2話 え、僕、死んでんの?
舞台袖から舞台裏に降り、楽屋へと向かう。
しかし、今日はもの凄いスタッフと関係者の数だ。廊下へ出ても人でごった返している。今まで行ってきたライブとはまるで比べものにならない。
すれ違う人に軽く会釈するも悉く無視され続ける僕。
…皆んなそれだけ緊張してるってことだな。
心が折れそうになっても、めげることなく前へ進み、やっとの思いでメンバー控え室に辿り着く。
解放されていた扉から中へ入ると、正面の壁に璃音くんがもたれかかるようにしゃがんでおり、彼の背中を流星が摩っていた。
おいおい…
こんな大事な時に体調不良だけは勘弁してくれ。お願いだからこれ以上僕の悩みを増やさないでよ。
様子を伺いながらゆっくりと二人に近づき、しゃがみ込んでいる璃音くんと目線を合わすように僕も腰を下ろす。
「璃音くん、気分でも悪いの?」
「…。」
あれ?
僕の声、耳に届いてないのかな?
確かに周りは我が物顔で控え室に居座る空気の読めない関係者達で騒がしいけど、そこまで小さなボリュームで話しかけてはいないはずだ。
てゆうか、さっきから無視され過ぎじゃない?
今朝なんて自動ドアも反応しなかったし…。
もしかして
気づいてないだけで
え、僕、死んでんの?
驚愕の疑惑に恐れを覚えた僕は「気づいてくれ!」と念じながら流星を凝視する。すると流星は何も言わず、僕に向かって首を横に振ってきた。
なにそれ。
どうゆう意味?
さっさと成仏しろよとも捉えられるんだけど。
すると璃音くんが病的なまでに紫がかった唇を開く。
「そーたくん…今日出なきゃ…ダメ?」
あぁ…そっちね。望んでない事には変わりないけど、死んでないだけまだこっちの方が幾分マシか。
「…ダメに決まってるじゃん。」
「僕、絶対ミスしちゃうよ…。」
「そんな…どうして急に?」
「無理だよ絶対…何度セットリストを確認してもそれすら覚えられないんだよぉ…。」
「いや、逆になんで今覚えようとしてんの?あれだけ口酸っぱく言ったじゃん。」
「はい…ごめんな…さい…でも…ありがとう。今日は…本当にごめんなさい…。」
そう言って何処かに行こうと立ち上がる璃音くんの腕を引っ張り「待て待て」と再度座らせる。
「なんで今ので僕が許可したと思ったの?ダメ元で言ってみたとかじゃなくて、本気でワンチャンあると思ったんだ。驚きだよ。」
「…ダメなの?」
「ダメだよ。普通に考えてさ。」
「お願い…そーたくぅん…。」
璃音くんは僕の背中に手を回し抱きつきながら、僕の胸に顔を埋めて今にも死にそうなくらいの弱々しい声で懇願する。
よーしよしよし。
僕は彼の頭を撫でた。
気持ちは痛いほど分かる。
テレビ番組とは違い、ライブはパフォーマンスに対するリアクションがダイレクトで返ってくる場だ。しかも、それが一万人弱ともなれば誰だって怖気付く。唯一落ち着ける場所であるはずの楽屋もこんな有様だ。中には今回のライブDVD特典映像の撮影だかなんだか知らないが、大きなカメラをこちらに向けているカメラマンもいる。
どうせこんな情けない映像なんて使えないんだから、今はカメラを回す必要ないのに…。
こんな環境じゃ落ち着けるわけがない。それどころか余計プレッシャーがかかってしまうのも頷ける。
「はぁ…。流星、まだ時間あるよね?」
「う、うん、20分くらいは大丈夫。」
「ありがとう。」
僕は引っ付く璃音くんの肩を掴み、前へと押し返す。
「璃音くん、大丈夫だよ。そういう事は口に出しちゃうと余計にそう思えてきちゃうものなんだよ。」
「だって…。」
「よく思い出してごらん。このライブの為にどれだけ練習してきた?璃音くんは誰よりも頑張ってたじゃないか。」
「…でも、昨日だって、先生に怒られたし…。」
「それは…そうだ!すっかり忘れてたけど、実は昨日のリハーサル後にね、KENYA先生がこっそり僕に言ったんだよ!「璃音くんは完璧です」って太鼓判押してた!アレだよアレ!喝を入れただけだよ!それを真に受けるなんて…真面目だなぁ君は!」
「…本当に?」
うそだよ。
