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ネクストワールド ~理想の世界と妄想の旅人~  作者: めんどくさがり
肆ノ章 ―絶滅理想・性魔計画―
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64話目 罪業妄想

 悪魔の身が翻り、爪がクロードを襲う。

 人間を遥かに凌駕した化物の怪力が、その体を吹き飛ばす。


「なんて力っ!?」


 剣を地面に突き刺して体勢を直し、勢いを止める。


「クロード!」


 悪魔の追撃がクロードに襲い掛かる。

 振るわれる悪魔の爪、突如駆けつけた獣の爪が阻んだ。


「まったく……人間の絶滅などと、何時の時代の思想じゃ。今は共存の時代ぞ?」

「その通り。それに、人間もそう捨てたものではない」


 悪魔の背後、疾風を纏う剣、エルフ・メイヴの斬撃が悪魔の背を捉えた。


「獲っ……」


 一撃見舞った。そう確信したメイヴ。

 だが、悪魔は背後に跳び、斬撃が来る前に。自らの体をメイヴに衝突させた。


「ぐあっ!」


 メイヴは弾き飛ばされる。その代わりにリューテが俊足で迫る。


「恨むなら自らの単眼を恨め」


 コンバットナイフを突き出し、悪魔が持つ唯一の眼に突き刺す。

 硬い音と共に、刃先が欠けた。


「なっ、馬鹿な……」


 目が弱点。どんな強力な存在であれ、目があればそこが弱点になりうるはず。

 その常識は通用せず……

 魔爪がリューテを穿った。


「が、はっ……ぐっ!」

「リューテッ!」


 腹部を串刺しにされ、宙に浮かされながらもなお、リューテはその手で爪を掴み、抵抗する。

 そんな弱弱しい抵抗も、悪魔が片手で首を吹き飛ばして終わらせる。


「間抜けねぇ」


 魔女の声と共に、リューテの体は一瞬にして土塊と化し、爆散したかと思うと悪魔を取り囲む。


ッ!!」


 クロードの渾身の袈裟懸けが、ペルフェルクトの刃が取り囲む砂ごと悪魔を切り伏せた。

 悪魔であるならば、聖剣の効果は絶大。一刀両断される。


「……はずだ。なのに、なぜ……」


 胸部に薄い傷がついただけであった。


「クロード!下がって!」


 悪魔の爪の中で最も大きく長い物が抜け落ち、大きな手の平から小さな手が突き破り、爪を握る。

 爪は蠢くように変異し、一振りの大太刀となる。

 二本の爪剣を持って、今度は悪魔がクロードへ迫る。


「来たれケロケス。その強壮なる魔槍にて敵を穿て」


 紫色の気流が魔耶の前に集う。霊体の体を持つ巨大な騎士の姿が顕現する。

 その顔は獅子で、槍から鎧まで炎を纏っている。


 ふと、悪魔の眼が魔神を見る。

 すると霊体の魔神は大きく揺らぎ霧散した。


「ま、魔法が通じない!?」


 驚く魔耶をまったく意に介さず、悪魔はクロードに再び目を向けた。


「っ!」


 感じた殺気に、クロードは咄嗟に剣で防御姿勢をとる。

 瞬間、強烈な振り下ろし斬撃によってクロードの足元に亀裂がはしる。

 その力、クロードをまさに圧倒していた。


「なんだ、なぜこんな力が……どうして!」

「私は絶滅を望む者。私は代行者」

「代行……」

「我が理想は、私一人の物にあらず」


 クロードがその言葉の意味を考える間も無く、悪魔に新たな変異が起こっていた。

 その背を貫き、二本の新たな腕が伸びる。


「私の理想は、私の絶滅は……」

「人類の絶滅。その理想を抱いた人間、人外問わず、全ての理想をコイツが背負っているというわけだ」


 悪魔の手が止まる。

 悪魔とクロード。二人の傍に突如、闇が飛来した。

 そして爆発四散する闇が、悪魔とクロードを引き剥がした。

 闇の後には、黒い二人の姿があった。


 片方は、黒衣を纏う、かつて虹色の美しい剣を有していたガンダーラの英雄。

 もう片方は、深い闇黒を思わせる外見の男。


「結城! と隣に居るのは……」


 すると闇黒の男は視線だけを向けて名乗った。


「初対面だったか。初めまして、安全無欠の勇者。我が名はダクスト。結城の心の、闇の使者とでも言っておこう。さて……」


 悪魔はこちらを凝視している。


「お前のような、唯一の頂を目指す理想の人間には思いもよらないだろうが、人間の絶滅を思う人間は少なくない。あの異形は、同じ理想を持つ全てのモノにとっての理想を体現する代行者だ」

