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国王陛下との謁見の後、ルナセイラはセイフィオスと共に学園には戻らず、オレイヌ家のタウンハウスへと向かった。
タウンハウスには父であるオレイヌ伯爵は不在だったが、タイミングよく領地へ行っているということだったので、知らせを送りすぐにルナセイラたちもオレイヌ領の邸へと向かった。
オレイヌ領は馬車で半日程で着く。比較的王都に近い距離にあるといえるだろう。
南東に位置するオレイヌ領は規模も狭く、特産と呼べるようなものもない。その為、これまで没落寸前貴族であったのだ。
むしろ、なぜ没落しないのか不思議なくらいだったが、聖女の記録を守る役目を国から拝命していたことで、援助金などを受け取って凌いで来れたのだろう。
馬車での道中、セイフィオスはずっとルナセイラの横に座って愛おしげに手を握っていた。
甘い雰囲気が馬車の中に充満してしまい、ルナセイラは溺れるのではと動揺を隠せなかった。
視線を逸らしたく顔を窓外に向けると、寂しげな視線が後頭部に突き刺さった。ルナセイラはいたたまれず 、最終手段「寝たふり」でやり過ごす。
寝たふりをする間も、頭を撫でられたり、額に唇が触れたような気もしたが、とにかく寝たふりをし続けたお陰で、三時間近くは甘い空気から逃れることに成功した。
慕ってはいるが、「恋人」になるのはまだ待って欲しいとお願いして本当に良かった。と、ルナセイラは心の底から思えたのだった。
***
「ようこそおいで下さいました。どうぞこちらへ」
日が沈み午後六時をまわった頃に、私たちを乗せた馬車はオレイヌの邸へ到着した。
連絡を受けていたオレイヌ伯爵は、ニコニコ微笑みながら使用人たちと共にルナセイラたちを出迎える。
オレイヌ伯爵家は名ばかりの伯爵家で、元々屋敷も大きくない。二階建てで一階が来客をもてなす部屋が数部屋と、談話室、食堂があり、二階には家族の私室と寝室、書斎、執務室があり、こぢんまりとした洋館だ。
今日は宿泊を要する為、セイフィオスは宿舎を予約しようと思っていたようだったが、オレイヌ伯爵の好意でセイフィオスもオレイヌ家に泊まることになり、客室に一度案内されていた。
半刻後にセイフィオスの案内された客室へ迎えに行き、共に談話室へ向かうと、オレイヌ伯爵は既に部屋の中で待っていた。
ソファへ案内されて、共に二人掛けのソファへ並んで腰掛けると、セイフィオスが話し始める。
「昨日のうちに伝令で知らせてはいたが、今日は急に押しかけたにも拘らず、迅速な対応に感謝する。
私はセイフィオス・ブレド。このブレド王国の第一王子であり王太子だ。」
ーーえ?・・・まさか昨日の内にお父様には連絡がいっていたの?!
自分の預かり知らぬところで、セイフィオスが父に連絡をとり、動いていたことにルナセイラは困惑する。
「拝謁賜り恐悦至極に存じます。出来ればこのような日が来ないことを願っておりましたが、ルナセイラが生まれた時から、いずれはこうなるであろうとは覚悟しておりました。」
ーー私が生まれた時から?・・・一体どういうーー
「オレイヌ伯爵、先にご挨拶させていただこう。
私は、ルナセイラ嬢の治癒の力を確信してから、非公式ではあったが守り手として側にいるよう努めてきた。
しかし、彼女が一般生徒であった時から、私の気持ちは変わらず好意を抱いていた。
命続く限り、彼女を守り抜く所存だ。」
「な?!・・・殿下と私の娘は恋人同士なのですか?!」
「いや、まだ求愛中だ。しかし、必ず 成婚する。そのつもりで、今日はオレイヌ伯爵にも挨拶を兼ねて会いにきた」
「・・左様でございますか・・我が家は見ての通り、王家からの援助によって没落せずに済んでいるような力のない家です。しかし、殿下がルナセイラを求めてくださるのでしたら、私は反対は致しません。・・・ただ、娘の気持ちは尊重したいと思っております。どうかご理解ください」
「感謝する。必ずルナセイラ嬢の意に沿わぬことは強要したりしない。
・・・では本題に入るが、ルナセイラ嬢はまだ自分がなぜ聖女なのかわかっていない。前聖女の肖像画を見せて貰えるか?」
「承知いたしました。持ってまいりますのでお待ちください」
