花火を打ち上げよう
……………………
──花火を打ち上げよう
精霊帝国南部属州総督にして土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルは、聖バルトロマイの式典が襲撃された日から5日後に交易都市ナジャフを訪れた。
彼は馬車で交易都市ナジャフに入り、彼に仕える下層民の兵士たちに道を開けさせ、聖バルトロマイの式典が開かれ、虐殺の現場になった中央広場に入った。
「ああ。ようこそ、マントイフェル公閣下。お待ちしておりました」
ゲルティを出迎えたのはここら辺の領地を治めている下級貴族だ。
「大事件が起きたようだな」
「はっ。死者10名。ナジャフ大司教が殺害され、参加していた貴族たちが殺害されました。現場はそのまま保存してあります。ご命令通りに」
この交易都市ナジャフを含めた南部属州全土を治めるゲルティにとって、今回の事件は見過ごせないものであった。
聖バルトロマイの式典は精霊帝国による南部支配を祝う式典だ。精霊帝国にとってそれはこれからの支配を継続することの意志表明でもある。
その式典で死者が出た。殺されたとしか思えない形で。
ここ最近、南部の農奴や小作人が脱走し、森の中で反乱勢力を結成しているとの噂もゲルティは耳にしていた。南部は未だに属州であり、精霊帝国の支配を受け入れようとしないものたちが残っているのだ。
そのような状況下での事件。これを見逃すと反乱勢力を増長させることに繋がりかねない。所詮は魔術も使えぬ下層民と言えど、反乱を起こされて、その数を減らされては労働力に影響が生じる。精霊帝国による世界支配のためには、貴族たちによってしっかりと管理された下層民が必要なのである。
「大司教が倒れたのはどこだ?」
「ここです、閣下」
ゲルティはどのようにして襲撃が行われたのかを確認するために、この場を訪れた。下層民による犯行という可能性は今のところかなり低いが、万が一という場合もある。それに貴族による貴族の襲撃ならば、それはそれで大きな問題だ。
「ふむ」
魔力の反応はない。
襲撃から5日後とは言えど10名も殺害された襲撃だというのに魔力の反応がない。それは襲撃された貴族側が応戦すらできなかったことを意味し、同時に襲撃者が魔力が検知できない方法で貴族たちを殺したことを意味する。
「魔力の反応は最初からなかったか?」
「はい、閣下。検出できませんでした。ですが、周辺の警備は完璧で、侵入を許すようなことは決してなかったかと……」
おかしい。魔術を使わずにして侵入不可能な状態にあった広場内にいる貴族をどうやって殺したというのだろうか。
矢を使った? それならば死体を見ればすぐに分かる。だが、死体に刻まれていたのは穴であって、矢が突き刺さった様子はない。
昔、スリングという投石器があったが、あれを使ったとしてもこの広場の中に入らずして、貴族10名を殺すということは不可能だっただろう。スリングなど使っている人間がいれば、衛兵が気づくし、貴族も反撃できる。
となると、どういうことだろうか?
