噂という情報ソース
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──噂という情報ソース
俺とアティカは聖バルトロマイの式典を襲撃後、交易都市ナジャフに留まった。
本来ならばすぐにでも離脱するべきだ。恐らく今から交易都市ナジャフでは衛兵たちによる犯人探しが始まるだろう。それを考えるならば、襲撃後はすぐに街を出て、どこかに身を潜めるべきであった。
だが、確かめておきたいことがあった。
我々がこれから戦う相手がどれほどのテロへの対処能力を有しているかを。
もし、敵が厳重な構えで応じるのであれば、それなりの手を尽くさなければならない。逆に敵の対応が緩いものであったならば、攻撃の速度を速めるだけだ。
俺の予想通りに、襲撃のその日には城門が封鎖され、出入りが禁止された。
だが、そこまでだった。
城門を封鎖した後に衛兵たちは街のあちこちを巡邏して回ったが、それが続いたのがたったの2日で、それ以降は城門は再び開かれ、衛兵による巡邏が続くだけになった。
全く以て拍子抜けだ。
「貴族というものはさしたる価値はないのだろうか」
「いいえ。貴族の地位は絶対的なものですよ。大司教に至っては権威の中の権威です。ですが、彼らも混乱しているのでしょう。恐らくは襲撃がどのようにして行われたかすら、彼らは理解していないのではないですか」
俺が宿屋の窓から衛兵が巡邏する通りを眺めて呟くのに、アティカがそう返した。
「つまり、彼らは報復するべき相手を見つけられずにいるわけだ」
「そのようです。誰が、どうやったのか分からずにいるのでしょう。それに交易都市ナジャフの交易によって齎される税収は、貴族たちの大きな収入源になっています。それをやみくもに城門を閉ざし、交易を停止させることは、敵の正体も分からないのにできないということではないでしょうか」
「ふうむ。こちらの予想とは異なったな。もっとじっくりとやるべきか」
式典の狙撃という通り魔的な犯行では、まだまだ報復の連鎖は始まらないようだ。もっと貴族たちが自分の身の安全に危機感を覚え、民衆たちに対して猜疑の目を向けるような事件を起こさなくてはならない。
「さて、敵は動きそうにない。では、少しばかり噂を集めてくるとするか」
「噂ですか。情報ではなく?」
俺がコートを羽織るのに、アティカが首を傾げた。
「噂は情報がどのように民衆に受け止められたかを示すものだ。ことに情報化の遅れた社会では噂こそがその地域の人間にとっての事実である。噂を流して事実を汚染する前に、民衆があの事件をどのように受け止めたかを聞いておきたい」
「そうですか。でしたら、お供しましょう」
アティカはベッドから立ち上がり、俺の横に立つ。
「しかし、宿屋の部屋は別室にしてほしかったですね」
「そのような資金的な余裕はないのだよ、アティカ。それに俺は君ぐらいの年齢の子供が一緒の部屋にいても気にならない」
「私が気にするのです」
アティカは俺の言葉にため息をつく。
「天使でも俗世のことが気になるのかね」
「まあ、あなたが私のような幼児体形に発情するとは思ってはいませんよ」
そう告げるとアティカは扉に向かった。
確かにアティカは肉付きはあまりよくなく、痩せた体型をしている。腕などは子供のそれで折れてしまいそうなほどに細い。そして、女性的な体にある魅力はほぼない。まだ第二次性徴を中途半端にしか迎えていないかのようだ。
そういう彼女に性欲を催すのは、特殊な性的事情の人間だけだろう。
「では、いきましょうか」
「ああ」
俺はアティカに続いて宿の部屋を出た。
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街の様子は依然として平和そのものだ。
衛兵たちは通りを巡邏し、時折住民を取り調べる様子を見せるが、ほとんどはただの嫌がらせだ。武器の有無を調べる様子もなく、金を巻き上げているだけである。我々も絡まれたが、小銭を幾分か渡せばそれで終わりだった。
「役に立たない番犬だ」
俺はやる気なく街を巡邏する衛兵を眺めてそう呟く。
「所詮は番犬です。主の意志がなければ何もできません。その主が混乱しているのでは、彼らとしてもできることは限られるでしょう」
「対テロ対策では大きく遅れているな。対テロ戦では対称戦のように悠長に上級司令部の指示を待っていてはあっという間に手遅れになってしまうというのに」
対テロ戦──非対称戦は突発的衝突であることが多い。前触れというものが微細で、先手を打つことは極めて難しくなる。ことにフランチャイズ化された指揮系統を有するテロ組織の犯行は通り魔に近い。
ならば、その場にいる兵士が即座に立ち向かわなければならない。軍のお偉方の指示を仰いで時間を消費するのではなく、兵士たちは己の意志と判断で被害の拡大を食い止めなければならない。そして、軍はそのような展開に備えて訓練をしなければならない。
だというのに、ここの衛兵たちは聖バルトロマイの式典の事件を受けても、まるで行動する様子がない。このような軍隊に頼っている精霊帝国というのも、思いの外脆弱な組織であるのかもしれないな。
だが、それでは面白くない。そう簡単にことが進んでは楽しくない。
「何か企んでいますね?」
「ここに来てから俺はずっと何かを企んでいるよ」
アティカが目つきの悪い目で俺を見るのに、俺は肩をすくめた。
実際のところ、地球にいた時もずっと何かを企んでいたものだ。それが俺の国家への忠誠の形であり、商売なのだから仕方ないのだが。
「ところで、噂を聞く当てはあるのですか?」
「人が多い場所だね。そして、人の口が軽くなる場所。つまりは酒場だ」
アルコールというのは厄介な代物で、人を雄弁な演説家に変える。だからこそ、日本情報軍が全情報軍の軍人と軍属に服用を義務付ける体内循環型ナノマシンにはアルコールの無害化という機能が付けられているのだ。
