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 ひゅう、と。

 それは風の音だった。なめらかに吹き抜け、広がっていく音。私は開けた場所に出た。

 交差点だ。とても大きい。

 片側二車線の大きな道が十字に交差して、そう、確か歩行者は斜めにも渡ることができる。いわゆるスクランブル交差点というやつだった。そんなものが設置されるだけはあって、かつてはここは繁華街で、四方を大きな建物が囲んでいた。

 波濤のような人混みの中、しっかりと繋いだ大きな手。幼く低い視点から、天にも届きそうな高いビルと、小さく切り抜かれた青い空を見上げたことを憶えている。

 ひゅう、風が吹く。

「……寂しくなったなあ」

 私は交差点の入り口に立ち尽くした。

 広々とした空。崩れて低くなった建築物。あちらこちらの信号機は枯草のように頭を垂れる。縦横斜めに引かれていた横断歩道の白線は、掠れて跡も見えない。

 そしてやっぱり、何もかもを薄く覆う、白い砂塵。

 決定的なまでに、この街は死んでしまって久しい。乾ききった骸は面影ばかりを残して、喧騒と熱気に震えることは二度とないのだ。

 ひゅう。

 今や風だけが行き過ぎる、寂れた通い路。私はそこへ、ささやかな足音を混ぜ入れていった。


「んー……なつかしい」

 しゃり、しゃり。

 私は今、スロープを上っている。この街では、陸上での歩行が苦手な人も多く暮らしていたから、公共の場に階段はあまり使われなかった。

 この歩道橋のように。

 崩れた建物に挟まれた、中央分離帯のある大きな道。そこに架けられた歩道橋は、なぜだか損壊を免れている。樹脂が劣化したのか側壁はスカスカだし、手すりや側壁の骨の一部は錆び落ちているし、やっぱり、白い砂に汚れてはいるのだが。

 しゃり。

 スロープを一つ上って、踊り場。すぐ近くにある街灯の頭や街路樹の梢は、 まだ幼くて空を飛べなかった私に、 何やら不思議な高度感覚をもたらしてくれた。「道」という平面から、束の間、遊離したかのような。

 しゃり、私は足を止めた。

 少し高い視界には街灯も街路樹も存在しない。地上の道は下方にあって、見通す距離はぐんと遠くまで。白くぼやけた砂塵の向こうには、白い雲が立ち昇る。

「……高い、高い」 

 私はもう空を飛べる。けれど、あの時隣にいた人は、いない。

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