オレイヌ伯爵は立ち上がると、すぐ側の壁際に置かれていたカバーの掛かった大きな肖像画を持ってくる。空いているソファを退かせてから、そこにスタンドを立ててカバー付きの肖像画を置いた。
「こちらが、初代オレイヌ伯爵夫人であり、治癒の力の聖女、ローナ・オレイヌの肖像画です。」
パサりとカバーが外され、目に飛び込んできたのはルナセイラそっくりの女性だった。
「ーーえ?!・・・私?!」
美しい金髪のロングストレート。美しい紫紺の瞳。自分にそっくりな肖像画を見て、ルナセイラは驚愕した。
まじまじと見てみると、二十代の時に描かれたようで、今のルナセイラよりも少しだけ大人びて見える。
「これがルナセイラが聖女であろうと証明できる一つだ。」
「確かに似ていますが、なぜ・・・似ていると聖女の証になるのですか?」
オレイヌ伯爵の言葉にルナセイラは疑問を呈してしまう。
「治癒の力の聖女はローナが初めてだった。これまで聖女の力が血の継承を受けていることも可能性として高いと言われていたことから、先祖返りで聖女の血を多く受け継いだ者は、先祖の聖女に似る可能性が高いと判断されてきたのだ。
その為、今後もしローナに似た子供が生まれた場合は、必ず肖像画と似ているか確認し、似ていた場合は王家へ報告する義務が与えられたのだ。」
「・・・では・・・私は生まれた時から、聖女の生まれ変わりである可能性が高いと思われていたのですか?!」
「・・・そうだ、お前は幼い頃にその報告の為、王城に登城したこともあるんだよ」
「・・・覚えていません・・・」
伯爵に言われても、ルナセイラは思い出すことができなかった。
「・・九歳の時だったから記憶が無くてもおかしいことではない」
「そうなのですか・・・」
「ルナセイラ嬢が聖女ローナの力を多く受け継ぎ聖女となったということで、話を進めてもかまわないかい?」
途切れた本題へ話を戻すように会話に入り、伯爵もルナセイラもセイフィオスの言葉に頷き同意した。
「では、ここからは 早急にどうやって能力を高めていけるか方法を見つけたいと思っている。
ルナセイラ嬢は、対象に触れることができれば重症であっても患者を治癒できるだけの能力を開花させている。
しかし、浄化や、範囲的な治癒は未だできていない。そこを過去の記録をもとに解決策を探したい。」
「左様でございますか。それでしたら、今こちらのテーブルの上に載っている文献やローナの遺品から何か手がかりが見つけられるかもしれません。」
伯爵は、積み上げられた本や小物を指し示した。
「感謝する。読み解く間滞在を希望したいのだが構わないだろうか?」
「かしこまりました。ではご滞在の間不便のないよう執事に申しつけておきます。
私は席を外しますが、どうぞご覧ください。
時間は遅いですが、もし夕食がまだのようでしたらご用意いたしますがいかがですか?」
「頼んでも良いだろうか?」
「承知致しました。でき次第ご案内いたしますのでしばらくお待ちください。
では私はこれで失礼致します。」
オレイヌ伯爵は恭しく一礼すると部屋を後にした。
「――よし!それじゃあ調べようか!」
先ほどまでの威厳のある態度が一変したセイフィオスは、いつものように優しい微笑みでルナセイラの頭を撫でる。
「・・・・セイは、私の事を国王陛下から聞いていたのですよね?」
素直に頭を撫でられながらルナセイラは問う。
「うん。昨日の夜報告した時に聞いたよ。陛下は驚く様子もなくて、当然のように話を聞いていたけど、生まれた時から肖像画で確認することが決まっていたなら、驚くわけないよね。」
「・・・確かにそうですね」
「――実はさ・・・私は八年前にルナが王城にやってきた時のこと覚えているんだ。」
まさか自分がセイフィオスと幼い頃に出会っていたとは思わず衝撃が走る。
「そうなんですか?!」
「うん。だからルナのことは学園で会ったのが初めてだったわけじゃないんだよ。
ルナは幼かったし覚えていないだろうけれど、私は出会った時から君の事が好きだったんだ。」
セイフィオスは、動揺するルナセイラにはにかんで微笑み、「私の恋はなかなか年季が入っているでしょ?」と、照れながら言った。
ーー・・私は覚えてすらいなかったのに・・・八年も一途に想い続けてくれていたなんて・・・
どくんどくんと感じたことのない甘く激しい胸の苦しみに、「もうとっくに自分はセイフィオスに堕ちていたのだ」と、痛感した。




