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混沌の拡散

……………………


 ──混沌の拡散



 爆薬を設置するのには大した時間はかからなかった。


 魂との取引で入手した爆薬はRDX混合爆薬を50キログラム。この都市の全ての攻撃目標を吹き飛ばすのに十二分な量の爆薬が手に入った。


 問題は爆薬の設置だ。


 大聖堂はもとより貴族しか利用できず、貴族の邸宅にも出入りできる人間は限られる。そこで深夜に侵入し、爆発物の設置を行うことにした。


 俺が大広場であれだけ暴れたというのに依然として衛兵の空気は緩く、深夜の巡邏も強化された様子はまるでない。貴族たちも邸宅の警備にさして人手を割いておらず、警備はどこも緩いままである。


 大聖堂も視察したが、深夜に施錠されるのは正門だけであり、裏口は開いたままだ。それでいて夜間の警備が厳重なわけでもなく、簡単に忍び込めると踏んだ。


 聖バルトロマイの式典を襲撃した日から4日後の夜。俺は作戦を決行した。


 顔をドーランによって黒く塗り、都市型迷彩の戦闘服を身に着け、HK45T自動拳銃にサプレッサーを装着して手に握り、コンバットナイフを腰に下げ、俺は深夜の交易都市ナジャフの通りを慎重に駆け抜けた。


 アティカは宿屋で休んでいるとだけ告げて、ベッドで丸くなっていた。いつもは酷く目つきの悪い彼女だが、眠っていると年相応の可愛らしい少女に見える。


 アティカを連れてきても何かの役に立つわけでもないし、この場合は単独行動が望ましいので、俺はアティカを宿屋に置いてきた。


 今日は新月。地球と同じく月がひとつというこの世界では夜は一層暗いものだ。


 だが、俺の体内に棲み着くナノマシンは僅かな光源を増幅し、補正し、俺に明るい景色をもたらしてくれる。そして、聴覚に関しても強化された状態においては、衛兵たちと接触するのは俺がよほどの失敗をしでかさない限りあり得ない。


 この手の作戦はいつもと同じだ。バックアップとポイントマンが不在なだけで、俺はこうして闇夜の中を駆け回り、情報を盗み、人を拉致し、暗殺を繰り返してきた。


 どこの世界に行ってもやることは同じこと。


 だが、これこそが充実感のある仕事ではないか。


 深夜の街を駆け、俺は第一目標である大聖堂に到達した。


 案の定、警備は存在しない。俺はたやすく内部に忍び込んだ。


 爆破は明日の朝を予定している。それまでに爆薬が発見されてはならない。きちんと隠蔽しなければならないというわけだ。


 だが、それはさしたる問題にはならなかった。大聖堂の中には人目の届きにくい場所がいくらでもある。そこに仕掛ければいい。


 爆薬量を調整し、俺は爆薬を取り付ける。


 大聖堂が完全に吹き飛ぶほどの爆発は想定していない。この建物の建材が何でできているか分からないが、これを跡形もなく吹き飛ばすにはもっと大量の爆薬が必要になる。


 だが、それでも人々に衝撃を与えられるだけの爆発を引き起こしたい。人々が貴族たちの象徴が崩れたことに驚愕し、そして貴族たちが自分たちの身を狙われているのだと理解するほどの爆発は必要だ。


 しかし、こうして夜中に爆薬を仕掛けていると地球にいた時のことを思い出す。我々はテロリストのねぐらになっているバンカーを吹き飛ばしたこともあるし、無辜の市民が暮らしていたアパートを吹き飛ばしたこともある。


 俺の部隊には爆薬の扱いが上手い隊員がいて、彼に任せればどんなものだろうと吹き飛ばせた。俺も彼から学んだことは多い。


 崇高なる目的のため、祖国日本のために、我々は爆薬を仕掛けて人を殺した。銃とナイフと同じように爆薬もまた愛国心と忠誠を示す道具であった。



 愛国心と忠誠のため?


 本当にそうだったのか?



 我々は本当にそんなことを考えていただろうか。


 少なくとも俺は祖国のためというお題目など気にもしていなかっただろう。


 戦争は変わったのだ。愛国心と勇気で戦う古き良き時代から、脳に叩き込まれているナノマシンに作られた人造の殺意で戦う時代に。


 多くの軍人たちがVR空間での反復訓練で教え込まれた動作とナノマシンで調整された感情で、無機質に戦うのが今の戦争だ。ナノマシンによって脳神経の発火が制御され人工的に作られた殺意が愛国心と勇気にとって代わり、戦争を推し進める。


