メノウ観光4
「「「おおー!」」」
「うぅ......」
身じろぎすると、薄い布がひらひらと翻る。
足元には幾重にも重なった長い裾。少し腕を上げただけで、広い袖がふわりと膨らむ。
「動きにくい...なにこれ......」
...なんでこんなことになった?
目の前の大きな鏡に映っているのは、見慣れた黒髪。
...のはずなんだけど。
凄く背中がゾワゾワする!!!
――そもそもの発端は、さっきの雑貨屋だった。
髪飾りを付けさせられた私を見て、3人が口々に言いだした。
「レナお姉ちゃん似合う!うーん。でも、服と合ってないかも」
「俺も思った。なんか全体的に足りねぇんだよな」
「あの、この国のおしゃれってどんな物があるんですか?」
「お、じゃあ次は服でも見に行くか!レナの姉ちゃんをお洒落させようぜ!」
「え?...あ、ちょっと!」
私抜きで話は進み、あれよあれよと服屋へ。
店に入った瞬間、見慣れない衣装の数々に思わず足を止めてしまう。
色鮮やかな布地に、細かく縫い込まれたよく分からない刺繍。あ、九瑞獣もあるのね。
丈の短い服もあれば、床を引きずりそうなほど長いものもある。
襟の形から袖の長さまで、ブラドで見かける衣服とは様式が違いすぎる。
...なんだここ。
着たことがないどころか、見たことすらない服が並んだ異界が広がっている。
「おお、これなんか良さそうだな!」
イェンが、奥に飾られていた一着を指さして声を上げた。
淡い銀白色を基調に、裾へ向かって薄い青色に染まっている。
所々金糸で花の模様が縫い込まれ、何枚もの透き通るような布が重なっていた。
「え、これは、なに?」
見るからに高そう。
「いやいや、ちょっと待って。これ、明らかに普段着じゃないよね?」
「ははっ!せっかくなんだから綺麗なの着ろよ!」
「そういう問題じゃ...」
「連れてけ!この髪飾りをつけてやってくれ!」
「「「はい!」」」
抗議も虚しく、店員のお姉さん達に店の奥へ押し込まれた。
何枚もの布を重ねられ、腰には幅の広い帯を巻かれる。
襟元は斜めに重なり、袖は驚くほど広い。
「え~!この方、イェン様のお客様かしら?」
「きっとそうよ!こんないい素材滅多に無いもの、とびっきりおめかしして差し上げましょう?」
「さあ、お客様、座って座って」
「...え、ちょっとなにするんですか?」
着付けが終わったと思えば、はしゃいでるお姉さんたちに椅子に座らされて化粧まで始まってしまった。
...服を見に来ただけだったよね?
長い黒髪は一部を結い上げられ、雑貨屋で選ばれた赤と金の髪飾りが添えられる。
頬にチークのようなものをされ、唇にも紅を塗られたところで、ようやく解放された。
――そして現在に至る。
「ええと、私どうなってる?」
「お姉ちゃんじゃないみたい!お姉ちゃんのツヤツヤの黒髪ってこういうのが似合うんだ!?」
「だよな!へへっ!俺のセンスも中々のもんだろ?」
「イェンさん、凄いです!もっとこの国のおしゃれ、教えてください!」
「おお!お前達の服も選んでやるよ!」
「ほんと!? やったあ!」
「あの、私の話は...」
私抜きでキャッキャと盛り上がっている。
――なんだこの、なんだこの感じ!
...というか。
改めて鏡を見た。
長い裾に、やたらと広い袖。布地の細かい刺繍からは職人技を感じる。
腰から垂れ下がった綺麗な飾り紐が揺れている。
私の動きに全部このゴタゴタしたのが付いてきてる
...イェンの美的感覚は凄い。この服も綺麗なのは分かる。分かるんだけどさ。
やっぱこれ普段から着てる人居ないでしょ。
やっぱり恐ろしいほど背筋がゾワゾワする。
「レナお姉ちゃん!私達も着替えてくるね!」
「え?あ、うん。」
マヤちゃんとサラちゃんが店員に連れられてパタパタとついていく。
イェンはというと、上から下まで舐め回すように私の事を見てから満足そうに鼻を鳴らした。
「いやぁ、やっぱり似合うな!姉ちゃん背ぇ高いし、黒髪も綺麗だからな。こういう服が映えるんだよ。ああ、軍服は宮廷に届けさせたから安心しろ」
「え?」
帰りもこの服ってこと?
もう勘弁してよ...