イグレシアの人気も微弱ながら目に見える形になり始め、それに甘んじる事なく、プロ意識を持って精進してきた自慢のメンバー達。その中で、彼はただ一人、課題を疎かにし、僕達の頭を悩ませていた。そんな緩慢な態度に、遂に昨日…温厚さに定評のあるダンス講師、KENYA先生がブチギレたのだ。
ただでさえ運動音痴でバカで要領も悪い癖に。
なんでこんな奴がうちで一番人気なのか理解できない。
「うん!勿論!本当だよ!」
「でも…。」
それでも璃音くんの弱気な表情はまだ変わらない。
仕方ない。もうひと押し必要か。
「あ、そうだ!実はね、僕、ついさっきまでステージの袖からこっそり客席見てたんだけどね、お客さん全然見えないよ。今まで千人規模のライブは沢山やってきたじゃん?ぶっちゃけ、大して変わらないね。」
「あ!俺もさっき見た!瀬尾くんの言う通り、全然緊張するような景色じゃなかったね!うん!」
流星が絶妙なタイミングで僕に加勢する。
本当に賢くていい奴だ。そこに関して疑いの余地がない。いつもグループの事を第一に考え、フォローする役回りを自らしてくれる。僕一人では到底補えない部分をこの子はいつも察知して、こうやって援護してくれてるのだ。その気配りに僕は尊敬と感謝の念を忘れた事はない。
「…そうなの?」
うん!うん!うん!
と僕達は無我夢中で首を大きく縦に振る。今のうちに彼を立ち上がらせないと本当に大ゴケしかねない。この際完璧は求めない。とにかく大きなミスさえしなければいい。
いや…もう大きなミスしたっていいよ。
出てくれればそれでいい。
「KENYA先生も本当は僕に期待してるんだよね…?」
「そうだよ!俺、璃音より全然ダメなんだよ?実は昨日俺も璃音を見習えって先生に言われたもん!」
と言って流星は璃音くんの頭をポンポンと叩いた。
おいおい
性格が良いにも程があるぞ。
誰よりも努力を惜しまず、真面目に頑張ってきた優等生が、努力が足りない人間の為に嘘をつき、自ら成り下がるなんて…。
そんな流星の心遣いも知らず「そっか…。」と少しだけ明るい表情を見せ始める璃音くん。
うーむ。
これはこれでなんか釈然としない。
元気になってほしいが、元気になって欲しくない。複雑な気持ちだ。
「うん!そうだよ!それなのに璃音が俺より緊張するなんておかしくない?その緊張は俺のものだろ?返せよー。この緊張泥棒ー!」
と流星は涙ぐましい嘘をこれでもかと並べ、終いには璃音くんをコチョコチョと擽り始めた。
「ちょっ!お、おいー!!流星!やめろよー!へへ、でも、そっかぁ…なんか照れるね…。そうだよね、僕が緊張してたら流星に…いや、皆んなに悪いよね!」
「そうだよ!俺なんて、全然人気ないけど…でも!璃音の人気は本物じゃん!璃音が引っ張らないでどうするの!?」
マジか。
流星、君はグループで一番人気がないというコンプレックスまでもこのチビの踏み台として捧げるというのか?どこまで君は献身的なんだ。
「…僕が皆んなを引っ張らないと…か…。」
「…そうだよ!」
「誰よりも注目されてる事を自覚しないといけないよね…そうだ!僕あってのイグレシアなんだ!一番人気のない流星の為にも!一番人気の僕が頑張らないと!そうだよね!流星!?」
「…そうだよ…。」
え、何コレ。
もうやめてよ。
釈然としないどころか、2人の会話聞いててちょっとムカついてきたんだけど。へへっと笑う可愛らしいその笑顔も、取り戻すどころか、オーバースペックなその自信も、そのふざけた唇の色も全てが腹立たしく思えてきたぞ。
てゆうか、流星も流星だ。ここまでくると献身的というかMに近いものを感じる。自分で持ち上げといてちょっと傷ついてんじゃん。璃音くんがバカで考えなしなことくらい分かってたじゃん。
「あっ、そうだ!二人共、僕の携帯電話見なかったかな?」
居ても立っても居られなくなった僕は、話題を本題へと切り替える。
「ちょっとわからないかな。璃音は?」
「ううん。僕も知らない。てゆうかさ…ダメだよちゃんとしなきゃ。今日は大事な日なんだから。やる気だそうよ。」
あ、やばい
キレそう
次回予告
3話 こいつはバカだから




