其の壱
「好きだよ、宏志」
「ん?ああ、俺もだよ沙代子」
もう慣れた。
「どのくらい好き?」
ベッドの中から沙代子が訪ねてくる。
「とってもさ。世界一愛してるよ、沙代子」
「私もよ、宏志」
「じゃあ、今日はもう帰るよ」
シャワーを浴び終え、着替えを済ました俺は、早々に帰宅の準備を整えた。
「泊まっていかないの?」
「ああ。明日、ちょっと用事があるんだ」
「用事?」
「ああ、その……上司との、会食」
「ふーん。最近多いね、会食」
「ああ、ちょっとな……。それでさ、沙代子」
「何?」
「その……金が足りないんだ、今月。だから、二万ほど……」
「いいよ、貸してあげる」
「ありがとう」
嘘をつくのは、もう慣れた。
翌日、俺はある人物の家を訪ねた。
「遅いよー、宏志」
「ああ、ごめん、裕香。昨日、あんまり寝てないんだ」
「……また、あの沙代子とかいう女のとこ行ってたの?」
裕香が俺を睨み付ける。
「いつ、別れるの?あの女と」
「だからそんなに急かすなよ」
「だめ。すぐにあの女と別れて」
最近、裕香はこの話ばかりする。
俺と裕香がいっしょになるためにも、沙代子という存在が邪魔ということは分かるのだが。
「……なあ裕香。心配しなくても俺が好きなのはお前だよ。沙代子じゃない」
「じゃあ別れられるでしょ、あの女と」
「だから、物事には順序というものがあって、そんなすぐには……」
「私、あなたみたいな優柔不断な人、嫌いよ」
「……分かったよ。沙代子とは別れる。次にあったときにでも話をつけるよ。だからそんなに怒るなよ。そうだ、出かけようぜ。俺、今ちょっとだけ金持ってるから」
ポケットから出した一万円札2枚を裕香にみせる。
沙代子と付き合い始めたのは、5年前。
その時は、俺も本気で沙代子が好きだった。
だが、愛というものは月日とともに衰弱していくものだ。最初の愛が強ければ強いほどに。
今、沙代子とは心の通じあってない、身体だけの関係になってしまった。
だが、沙代子はそれに気付いてないだろう。今でも二人は愛し合っている、そう思っているだろう。
裕香に出会ったのは半年前。
すでに沙代子への愛がほとんど失われていた俺は、すぐに彼女に惹かれていった。
また、彼女も同様に、俺に惹かれていった。
いけないことだとは、分かっていた。
だが、心は理屈だけでは動かなかった。
そして、現実はきれいごとだけでは動かないものだ。