「はぁ。降参...イェンは着替えないの?」
「俺は今の服でいいぜ。気に入ってるしな!」
そう言って自分の服を軽くつまんだ。
イェンが着ているのは、赤を基調とした丈の短い衣装だ。
首元は少し高くなっていて、胸元から脇にかけて斜めに留め具が並んでいる。身体に沿った形をしているけど、裾には余裕があって動きやすそうだ。
袖口や裾には黒い縁取りがあり、赤い生地との対比が綺麗だった。
そういえば、さっきも街で似たような服を着た人を結構見かけたな。
「そっちの方が動きやすそうで良いんだけど」
「そうか?でも姉ちゃんにはそれが似合ってると思うぜ!」
「だから、そういう問題じゃないんだって...」
――少し待ったら後ろから声をかけられた。
「レナお姉ちゃん!」
着替えを終えたマヤちゃんが、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「んおっ...!」
...変な声出ちゃった。
マヤちゃんが着ているのは、淡い桃色のワンピースのような衣装だった。
襟元はイェンの服と同じように高く、斜めに並んだ飾り紐で留められている。裾は膝の下くらいまでで、細かな花の刺繍が散りばめられていた。
「どう!?」
「うん!すっごく可愛い!ありがとう、ありがとう、ありがとう...」
「なんでずっとお礼言ってるの?」
マヤちゃんがその場でくるりと回る。
ふわっと裾が広がって、本人もそれが楽しいのか「えへへ」と言ってもう一度回ってみせた。
「やっぱり俺の見立て通りだな!似合ってるぞ!」
...うん、ほんとに似合ってる。
普段の服も可愛らしいけど、こういう格好もいいなぁ。
「あの...私も着替えてきました」
続いて現れたのはサラちゃんだった。
「あら...!」
こちらは落ち着いた青色。
マヤちゃんと似た形の服だけど、裾は少し長めで、白い糸で細かな草花が刺繍されている。
襟元には小さな銀色の留め具が並び、袖口も白く縁取られていた。
クラウに似た長い青髪とよく合っている。
「どう、でしょうか...?」
「サラちゃんもすごく可愛い!」
「あ、ありがとうございます...」
サラちゃんが照れくさそうに微笑んだ。
「おお!こっちもいい感じだな!」
イェンも満足そうだ。
「...ん?」
「どうしたの?レナお姉ちゃん。」
改めて三人を見比べる。
赤い衣装のイェン。
桃色の衣装のマヤちゃん。
青い衣装のサラちゃん。
どれも形は似ているけど、それぞれの雰囲気に合っていて可愛らしい。
そして、鏡に映る私。
長い裾。広い袖。
わけの分からないくらい何枚も重なった布。
やたら豪華な刺繍。
それと化粧。
「ねぇ...」
「ん?」
三人が一斉にこちらを向いて首を傾げる。
かわいいなちくしょう。
「なんで私だけこんな感じなの?」
「「「え?」」」
...え?じゃないよ!
「いや、三人とも普通に歩けそうな服じゃん!私だけ明らかに違うでしょ!?街出たら目立つよ!?めっちゃ恥ずいって」
「だってレナお姉ちゃんしかそういう服似合わないもん!」
「姉ちゃんくらい背が高くないと、なかなか着こなせねぇからな!」
「私も、レナさんにはその衣装が一番似合うと思います……」
......駄目だ! 誰も話を聞いてくれない!!!
「じゃあ、私もマヤちゃん達みたいな服着たいなぁ」
「えー!もったいないよ!」
「そうだぜ!せっかく綺麗になったんだから、そのままでいいじゃねぇか!」
「レナさん、とっても素敵ですから...!」
だからなんなんだ!!!
ダメだ、逃げ場がない。助けてフレア。
任務でもこんなに困難だったこと無いぞ?
戦場で敵に囲まれるよりも、よっぽど逃げ場がない気がする。
「それに、姉ちゃんは普段から綺麗にしてた方がいいと思うぜ!」
「そうだよ!レナお姉ちゃん、いつも同じような服ばっかりだもん!」
「いや、あれはメジャーワーカーとしてね?」
「働いてないときもおしゃれしてなかったもん!」
「う...」
いや、でもこの服、何かあってもこんな袖で戦ったら、引き裂ける未来しか見えない。
「ああ、女官に服見繕わせておくからな!マヤ、良かったな!姉ちゃんはこの国を出るまで毎日綺麗だぞ」
「ほんと!?ありがとう!」
......は?
「いや、待って。毎日って何?」
「ん?だから、滞在中の服だよ」
「いやいやいや!そんなの頼んでないから!」
女官って、そもそもそんな簡単に頼めるものなの?
私の抗議など聞こえていないのか、イェンとマヤちゃんは楽しそうに話している。
「明日は違う色にしてみるか!」
「うん!私にも教えて!イェンちゃん!」
「私もレナさんの服、選んでみたいです!」
「おう!任せとけ!はっはっはっは!!!」
嬉しそうなイェンの声がこだました。
...ああ、もう。勝手にして。
「よし!それじゃ、次の場所に行くぞ!」
「うん!今度こそお腹すいた!」
「うし!じゃあメシだな!!!」
「やったー!」
イェンが元気よく店の出口へ向かった。
マヤちゃんがその後を追い、サラちゃんも嬉しそうについていく。
私は長い裾を持ち上げて、ようやく一歩を踏み出した。
「う、動きづらい...」
あのさ。
この格好で、街を観光するの?
本当に?