 俺はその人工的に作られた殺意の中に喜びを見出した。


 血塗れの幸せを。硝煙の臭いの幸せを。混沌の中の幸せを。


 さて、爆薬は仕掛けられた。残るは貴族の邸宅だ。


 急がなければ。夜明けまでには全ての目標に爆薬を仕掛けなければならない。


 そして、朝を迎え、人々が目を覚まし、その意識が冴えわたった時に衝撃を与える。


 とても素晴らしい朝になるだろう。


……………………


……………………


 爆破は大成功を収めた。


 大聖堂も貴族の邸宅も吹き飛んだ。


 爆発の現場のひとつである貴族の邸宅を食堂から眺めていたが、使われた軍用爆薬は適切に機能し、その威力を発揮した。


 貴族の屋敷の通りに面した壁がごっそりと剥げ、ドールハウスのように内部が見えている。そのドールハウスには人形の代わりに人間の死体があり、家具とともに静かに小さく燃えている。そして、爆発の際に生じた炎によって黒ずんだ地面には赤黒い血がゆっくりと血だまりを作っていく。


「爆発したね」


「爆発しましたね」


 俺が不味いエールを手にざわめきの広がっていく通りを眺めるのに、アティカが呆れた様子で爆発の様子を眺めていた。


 通りには水をぶちまけたように混乱が広がっている。


 運悪く爆発に巻き込まれた通行人が悲鳴を上げ、それを助けようとしている市民が助けを呼んで叫び、とにかくこんな日常ではありえないことが起きたことに混乱している市民が有象無象のざわめきを発している。


 衛兵たちが群集を整理する様子もなく、同じようにぽかんと口を開いた衛兵が間抜けな面を晒して、爆発現場を眺めていた。


「肝心の貴族は死んだのですか?」


「さてね。それは知らないよ。俺の目的は貴族たちに差し迫った命の危険があると思わせることだ。実際に死んでいてもいなくても問題はない。まさかこの街で貴族たちを全員爆殺すると思っていたのかね?」


「これぐらいの騒ぎを起こすのですから、そう思いますよ」


 アティカはミルクにちびりと口をつけてからそう返した。


「それは想像と違ってすまなかったね。ところで、何人くらい死んだかな?」


「今のところ、68人分の魂がチャージされました。これからさらに増えるでしょう」


「それはいいニュースだ」


 これからさらに武器と弾薬、そしてそれらを効率的に使うための装備が必要になってくる。人が死ねば死ぬほどこちらは装備の質が高まるのだから文句の言いようがない。


 我々がそんなやり取りをしていた時、通りの群衆がさあっと道を開いた。


 何事かと思って通りを注視すると、騎兵が人混みを払いながら直進してきた。


 衛兵が対処に乗り出したのかと思ったが、騎兵はそのまま群衆を押しのけただけで、爆発現場を一瞥すらせず、その騎兵の後に続いた馬車を通過させると、そのまま通り去った。よほど急ぎの用事だったらしい。


「今のは土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルの馬車ですね」


「ふむ。ちょうどいいタイミングだったね」


 この惨状を見れば土の精霊公とやらも治安対策について考えるだろう。そうでなければ相手にならない無能だ。それではつまらない。


「それで。これからどうなさるおつもりで?」


「これで敵もようやく腰を上げるだろう。この街でもよそ者が狩りだされて取り調べを受けるはずだ。そうなる前に街を出る。しばらくは森の中に潜んで、敵の出方を窺うとしようではないか。俺の予想が正しいのならば、後は坂道を転がり落ちるだけだ」


 こちらは意志を示した。そちらの体制を転覆させる準備があると。


 次は精霊帝国側が意志を示す番だ。このテロを前にただ狼狽するだけなのか、確固たる意志を以てして鎮圧を図るのか。


 刺激が足りないならば追加しよう。貴族をもう10人、20人殺そうではないか。


 貴族が魔術を使えるとしても、このように不意を打てばいくらでも殺せる。爆薬で、銃弾で、ナイフで、素手で。ありとあらゆる手段で殺して見せよう。


 日本情報軍特殊作戦部隊のオペレーターは人殺しの手段についても優れているのだ。


「さて、この街の不味い食事ともしばらくはお別れだ。死人の魂でレーションでも購入するとしよう。それか君も蛇の肉を食らうかだ」


「蛇は遠慮したいところですね」


 魂を通貨にした取引では武器弾薬の他にレーションやミネラルウォーターも購入することができるのは確認済みだ。今度は最初の時よりも快適な生活が送れる。


「こうやって転がしていけば、偉大な帝国も過去のものとなる」


 俺は再び爆発現場に集まりつつある群衆を眺めてそう呟いた。


 群衆たちは明日がどうなるのかも分からずに、ただただ呆然と目の前の光景を眺めていた。その明日が来ないかもしれないとは思いもせずに。


 事実、それから起きたことは俺の予想通りであり、民衆たちからさらなる恐怖の悲鳴の上がるものであった。



 つまりは弾圧の始まりだ。



……………………

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