其の弐
俺と裕香は、繁華街でしばらくぶらぶらしていたが、雨が降ってきたので来たとき同様、俺の車に乗って帰ることにした。
「あ〜あ。せっかくの服がびしょびしょ」
「その程度ですんだからよしと思えよ。この雲行きだとこれからもっとひどくなるぞ」
アクセルを踏んで、俺は車を発進させた。
「くそ。見にくいな」
立ちこめる水しぶきと、空を埋め尽くす暗雲で、視界は最悪だった。
時間がたつにつれ、雨の勢いは増していった。
遠くの空が黄色く光った。
「やだ、かみなり?」
どうやらそのようだ。
暗くて見にくい上に、突然の閃光。
いつ事故ってもおかしくないような状況だ。
目を凝らしながら運転していると、突然目の前に赤い光が現れた。
発煙筒だ。
急ブレーキ。
「ったーい。なによ、急に」
「何か、事故があったらしい。ちょっと見てくる。お前はここにいろ」
俺は車を停めて、外にでる。
「何かあったんですか?」
俺は発煙筒を持っている男性に尋ねた。
中年の、人の良さそうな小太りの男性だ。
発煙筒を濡らさないように、傘で発煙筒を覆っている。
「ああ、急にこの人が飛び出してきて、それで、俺がぶつけちまって。今、救急車を呼んだんだが。……えれえことしちまった」
車のかげで見えなかったのだが、人が倒れているようだった。
俺は倒れている人が見える位置に移動した。
そして、その人の顔を見たとき、俺は自分の目を疑った。
そこに倒れていたのは……。
「沙代子……」
まさか。そんな……。
なんで、沙代子が……。
「あんた、この人の知り合いなのかい?」
「え?い、いや……」
「違います。そんな人は全然知りません」
突然、背後から裕香の声がした。
「裕香、中にいろって……」
「私も彼も、その人を見たこともありません。じゃあ、私たちはこれで。行きましょ、宏志」
それだけ言って、裕香は俺を車の中に無理やり連れ戻した。
「おい、裕香……」
「出して」
「裕香」
「早く車を出して!!」
「裕香……」
俺は裕香に言われるがままに車を出した。出してしまった。
しばらくして、一台の救急車とすれ違った。
「どういうつもりだよ、裕香」
「別にいいじゃない。あの女が死んでも。いいえ、死んだ方がいいのよ。私たちのためにも」
「本気で言ってるのか?」
「本気よ。私は本気でそう思ってる。そしてあなたもそう思ってる。だから車を出したんじゃないの?」
「お前……」
「停めて」
「なに?」
「ここで停めて。今、あなたと話したくない」
「…………」
俺は車を停めて、傘を渡して裕香を降ろした。
俺はそのまま、無言でアパートまで帰った。