「つまり、あの悪魔が幾人分もの理想の力を有しているということか……」


 共通する理想が、異形の彼に力を与える。

 より強力に、より確実に、全てを終わらせるための顕現を。


「僕一人の理想で太刀打ちできないわけだ……でも僕たちが力を合わせれば!」

「クロード、あんたは退避してくれ」


 結城が悪魔から目を離さずに言う。


「なっ、まさか一人で戦う気かい!?」

「元々そういうものじゃないか、理想比べってのは。それに、人間の絶滅。想う気持ちもわかる」

「……そうか、君は確か」

「昔の話さ。今となってはどうでもいい」


 理想を遂げられる今となっては、人間に対してなんの興味も無い。

 ただ、かつて抱いた想いと似たモノを抱いている存在を、無視するなど、ましてや無碍にするなど出来なかった。


 結城は悪魔に、まるで友人を相手にしているかのように歩み寄る。


「やぁ」

「…………」

「俺は結城。理想は妄想の世界を築くこと。あなたは?」

「……絶望の世界、人類の絶滅。我に名は無い。絶無の理想の体現者となる者」

「なるほど、あなた自身に名はいらないってことか」


 滅ぼすのだから、名前など必要ない。なるほどもっともなことであった。


「さて、ここで一つ頼みがある。人類を滅ぼす理想についてなんだが……」


 極めて大仰に、胸に右手を当てて主張する。


「俺と仲間だけは見逃してくれないか? 他の人間は好きにしていいから」

「なっ……」


 クロード、魔耶は驚きに声が漏れる。

 ダクストは楽しそうにほくそ笑んでいる。


「ど、どういうことなんだい!?」

「言ったろクロード。他人に興味は無い。俺の仲間に手を出さないならば、人類の滅亡だろうとなんだろうと好きにやってもらって構わない」

「結城!?」

「で、どうだ」


 しかし悪魔は沈黙し、やがて告げる。


「認められない。罪深い人間は滅ぼさねばならない。深き業は絶やさねばならない」

「そうか、残念だ……なら仕方ない」


 大きく振り上げる手には闇黒の剣。


「俺の理想は誰にも邪魔させない。敵は尽く殲滅する」


 理屈は変わらない。理想を叶えるために、障害となるものを排除する。

 ただそれだけのこと。

 即座、目にも留まらぬ速さで悪魔の双爪が左右から襲う。

 しかし結城はそれを見切り、跳ねた。

 足先を掠めそうな程の小さな跳び上がりから、闇黒の剣を振るった。

 瞬間、雄叫びを上げながら悪魔は飛び退く。


「フフッ」


 結城は着地し、したり顔で悪魔を見やる。

 その両腕は半分より深く刻まれていた。


「どうだい、俺の理想も中々だろう」

「……」

「まだ始まったばかりだ。語り合わないか? 人間への恨み辛みって奴をさ」



 結城は悪魔に勝る膂力を有していた。

 しかし、万が一と言うことも考えられる。結城と共に来た闇の使者というのも信用ならない。


「彼に協力してもらうか」


 クロードが懐から取り出したのは、携帯電話だった。

 番号を打ち込み、耳に当てると、間も無く通じた。


「エア? クロードだ。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「ああ……悪いがこっちも手が離せない」