「酒場ですと私のような子供の見た目は白い目で見られますね」
「酒場を兼ねた食堂という手がある。既に前の偵察で何軒が見繕っておいた。有意義な話が聞けるといいのだがね」
俺はそう告げて、その食堂の扉をくぐった。
食堂は思ったより人で溢れているわけではなかった。だが、この時間帯にしてはそれなりの人数だ。時間を適切に合わせるならば、ここには人が大勢いただろう。
「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
「ああ。2名だ。カウンターをいいかな?」
「どうぞ」
ウェイトレスも暇らしく、のんびりとカウンターに案内してくれた。
「ご注文は?」
「キャベツの漬物とエールを」
この街の不味い食い物にもう慣れてきたところだ。腐っていないなら何でもいい。
「私はミルクとマッシュポテトを」
「畏まりました」
この国には芋だけは有り余っているのか、どこに行っても芋は必ずある。
これだけ芋に頼っているとアイルランドの飢饉のようなことが起きそうだ。それはそれで使えるアイディアのひとつではあるのかもしれないが。
「そういえば、聖バルトロマイの式典が中止になったそうだね。何か聞いたかい?」
俺は注文の品が来るのを待つ間、店主にそう尋ねる。
「なんでもナジャフ大司教と招かれた貴族が死んだそうです。噂では誰かに殺されたということですが、それが魔術を使って殺されたんじゃないかと。それか聖バルトロマイに殺された南部人の祟りだとか噂してます」
「魔術で?」
「そうですよ。だって、あれだけ厳重に衛兵が警備してて、貴族の軍隊まで動員されていたのに、魔術以外でどうやって貴族が殺せるっていうんです。貴族を殺せるのは貴族だけ。魔術の使えないあたしら下層民には関係のない話ですよ」
なんともまあ。
アパルトヘイト染みた隔離政策のおかげか、精霊帝国では国民までもが貴族には絶対に逆らえないという考えに凝り固まっているようだ。
だが、それは望ましくない。たとえその血が青かろうと、血を流すならば殺せるのだということを理解させなければならない。
「衛兵たちは我々を調べているようだが」
「下層民に紛れて、反乱貴族が混じっていないか調べているんでしょう。貴族に生まれたのに何が不満で反乱貴族なんぞになるのやら」
反乱貴族、ね。
本当にそういうものが存在するのか、これもただの噂に過ぎないのか。
「けど、衛兵たちが忙しいのはそれだけじゃないみたいですよ。噂によるとですね。なんでも聖バルトロマイの式典の件で精霊公が視察に訪れるそうです」
「精霊公が?」
精霊公。精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトに次ぐ権力を有する貴族。
「そうです。南部属州総督のゲルティ・フォン・マントイフェル様がおいでになるって噂ですよ。やっぱり相当な騒ぎみたいですね、これは」
なかなか面白い話だ。聖バルトロマイの式典の件を精霊帝国は貴族の犯行ではないかと疑っていて、その件で精霊公が動くというのは。
ここでもう少しばかり事件を起こしてやれば、いい具合に火がつくかもしれない。
「まあ、どうせ貴族たちの話でしょうから、あたしらには関係ありませんがね」
店主はそう告げて俺の前にキャベツの漬物とエールを置いた。
「そうかもしれないね。貴族のやることは下層民である俺たちには交わらない」
俺は不味いエールと不味い漬物を喉に流し、そう答える。
「だが、もし貴族たちが聖バルトロマイの式典のことで我々を疑ったらどうする?」
俺はエールを飲み干してそう尋ねた。
「それは……。困りますかね。あたしたちは貴族には逆らえないし。ただ……」
「ただ?」
店主が言葉を濁らせるのに俺が尋ねる。
「下層民にも貴族たちに反乱を起こそうと企てている連中はいるみたいで、そういう連中は行動するかもしれませんね。どうせ貴族に反乱を企てたって成功するはずがないのに。なんとも無駄な話ですよ」
店主の口調を分析するに、店主はあまりその“反乱勢力”を自分が支持しているようには思われたくないようだった。だが、無駄だと語っている言葉は明白な嘘だ。
「ありがとう。興味深い話だった」
俺は幾分か余計に料金を支払うと店を出た。アティカはとっくの昔に食事を終えて、足の届かない椅子で足をぶらぶらさせていたので、彼女とともに店を出る。
「どう思うかね?」
「精霊帝国にちょっとした影響は与えられたようですね。ですが、精霊帝国が崩壊するような打撃になっていないかと思います」
店を出て、俺がアティカに尋ねるのにアティカはそう告げて返した。
確かに精霊帝国を揺さぶるとまではいっていない。あくまでちょっとした混乱の種を撒いただけだ。精霊帝国という国家を揺さぶるにはもっと大きな混乱が必要だ。
「色々と考えてみよう。貴族たちの報復を招くような行為を」
俺はそう告げて僅かに笑った。
思わず笑ってしまった。今の状況は楽しい。自分が混乱を育てていると分かるのは、確かな手ごたえと、胸を躍らせる快感を与えてくれる。
アティカはそんな俺を目つきの悪い目で眺めると、何も言わずに足を進めた。
それから2、3軒の店の店で話を聞いたが、話は似たり寄ったり。
少なくとも民衆は貴族を殺せるとは思っていないし、彼らは貴族に疑われるとも思っていない。貴族は下層民には殺せない存在だと思い込んでいる。
ならば、貴族も死ぬときは死ぬのだと教えてあげよう。
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本日の更新はこれで終了です。
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