「……これは……」
ふと、ゲルティが足元に視線を向けると、石畳にひび割れが見つかった。
何かがめり込んで、割れているようだ。
ゲルティはそのめり込んでいる何かに赤黒い付着物があるのを見逃さなかった。間違いなく、それは血の痕跡だ。
「これを取り出せ」
「はっ」
ゲルティが命じるのに、兵士たちが剣の先で石畳にめり込んでいる物体を取り出す。
「これは……鉛か……」
“土の精霊公”であるゲルティにはその物質を触っただけでそれが何で構成されているかが分かった。これは鉛と微量の真鍮で構成されたものだ。だが、それがどういうわけで血が付着してこの場にめり込んでいるのかは──。
「まさか」
ゲルティはそこで思い当たることに気づいた。
かつて、農民の反乱で使用され、その魔力に対抗が可能である力から禁止された製造も所持も一切が禁止された兵器。
「銃、か?」
そう、銃である。
この世界では簡素な前装式のマスケットが開発されたことがある。下層民の技術者によるもので、開発当時はさして注目されなかった。
だが、農民たちが反乱を起こし、貴族に対してその銃を使ったとき話は変わった。
高らかと鳴り響く銃声は貴族たちに衝撃を与え、クロスボウの矢より殺傷能力のある銃弾は鎧を容易に貫き、肉を抉った。反乱軍は銃を以てして最初の戦いに勝利し、貴族たちは撤退を余儀なくされたのだ。
その後、精霊帝国はあらんかぎりの火力と兵力を以てして、反乱を叩き潰したが、僅かに数か月でも精霊帝国の支配が揺らいだのは衝撃であった。
精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトは銃についての技術を全て破棄するように命じ、銃に関する資料は焼き払われ、技術者は皆殺しにされ、製造場所は深い土の底に埋められた。今、銃の存在を知る者はいないはずだ。
だが、この鉛でできた物質は微かに伝え聞かれた銃弾と一致する。
それに銃だとすればこの事件も推理できる。この聖バルトロマイの式典を襲撃した何者かは、銃を使って遠方から貴族たちを狙い撃ちにしたのだ。
もっとも、かつて使われたマスケットには2000メートルもの距離から貴族の頭を撃ち抜くようなことはできない。ライフリングのないマスケットで期待できる射程というのは、クロスボウのそれと大差ないのだ。
しかし、かつての銃のことについて詳しく知らないがゆえに、ゲルティはこの残された銃弾と銃を結び付けたのだ。
「下層民の手によるものだというのか。おのれ、愚鈍にして無能の下層民め」
ゲルティは怒りを燃やした。
彼が敬愛してやまない精霊帝国皇帝モレクから貴族の地位を授かり、無能な下層民たちを導く役割を与えられたものたちが、下層民の卑劣な武器によって殺害された。それは神聖にして不可侵なるモレクへの反抗であり、精霊帝国への侮辱だ。
決して許されるものではない。犯人を見つけ出して、血祭りに上げてやらねば。
「例の反乱勢力について、何か知らせておくべき情報はあるか?」
「いいえ。農奴たちが脱走して森に入ったという情報は寄せられていますが、それ以上の情報は何もございません、閣下」
ゲルティが尋ねるのに、彼の秘書官がそう返す。
「ならば、森に捜索隊を送り込み狩り出せ。街においても不審な人間は即座に拘束し、地下牢に放り込んで尋問しろ。徹底的に反乱勢力を狩り出すのだ。いいな?」
「畏まりました、閣下」
ゲルティは決意した。反乱勢力をただの薄汚い脱走農民の集まりだと思っていたことは誤りであった。あれは精霊帝国への許しがたい侮辱にして反乱なのだ。あれらは徹底的にこの南部から殺しつくさなければならない。
「醜く、薄汚い下層民どもめ。精霊帝国に逆らったことを後悔させてやる」
ゲルティが犯行は下層民によるものだと断定し、馬車に戻ろうとした時だ。
激しい爆発音が交易都市ナジャフの空気を揺さぶった。
衝撃波がゲルティのすぐ脇を駆け抜け、秘書官や兵士たちが悲鳴を上げる。
「だ、大聖堂が!?」
兵士の言葉にゲルティが振り返ると、この中央広場のシンボルとも言えたナジャフ大聖堂が瓦礫となって、崩壊し始めていた。大聖堂の尖塔がへし折れ、内側に倒れこみ、荘厳なステンドグラスの窓が甲高い音を立てて割れていく。
「何事だ。何が起きた」
ゲルティは訳も分からず、土埃の舞い上がる中央広場で崩壊していく大聖堂を見上げた。先ほどまでは何の異常もなかったそれは今や完全に崩壊している。