「どうかした?」

「こっちはドクほどじゃないが、人類絶滅を願うマッドサイエンティストの放ったミュータント処理で大忙しだ。むしろこっちが手を貸してほしいくらいだ」

「そうか……すまない。こっちが終わったらそっちの応援に行くから」

「無理はするな。こっちはこっちで何とかできる。そっちの巨大な異形が現れたのは知っている。気を抜くなよ」

「うん、ありがとう。そっちも気をつけて」




「誰から……?」

「お節介な勇者からだ。まあ、今回に限っては頼りたかったが」


 エアと、隣に居るマクスウェルの眼前に、ガラスのように透明な体をした人型があった。

 人型の右腕が液体じみて蠢き変化し、身の丈と同じほどの巨大な刃へと変容する。


「無色透明な流体金属とは、ドクでも作れるかどうか……」

「失礼な! 私だってその気になれば生身で戦闘機の一つや二つ軽く落とせるような生物くらい簡単に……」


 エアはインカムのボリュームを最小限に抑えた。

 しかしドクは小さな音量の中で敵の解説を始めた。


「そいつはジャンル:ミュータント。コードネームは硝子細工の悪魔だ。変幻自在で今までのミュータントのデータが組み込まれているから気をつけてねぇ!」

「マクスウェル、奴らの状況はどうだ?」

「……今は、黒いのが戦ってる。ガンダーラの英雄みたい」


 そうしているうちに、ビルの壁を破壊する新たな化物が現れる。

 灰色の体をした女性のようだが、扱うのは異能の類。しかしマクスウェルは魔力も感じ取っていた。


「灰色の魔女……」

「コードネーム:灰色の魔女は生物兵器だ。微量でもウイルスに感染すると厄介なことになるよ!まったくいい仕事をするなぁ!」


 魔女の周囲に炎が生まれ、マンホールからは水が溢れ、街路樹の枝が触手のようにうねる。


「まったく、科学者って奴らは軒並みイカレてる」

「今更だねぇ」

「さて、さっさと片付けるぞマクスウェル。お節介な勇者にお返しをしてやろう」

「うん……風間、雰囲気変わった」

「そ、そうか?」


 知らない間に毒されたか。

 心の中で自嘲ぎみに笑うと、即座に戦闘へと思考を切り替える。


「行くぞウェル」

「はい、風間」




 通話を終えたクロードは、結城と悪魔の戦況を読む。

 黒尽くめの結城の理想が余程のものなのか、悪魔の攻撃力に匹敵する斬撃で対応している。

 それも喜々とした表情で。楽しんでいるようにも見える。

 ふと結城が飛び退くと、悪魔が突進からの刺突を繰り出す。

 それを見事に剣先から受け、逸らし、弾く。

 結城は斬撃を繰り出し胴体を切断しようと試みるが、背部の爪が腹部を防ぎ、悪魔が飛び退いた。


「……俺の欲と匹敵するのか」


 脳内妄想イメージではもっと遥かに力の差を見せつけ圧倒するものだった。

 さすがに複数人の理想が積み重なると、尋常じゃない力を得られるのだろう。


「欲望は理想の亜種のようなもの。純度の問題か……だが結城よ、お前の欲はまだ底が見えていない」

「そうかい……俺もそこそこ人間嫌いでね」


 ダクストの励ましを軽く受け止め、警戒する悪魔を無視して語り始める。


「まあ、人のに比べりゃ大したことは無いんだけどな……」

「話せ」


 やはり人間への憎悪に敏感なのか、食いついてくる。


「俺は前世、とにかく良い人であろうとした。人の嫌がることもよくやったし、不器用なほどに生真面目な男だったと思う」




 人間の愚行なら、腐るほどにあった。

 大自然は汚され、罪無き者が責められ、可憐な少女が犯され、良好な若者は使い潰され……

 それら全てが不条理で理不尽、そして不平等であった。


 不潔という理由で嫌悪され、愛しい二次元を奪われかけたことがあった。

 性的嗜好を否定され、それを排他されかけた。

 必死に抗い、戦った。


 労働を安く買い叩かれ、楽も金も得られないことがあった。

 定められた法すら守られず、労働者という労働者が経営者にこき使われ、得られるべき賃金が得られない。

 それはまるで奴隷のようで、しかもそれは一つや二つではなく、ごまんと存在していた。


