第1話「パーティへのご招待・1」
今日のお出汁は、うまくいった。
材料の比率を少しだけ変えてみたところ、お客の反応が良い。
うどん屋の女亭主であるバネッサは、厨房で一人、ニヤニヤしていた。
とある事件をきっかけに、出汁の材料を安く手に入れられるようになった。
夜な夜な研究に明け暮れていた成果が、ようやく出始めたのだ。
カランカラン。
昼営業の終わり間際。
扉の鈴が鳴った。
嫌な予感がした。
「まだ、営業時間内、ですよね」
いつものバリトンの声。
振り向くと、例によってクロエが立っていた。
黒いスーツに、黒い革手袋。全身、黒ずくめである。
その後ろでは、見知った女性――クロエの秘書であるアキラが、ニコニコと笑っていた。
「今度は何の話をしに来たんです?」
「やだなあ。うどんを食べに来たんですよ」
嘘です。絶対に。
「天ぷらうどんを二つ、お願いします」
クロエとアキラが、並んでカウンターに座る。
「……天ぷらを今から揚げますので、少々お時間をいただきますが、よろしいですか」
「はい、もちろんです。バネッサさん」
クロエとアキラは、うんうんと頷きながら、ニコニコ笑っている。
バネッサはため息をつき、店の扉に「支度中」のプレートを下げた。
毎回毎回、昼営業が終わる五分前に、予告もなしに来るのは勘弁してほしい。
今度はどんな面倒事を持ってきたのだろう。
そう思いながら、厨房に戻った。
◆ ◆ ◆
「うん。相変わらず美味しいですね。いや、出汁が少し変わりましたか」
「そうですね、クロエ社長。前より、なんだか味に深みが増してます」
「ありがとうございます。お出汁はうどんの命ですので、日々改造を繰り返しております」
「それは良かった。ハル商会からの素材を、有効活用されているんですね」
……あてつけがましい。
前回の仕事の褒美として、ハル商会からは、ほぼ原価で海産物を譲ってもらえるようになった。
その口利きをしたのが、目の前のクロエである。
確かに、経営難だったこのうどん屋が立ち直ったのは、クロエのお陰だ。
それは間違いない。
だが、どうにも素直に感謝できない。
毎回毎回、こういう芝居がかった登場をしてくる変な性格が原因だろうか。
「ああ、美味しかった。ごちそうさま、バネッサさん」
二人はほぼ同時に、つゆまで飲み干してどんぶりを置いた。
「さて。お腹もいっぱいになったことですし」
クロエは、窓際のテーブルを親指で指した。
「……お話は、いつものあのテーブルでよろしいですかね」
バネッサは、内心でため息をついた。
「もう、わかりましたよ。テーブルに移動してください。……お茶を淹れますので、少々お待ちを」
クロエ社長は、やっぱり嘘つきだ。
うどんを食べに来たんですよ、だなんて。
まあ、最初から信じていなかったですけどね。
◆ ◆ ◆
「……で、今回はどうしたんですか」
「バネッサさん、パーティーはお好きですか?」
「パーティ? どっちの意味の?」
「宴会の方ですよ」
地方によって呼び方は変わるが、採取師のチームをパーティと呼ぶ場合がある。
「……あまり、そっちのパーティには参加したことがないです」
「あまり、ということは、参加したことはあるのですね」
「はあ。商人ギルドの正会員就任のやつとかに、何度か」
「ふんふん。フォーマルな感じのドレスを着たり?」
「……何の話なんですか、これ」
クロエは、にこやかに言った。
「実はバネッサさんを、とあるパーティに招待したいのです」
「……パーティに、私を?」
「はい。表向きには、東北職人協会との提携記念祝賀会です」
「表向きには?」
「内輪で言えば、職人ギルドとの提携ですね。魔道具職人の方々が多く参加されます」
その言葉で、バネッサは少しだけ嫌な予感を強めた。
魔道具職人。
クロエさん。
東北。
この三つが並ぶと、大抵、面倒な話になる。
「それだけ、ですか」
「もちろん、それだけです」
クロエは、穏やかに笑った。
「今のところは」
絶対に、今のところでは済まないやつだ。
バネッサは湯呑みを両手で包みながら、早くも帰りたくなった。
ここは自分の店なのに。




