報告
「おはよう。レナちゃん」
結局昨晩一睡もできずに階下に降りた私をアルマさんの優しい声が迎えてくれた。
既にビョルンさんも起きているようで、バタバタと散らかしてしまった部屋の片付けを終えたという様子。
「おはようございます...」
明らかに元気のない私と、昨日のマヤちゃんの様子から二人に気を遣わせている事が分かり、申し訳ない気持ちになった。
「嬢ちゃん、あの子のことについて教えてくれないか?」
ビョルンさんがマヤちゃんのことについて直球で質問を投げかけてきた。
彼の気遣いが、家族の溝を深めていくようで余計に悲しくなってしまう。
...私がこの件について直接言及するのはどうなんだろうか。
多分、この二人に本当のことを話しても疑うことはないだろう。
それでも、だからこそ、この家族の失われた時間が可視化されてしまうようで、それは残酷なんじゃないかと思った。
「...いえ。すみません、いずれあの子が自分から話すときまで待ってもらってもいいですか?」
家主に対して居候が失礼なのだが、ビョルンさんの優しさに甘えてしまうことにする。
ビョルンさんも「そうか。」と一言漏らしただけで、それ以上何も聞いてこなかった。
「ふたりとも体調は問題ないですか?」
昨日と同じ質問だけど、瀕死の重傷を負っていた二人に対しては何度してもし足りないくらいの質問だ。
そうして、二人から昨日と同じ返答が得られた。
加えてビョルンさんはそろそろ仕事に行こうなんて話もしている。
「健康体で寝てても他の奴らのことを考えたら休まらんし、さっさと街を復興させないとな。冬支度も途中だったことだし」
そういえば冬に備えて物資を採ってきた帰りだった。物資はクルスさんが分かる場所に置いておくと言っていたので、きっと大丈夫だろう。
ビョルンさんと採集しにいった物資について話していると、アルマさんが声をかけてきた。
「レナちゃんも今日は早いわね?何処かへ行くの?」
そういえばいつも昼過ぎまで寝ている私が二人の朝食の時間に起きてきたら不審に思うよね...
「まだ隊長はこの街にいると思いますので、ニグル山の件を報告だけしてきます。」
ニグル山の緑の霧、怪物の襲撃。平和だった黒の国で立て続けに何が起こっているんだという話だ。
無関係であると思いたいところだが、手遅れになる前に手だけは打たないと。
「俺も行ったほうが良いか?ニグル山に行った件で説明できる奴が居たほうがいいだろう?」
「うーん...まあひとまず報告してみるので、必要ありそうなら呼びますね」
ビョルンさんの進言を軽く流しておく。
隊長に報告するときにビョルンさんが居たほうが良いのは確かなんだが、マヤちゃんの件でも相談したいと思う。方針が決まるまでは口出しされたらややこしくなりそうだ。
二人に軽く挨拶をしたら、足早に家を出る。
正直休業の満期まで城に向かうつもりなんて毛頭なかったのだが、一晩経ってマヤちゃんにかけてあげる言葉も見つからないまま私だけ気まずくなってしまった。
休職中の職場に戻るほうがマシだと思えるくらいには気まずい。
まっすぐに昨日のテントの方へ向かう。
途中で街の被害の状況が見えるが、幸いにも被害を受けたのは一部だったようで、街の中央近づくに連れて復旧作業をする人の様子は減っていった。
テントの前に居た兵士に声をかけると中へ向かった。
もっと面倒なことになるとも思ったが、立て続けに起こった事件のせいで私にかまっている暇はない様子だ。
精々、戻ってきてくれると嬉しいくらいのことを言われたくらい。まだ戻る気はないけどね。
そして何事もなく隊長の居るテントへ。
声をかけると、少し疲れた様子で「入れ」と返ってきた。
「...こんにちは」
隊長はおずおずと挨拶をした私を見て少し目を細めただけで、手元にある資料から視線を上げることはなかった。
「今はとても忙しいんだ。先日の少女の件であればひとまずはまとまっただろう?急務でなければ日を改めてくれないか?」
いきなり来たとはいえ、何も聞かずに追い出されては困る。忙しそうな隊長を横目にそのまま報告だけしてみよう。
「いや、実はそれ以外にも報告するべきことがありまして」
私がそこまで口に発したところで、隊長が心底面倒そうな顔をしながらこちらに向き直った。
女王の死から事が動きすぎている。正直隊員一人、ましてや働かないものの相手をしている余裕はないだろう。
私がする報告は明らかに面倒事なので、隊長に心のなかで謝っておく。
「街で物資調達が滞っている件はご存知ですよね」
「ああ。思ったよりも早くに報告が上がったが。」
「その件で知り合いと物資調達へニグル山へと向かいました」
隊長へニグル山へ行った件で報告をした。
私がニグル山へ行った件は伝わっていたようで、頭を抱えながも黙って聞いてくれた。
「その場にお前が居合わせたことを幸運に思うしかないな。これはかなり大事になってきそうな気がするが...」
「報告はしましたので、なんとかしておいてくれませんか?」
お偉方と関わり合いたくない私が話し合いに出て行っても喧嘩になりそうなことは察したらしい。隊長はため息だけしてうまく報告しておいてくれるとだけ言った。((ありがとう!!))