 病む者は軟弱と呼ばれ、自ら命を絶つことすら非難される。

 抗う者は罪人と呼ばれ、他者に流されることを良しとする。

 正義などどこにもなく、頼れるものもない。味方が一人も居ない。

 数少ない友ですら容易に裏切る。

 同じ労働者ですら経営者の言いなりに、理不尽な叱咤と怒号と悪態を飛ばす。


 そして、戦おうとする者を、無駄な足掻きと冷笑する者たちを見た。

 その時に気付いたのだ。人間はその全てが生きる価値などなく、その命は失われて然るべきなのだと。

 人の罪深さ、業の深さは際限なく。

 夢もなく、希望もなく、正義すらないこの人間社会。

 焼き払われても仕方なし。むしろそれを望んでいる自分が居た。


 その中で、彼が居場所を得られるのは、妄想の中だけであった。

 誇り高い者、自由なる者、潔白なる者、邪悪なる者、純粋なる者。意志ある者……

 それらは憧れで、眩く、恋しく愛しい。

 自分にはこの妄想だけあればいい。他は何もいらないと。

 空想や妄想さえあればと、現を疎んだのだ。



「まあ、人間以外の生き物が可愛く見えるようになったが。昔は虫に触れることすら出来なかったというに」

「……」


 悪魔は戦闘態勢を解除したまま結城の話を聞き込んでいた。

 そして沈黙の後、沈鬱な声で言った。


「哀れだ」


 それは本当に哀れんでいるように聞こえた。


「人間への憎悪は、物理的なものではなく、精神的な嫌悪の度合い」


 いかに肉体的に傷つけられた者の憎悪でも、精神的に嫌悪する者のほうが勝ることがある。


「我が理想は人類の絶滅。その理由は真に報われるべきものから、瑣末なものまである。お前の理由はまともな部分が見られる」

「あなた自身はどうなんだ?」

「私は、人の醜さがどうしようもなく受け入れられなかった」


 人は皆、損得で物事を判断する。

 どのような正義を掲げ、意志を抱き、善行をなそうとしても、やはりそれには損得が絡む。

 いわゆる掌を返すという行為。それがあまりに、無性に腹立たしく、許せなかった。


 それは友人でも軽々しく行うことで、だからこそ、彼は友人というものを作ることが出来なかった。

 成長していくごとに、誰もがそれを行うことを知る。

 社会人も、公務員も、芸能人も、肉親も、男も女も子供も。


 純粋なものが何一つなく、醜悪で見るに耐えない世界だと知った。

 そして、気付いてしまった。自分もまた、彼らと同じ人間だと。


「なるほど、よく分かる」


 人間の醜さを、結城もまた知っている。

 掌を返す。主義主張が、金で買われるなどということもあった。


「それは人に欺かれるようなものだからな。俺も嫌と言うほど味わった。信じ続けて、裏切られ続けて……」

「そこまで想っていながら、まだ人間に生きる価値があると」

「俺の仲間をそこらの人間と一緒にするな。彼らは……俺が命を100個賭して守る価値のある存在だぞ」


 ダクストはクスクスと肩を震わす。


「また間の抜けた表現だが……さて、ここからが正念場だな」

「だから俺は、俺の仲間だけは守るんだ。この命を賭けたいと思える大切な……」

「羨ましい……だが、それももう終わる。羨望も願望も絶やそう。我は絶滅をもたらすもの」

「試してみるか。彼らが俺の命では釣りあわないほどの価値があること、証明して見せよう」


 自信に満ちた笑みの結城を、悪魔は見ていた。

 それがあまりに羨ましく、ねたましく。絶滅の理想はより強く発揮された。

 空気を切り裂き、音より速く、光に迫る勢いで。

 しかし結城は微動だにせず、その爪を待ち構えていた。何かを確信した表情で。


「ッ!?」


 瞬間、悪魔は左右から切り刻まれた。

 右からは斬撃の波動。結城の斬撃すら凌駕する切れ味が右腕を容易く切断し、体を切断する。

 左からは青い閃光。左肩から下を細切れにし、切り口は肉の焼ける匂いを放つ。

 悪魔はたまらず進路を変更し、結城のすぐ横を通り過ぎる。

 腕を全て切り落とされたために、攻撃一つ加えられい。


「ご無事ですか、マスター」