「ナジャフ市内で爆発多数との報告です、閣下!」
「危険です。いますぐにここを離れましょう」
兵士が報告し、秘書官が促す。
「これも反乱勢力の仕業なのか。下層民どもの仕業だというのか」
ゲルティは怒りと混乱の中で、交易都市ナジャフを去った。
……………………
……………………
幾分かのイレギュラーはあったが、計画に大きな支障はなかった。
攻撃目標は精霊帝国の支配の象徴。
つまりは大聖堂と交易都市ナジャフにおける貴族の邸宅。
貴族たちは本宅は領地に有しているが、都市部に別宅として邸宅を有している。いわゆるタウンハウスというものだ。この交易都市ナジャフにも南部属州の流通の中心地として、周辺の貴族たちが邸宅を有していた。
「つまり、この市街地で爆弾を爆発させると?」
俺の話した計画にアティカが目つきの悪い目をより細めてそう返した。
「そうだ。貴族たちに自分たちが狙われているのだということを自覚してもらわなければならない。人は自分が危機に晒されれば、どんなことでもやってのけるものだ。無実の市民を拘束したり、処刑したりといろいろね」
俺の計画は大聖堂と交易都市ナジャフにおける貴族の邸宅の爆破。
聖バルトロマイの式典での狙撃では報復の連鎖は始まらなかった。俺の恋焦がれる混乱に火は付かなかった。
思った以上に精霊帝国の貴族たちは愚かだったからだ。
連中は自分たちが狙われているということも、自分たちを狙っているのがどんな人間なのかも理解していなかった。
恐らくは長い間、支配が定着していたからだろう。連中は反乱が起きるとは、そして自分たちの身が危険に晒されるとは思ってもいないのだ。長い支配に胡坐をかいて、安穏とした生活を送ってきたのだろう。
だが、それもこれで終わりだ。
これからは誰もが危険に晒される混乱の時間だ。都市で、街道で、農村部で、森で、橋で、平原で、あらゆる場所に死の危険が潜む素敵な時間の始まりだ。
まず、その時間を知らせるチャイムを鳴らすために花火を打ち上げる。
「噂ではあるがこの南部を治める精霊公であるゲルティ・フォン・マントイフェルも、狙撃事件を気にかけ、この都市の視察を行うという情報もある。いい機会だ。彼には廃墟になった大聖堂と貴族の邸宅を拝んでもらおうではないか」
「そうすればこの地の貴族たちは危機感を有すると?」
「ここまでされてやられたままなら、本当に15世紀も帝国を統治できていたのか怪しくなってくるだろう。俺がただテロを起こすだけで、帝国は崩壊する」
アティカが尋ねるのに俺はそう告げて返す。
精霊帝国はテロに対する報復に動かなければならない。そうしなければ、混乱は収束せず、広がり続けるだけだ。
下層民たちがいくら貴族たちを恐れ、抵抗できないのだと半ば洗脳されているにしても、目の前で次々に精霊帝国の象徴が破壊されれば、その考えは揺らぐだろう。その先に待っているのはやはり混乱だ。
「しかし、あなたは自分の行動をテロだと認められるのですね。普通は自分たちの行動をテロだとは自称せず、解放だとか、安全保障上の行動という風に述べるのでは」
「それが必要な場合はそうするとも。だが、いちいちジョージ・オーウェル染みたダブルシンクをやる必要はない。率直に言って俺のやることはテロだよ。いや、政治的な信条すら持たないからただの大量殺人だとも言っていい」
テロとは暴力によって政治的な目的を達成することだ。
だが、俺に政治的な目的などはない。ただ精霊帝国を転覆させることだけで、その後のビジョンはまるで存在しない。
混乱のために混乱を起こし、殺人のために殺人を犯す。
全く以て、テロリスト以下だ。
「しかし、爆破テロとなると下層民にも被害者が出るのでは?」
「俺は下層民を解放しに来たわけじゃない。精霊帝国を転覆させるために来たのだよ。下層民が犠牲になっても仕方がないとしか言えないね」
下層民たちは別に俺の味方というわけではない。この世界の体制を転覆させるための要素のひとつに過ぎない。彼らが世界の体制──精霊帝国を転覆させるために動くならば支援するし、逆に体制の転覆に邪魔ならば殺すだけだ。
「我々の神があなたを選んだのも納得ですね」
「お褒めの言葉だと受け取っておこう」
アティカが肩をすくめてそう告げるのに、俺は笑って返した。
「では、始めようか。ひと夏の終わりを告げる素敵な花火の時間だ」
……………………
本日は3回連続更新です。