「それで、今回の件でお前なりに見解などはあるのか?」
見解と聞かれても隣国の領地から緑の霧が迫ってきて帰ってきたら大きい獣が居たということだけしかわからない。
隣国のことを知ったのも最近だけど、余計なことは言わない。
「浅慮ですが、赤の国になにかあったということでしょうか?」
適当に答えたが、そのまま隊長も同意してくれた。
「ニグル山の件はこれから隊長たちに報告をして調査が始まるとは思うのだが、今回の獣の襲撃も赤の国関係ではないかと議論が収束しつつある」
ここ数十年殆ど関わりのない隣国に動きがあること、国の矢面に立つ女王が居ないこと、問題は山積みである。
「広大な土地、強力な兵力に加えて赤の国の女王には代々強力な能力がある。」
「赤の国の女王はどんな能力を持っているんですか?」
兵士になると嫌でも目にする特殊な能力。女王クラスとなればさぞ強いものなんだろう。
心のなかで少しだけ身構えて隊長の言葉を待った。
「赤の国の女王は怪物を使役する能力を持っている」
「怪物ですか?」
「ああ、今回の襲撃もメノウ方向から来たことだしな」
勝手に頭のなかで赤の国を武闘派集団だと決めつけていた私は思った方向と違う能力が出てきたことで少し戸惑った。
獣を操る能力を持っていたからメノウからの襲撃と結論を持っていこうとするなんて隊長たちは私よりも安直なんじゃないだろうか。
私がジトっと視線を向けたところで隊長が続けた。
「お前、なんか失礼なことを考えているんじゃないか?」
「そんな事ありませんよ...」
たぶん
「少しずつ情報が集まってくるとは思うが、長い間膠着状態だった隣国の名前が何度も上がるだけで調査する必要があるとは思わないか?それに他国にも名を知られていた兵士がいる筈の国を襲撃するとしたらなにか理由ができたと考えるのが普通だろう?」
「確かに」
「結論に到れる訳では無いが、他国の調査が始まるのも時間の問題だろう。そうなれば国力の強化は必須だ。」
だから早く帰ってきてくれと言うような視線を向けられるが、まだ跳ね除けておく。
そして話題をそらしつつ私にとっての本題を出すことにする。
「少女の件で報告が1件だけあります」
「その件はひとまず後回しだと言わなかったか?これ以上問題ごとを増やしたくはないんだが」
「能力の効果がわかりましたので。少しだけ相談に乗ってもらいたくてですね」
そのまま執務に戻った隊長は一応聞いてくれるようで「続けろ」と加えた。
なんやかんや親身になってくれる隊長に胸をなでおろしつつマヤちゃんの能力によって回復した3人の記憶に障害が出たことを報告した。
「少女は今何をしている?」
「家で閉じこもっています」
「そうか、お前はどうするつもりだ?」
どうする?
もちろんマヤちゃんの助けになりたいけど私じゃどんな言葉をかけていいのかわからない。
「街を容易く守るのに、少女一人に手こずるか...私じゃ力になれそうにないな。あいにくと忙しい。」
「え、」
隊長はそう言うと私を追い出すように退室を促した。
ここまで取り付く島もなくバッサリと切り捨てられると返答のしようがなくなってしまう。
私は頭を抱えたまま帰路についた。