「妨害成功。保護対象者の損害0を確認。ご無事で何よりです」

「ああ、試すような真似をして、その……」


 さんざん自慢げに語った上で、本人を前にして申し訳なさを感じてしまう。

 そんな結城を、レイランは振り返り、片膝をついて頭を垂れる。


「私を信頼して頂けたこと、私という剣を誇って頂けた……決して、忘れません」

「っ……そうか、そういう風になるのか」

「はい。貴方の抱く罪悪感など、取るに足らない塵の如く切り捨ててご覧にいれましょう」


 レイランの忠誠は、結城の抱く罪業妄想など容易く斬って捨てて見せた。

 ふと、ゾーイがレイランの隣にふわりと着地する。


「結城、無事で何よりです」

「ゾーイ、ありがとう」

「私は標的を攻撃したに過ぎません」

「保護対象っていうのは?」

「それは……」


 ゾーイ自身が、自分の行いの意味を把握しきれていないようだった。

 結城はもしかして、と察する。


「もしかして、自分の意志で行動したんじゃないか?」

「確かに、当機から理想の力が感知できます。これが意志なのでしょうか」

「誰からも命令されていないことをしたんだ。自ら望んで、それを達成した。これを意志以外になんと言う。おめでとうゾーイ、順調に育っているな」

「ありがとうございます」


 と、油断していたことに気付き、結城は振り返る。

 血肉が蠢き、切り落とされた腕が更に変化する。

 ふと、地面が陰った。


「なん……」


 見上げたそこには、腕があった。

 大きな音を立て、巨人の片腕が地面に落ちたのだ。

 そして傍らに立つ悪魔はそれに近寄ると、指の先端から貪り始めた。

 すると見る見るうちに血肉が蠢き、失われた両腕が再生していく。


「クリーチャーという名に相応しいな」

「罪ブかい、ニンゲンを……オッ、オヲヲヲッ!」

「なあ絶望の者よ、一つ聞きたい」

「ニンゲン、コロス、ニンゲン……」

「貴方は、自分も罪深い人間の一人だと思うのか」

「コロス、コロス……無論だ。だからこそ、全てを滅ぼし、私もまた滅ぶ。時間がない」


 結城は剣を構える。


「そうだろうな。人間を憎むなら、そうなるのは自然だ……だがそれは、お前の妄想に過ぎない」

「なんだと……?」

「妄想はあらゆる害意から身を守る盾、あらゆる外敵を討ち倒す刃になる」


 黒い闇は盾となって左右に浮遊し、八つの剣が周囲を浮遊している。


「だが妄想は、刃にもなれば塵にもなる。その妄想が自らを苛ませるものならば……」


 黒い剣と盾は崩れ去り、塵と化す。


「何が言いたい」

「お前が自身に抱く、お前自身を蝕む妄想、自らを罪深いと思う妄想。罪業妄想。それを塵に還す」


 悪魔の身が視界から消失する。


「マスター、上です!」


 結城は剣を振り上げ、振り下ろされる爪を受け止める。


「人間は罪深い、確かにな。だが、どこかにあるはずだ。罪のない人間がどこかに!」

「それがお前の抱いた希望か。それで見つかったか」

「罪なんて存在しないという答えを見つけた」


 剣が爪を弾き飛ばし、悪魔は浮遊して結城を見下ろした。


「罪が、存在しない?」

「罪は正義がなければ存在しない。正義を抱く人間の前にしか、罪は見出せない」


 悪魔は動きを止めて思考する。

 と思えば、両手を広げ、黒の球体を生み出し、結城へと飛来させる。

 闇黒の剣が黒の球を切り裂き、弾く。


「では彼らの行いを見過ごせと」

「正義の名の下に悪を根絶する……やりすぎだったんだ。貴方は」


 加減を知らず、下限も設けず、尽く滅ぼそうとする執念。

 行き過ぎた、過剰な執着が自らを滅ぼしかけている。


「貴方に足りないのは、赦しだ」

「赦し……?」

「そうだ。他人の罪を赦す必要はない。せめて自分だけでも赦されようとするべきだった」


 結城の体が弾かれるように跳んだ。

 軽々と跳躍し、悪魔の爪と剣戟を繰り広げる。

 刃と爪の重なり合う音を響かせながら、二人は踊る。


「赦すだと……赦せるわけがない」

「まったく潔癖症だなッ!」

「お前は赦したのか。お前は……」

