているのだ。それは手帳とスマホを何処に置いたかすら気付かない程に僕の全集中力を削ぎ取っていたようだ。
勘違いするなよ聡太!
僕自身がステージに立つわけじゃないんだろ!?
そう自分に言い聞かせながら何度も深呼吸をして、やっとの思いで落ち着きを取り戻す。
よし、考えていても埒が明かない。
とりあえず、自分が行った場所を一から辿るとしよう。
次回予告
2話 え、僕、死んでんの?