第14話「ドレスアップ・3」
オリヅルとパトラは昼過ぎから、会場フロアを警護しながら、早めに集まった来賓へ酒の提供などをするそうだ。
「なんだか、ちょっといやらしい感じがしますね」
バネッサがそう言うと、オリヅルは肩をすくめた。
「これは、クロエ商会が女性採取師を積極的に採用しているアピールの一環だよ、って社長が言ってたぞ」
なるほど。
東北ならではの分業。
そして特化型重視という戦略。
それを、分かりやすく見せつけようという魂胆か。
でも、本当かな。
おじさん向けに受けが良いからやっているだけのような気もしなくもない。
まあ、私はクロエ商会の採取師じゃないので関係ないけど。
二人とは、エレベーターホールで別れた。
しかし、パーティー本番までには、まだ何時間もある。
もう一度寝直すか。
そう思って部屋まで戻ると、二人の女性がドアの前に立っていた。
「お待ちしておりました、バネッサ様」
「あの、どちら様でしょう」
「クロエ商会のアサガオと申します。今回、バネッサ様のサポートに参りました」
「同じく、クロエ商会のユウガオと申します。さ、お部屋に入りましょう」
え。
何ですか、この人たち。
サポートって?
◆ ◆ ◆
「ああああああああああ」
バスタブで、容赦なく身体を洗われる。
そして、謎の液体を塗りつけられる。
「ああああああああ」
髪に何度も奇妙な薬品をこすりつけられる。
徹底的にブラッシングされる。
「ああああああ」
手足の爪を、徹底的にごしごしされる。
粘性のある変な塗料を塗りたくられる。
「ああああ」
入念な下地処理とメイク。並行してヘアメイク。
それが、何回も繰り返される。
「ああ」
何着もある衣装を、何度も着たり脱いだり。
このころになると、囚人の気分だった。
「─」
「まあ、これなら及第点でしょうか、アサガオ」
「そうね。私たち、やれることはやったわ、ユウガオ」
では失礼します、と二人が出て行った後、バネッサはソファーに崩れ落ちた。
これは、クロエ社長に追加で報酬をもらわないとやっていられない。
本気でそう思った。
◆ ◆ ◆
「クロエ社長。アサガオから、バネッサ様の支度が整ったとの報告です」
「結構かかりましたね。でも、ギリギリ間に合って良かった」
「バネッサ様に、こちらへ来るよう連絡を入れますか」
「いや、悪いけど。君、バネッサさんの部屋まで迎えに行ってもらえないかな。……逃げないよう、気を付けて」
「かしこまりました」
「内線で、私が今から連絡します」
会場の控室。
ここは、クロエ商会用の部屋だ。
スタッフのほとんどは会場の方へ行っており、残っているのは、別室の警護担当者と連絡を取り合っている数名だけだった。
「……あ、バネッサさんですか。クロエです。今、そちらに迎えを寄こしましたので、こちらにいらしてください」
「……はい。……はい。………はい。…………はい、なるほど。ごもっともです。追加料金、問題ありませんよ。…………ええ、では、後ほど」
本日のクロエは、少し光沢のある黒い生地のタキシード姿だった。
手袋も、細身の黒いシルクのものを着用している。
電話を切った後、クロエはクスクス笑った。
「あんなに怒らなくてもいいのにな、バネッサさん」
◆ ◆ ◆
複数のメイドたちに囲まれて、クロエ社長の控室前まで連れてこられた。
まるで連行されている気分だ。
だが、先ほどの美容拷問で疲れ果てたバネッサは、黙ってメイドが開いた扉を通り、おずおずと室内へ進んだ。
扉の正面のソファーに、クロエが座っていた。
こちらを見ている。
だが、何のリアクションもない。
まあ、私のドレス姿なんて、どうでもいいんでしょうけどね。
◆ ◆ ◆
ドアが開いた。
メイド風の戦闘服を装備した部下たちが、左右へ退く。
クロエは、驚いた。
ミントグリーンの、古風なスタイルのワンピース。
金色の髪は、穏やかな春の風に揺れる木々のように、やさしく波打っている。
肌は象牙のように白く、眉は美しい弧を描き、唇はマユミの実の色をしていた。
昔、転生前に読んだ絵本の挿絵にあった、森の妖精。
それが、目の前にいた。
しかし。
目だけは、いただけない。
いつものペリドットの瞳は、不機嫌そうな半目でこちらを睨んでいた。
◆ ◆ ◆
クロエ社長は、私をしばらくじろじろ見た後、微笑んだ。
どうせ、かわいいですね、とか言うんでしょう。
「バネッサさん。すばらしく可愛らしいです」
ほらね。
「いつも、そういうお姿でいればいいのに」
「毎日、あのおば様たちに拷問されるくらいなら、山に籠りますよ」
クロエが、腕時計を確認する。
「……さて、そろそろ時間です。バネッサさん、私は先に会場に入ります」
「あ、はい」
「あなたは特別ゲストです。途中でお呼びしますので、その際に会場へお入りください」
いつもより、ピリピリしている感じのクロエ社長。
口角は上がっているのに。
こういうイベントで緊張する人とは思えない。
けど。
「バネッサさん」
クロエは、穏やかな声で言った。
「『いつも通りのあなた』、でお願いしますね」
◆ ◆ ◆
クロエが控室から出て行った。
バネッサの出番までは、まだ少し時間がある。
念のため、化粧室に行く事にする。
鏡の中に、知らない女がいた。
髪を整えられ、薄く化粧をされ、普段なら絶対に着ないような服を着ている。
採取師の仕事着なら、どこに何を入れたかすぐ分かる。
靴底の感触で地面の状態も分かる。
けれど、この服は何も分からない。
どこまで動けるのか。
どこまで走れるのか。
そもそも走っていい服なのか。
「バネッサ、き、きれい」
パトラが後ろに立っていた。
珍しい姿のバネッサを見て目を輝かせている。
「ありがとうございます。でも、今の私は採取力が下がっています」
「さ、採取?」
「この靴で山には入れません。逃げるのも大変そうです」
「こ、ここ、パ、パーティ会場だよ」
「分かっています。分かっているのですが、靴底が信用できないんです」
パトラが困ったように笑った。
バネッサはもう一度鏡を見た。
綺麗にしてもらったことは嬉しい。
けれど、この姿で誰かにありがたがられるのは、やっぱり少し落ち着かない。
今日の私は、ただの付き添い。
そう思うことにした。
ただの付き添いにしては、少しだけ服が派手すぎるけれど。