「赦したよ俺は」


 事もなげに言ってのける結城。

 驚く悪魔の表情を見て、言葉を続ける。


「俺に害を成す者、往く道の障害となる者以外の全ての存在を許容した」

「許容……だと?」


 二人の動きがぴたりと止まった。

 結城の喉元には爪の先が。

 悪魔の眼に剣先が突きつけられている。


「どうして、許容など出来る。嫌いなのではないのか、憎いのではないのか」

「ああ、そりゃな。だが今は無関係だ。関係さえ持たなければ、興味も関心もない」

「はっ……」

「許容したといっても、肯定したわけじゃない。だが否定もしない。俺の前に立たなければ、どんな罪業も俺にとって憎む価値すらない」


 それはあまりに身勝手で、傲慢な考えと思われるであろう在り方であった。

 しかしそれでも、仲間は己の正しさに味方してくれる。


「まあ、そうあろうと努力している最中だが」

「……?」

「そりゃそうだろう。そう簡単に、一朝一夕で切り替えられやしない。心の傷も、臆病さも影のように付いて回る」

「その辛さを、これから先ずっと負っていくのか」

「心強い味方がいる。辛さ以上の幸せで塗り潰して見せるさ」


 万人に通ずる正義が無いと気付いた結城は、己の関係しない存在に不干渉と言う形で自らの正義を成り立たせた。

 そうすれば、少なくとも自分が悪なのではと苛まれる事はない。


「さあ、来い。貴方の、貴方らの絶滅の理想が、俺の妄想の理想を越えるか否か、理想比べを」


 黒の刃が弾け、虹色の輝きを取り戻す。

 七色の光に、一閃の黒が添えられている。

 浮力を放棄し、落下して爪先から逃れた結城は空中で翻り、空気を蹴って悪魔へと突進する。


「お前の妄想が、お前の味方だと」


 虹色の刃が爪に傷をつける。

 現を出来る限り遮断し、己の中に色鮮やかな妄想を創り上げた。

 それが結城を絶滅の理想から遠ざけた。

 それはある種の優しさであろう。

 それは、誰かに害を与えたり、領域を侵すことのない素敵な理想だろう。

 そんな人間が居るとは。そこまで罪を意識してしまうとは、なんと哀しい。


「なんと哀しい人間だ」

「哀しくなどない。俺は素敵な仲間と出会えた」

「妄想のなかでか」

「妄想と、空想と、幻想と……否定された夢を、俺だけが抱えたんだ。俺だけが信じきれたんだ」


 結城の斬撃が、悪魔を後方へ退けた。

 そして更に追撃する。


「俺は誰も侵さない。だから俺は誰にも侵させない。俺たちは対等だ」


 全身全霊をかけた一撃が、悪魔の爪を切断した。


「ッ……」

「絶滅の理想らよ。俺の妄想が見えるか」


 譲れないものを武器に、結城の理想は絶滅の理想を凌駕しつつあった。


「そうか」


 悪魔はもはやその豪腕を振り上げることはなかった。


「その優しさを摘み取ることは、私には出来ない」

「……?」

「現実を前にして、絶滅の理想を前にして、あらゆる醜悪を前にして、お前は掌を返さなかった。自らの理想を貫くお前を、罪深いとは思えない」


 人間の醜悪なる姿に憎悪していた悪魔は、結城の妄想への一途さに心を打たれた。

 そして絶滅の理想には、圧倒的に欲が足りなかった。

 こうあって欲しいではなく、こうであるしかないという、最後の手段が絶滅であったからだ。

 悪魔の敗因。


「さあ、トドメを刺せ。絶滅の理想が私の制御下にあるうちに」


 結城は悪魔を見ていた。

 まるで冷めた鉄のように見えていた。


「何を勝手に諦めてるんだ貴方は」

「……なに?」

「俺以外にも滅ぼしたい人間はいるだろうに」

「私の理想は絶滅。一人でも滅ぼせないのであれば、理想は永遠に叶わない。ならばここで潰えるしかない」

「ふむ……なら、一つ提案がある」


 結城は人差し指を立てて言う。


「その絶望の理想、一つ俺に預けてみないか」


 言葉の意味を理解できない悪魔、驚くクロードら。

 それに反して、レイランは微笑を、ダクストは邪悪な笑みを浮かべていた。

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