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第9話 善意の罠


「グルルルルァァァァッ!!」

 生まれたばかりの合成魔獣キメラの剛腕がアキラの頭蓋を砕かんと振り下ろされた。


「シュ、シュナァッ!!」

 アキラは咄嗟に叫び、反射的に目を閉じた。


 ガギィィィンッ!!


 骨が砕ける音ではなく、硬質な金属音が響いた。


「……ッ!」

 アキラが恐る恐る目を開ける。


 そこには、キメラの巨大な爪を、片手一本で受け止めるシュナの背中があった。

 彼女の足元の地面が陥没し、衝撃の凄まじさを物語っている。

 だが、シュナは微動だにしていなかった。


「……よくも」


 地獄の底から響くような低い声。

 シュナの真紅の髪が、風もないのに逆立ち、周囲の空気がビリビリと震え始めた。


「アキラの優しさを……森を救おうとした、その尊い心をトリガーとして利用するとは……」


 シュナの瞳が赤黒く輝き、禍々しいまでの殺気を帯びる。


 バキ、バキバキッ!


 シュナが握り込んだキメラの爪が、粉々に砕け散る。


「万死に値する……! その腐った魂ごと、消滅なさい!」


 ドォォォォォン!!


 シュナの裏拳がキメラの胴体にめりこんだ。

 衝撃波が巨木を揺らし、キメラの巨体は砲弾のように吹き飛び、背後の岩盤に激突した。


「す、すごい……」

 アキラが腰を抜かしかけた時だった。


「ギ、ギギ……ガアアアッ!」


 岩盤にめり込んだキメラが、不気味な再生音と共に這い出てきた。

 砕かれた爪が、植物の如く急速に伸び、凹んだ胸部には周囲の木の根が絡みついて修復していく。


「再生能力……いや、違うわね。周囲の植物から生命力を吸い上げてる」

 シュナが再び構える。


 キメラの背中から無数の触手が伸び、森中の植物とリンクし始めた。


「シュナ!恐らく、そいつはこの森の『マザーツリー』を苗床にしている! 倒すにはこの一帯を焼き払うしかないかも!」

「そんな……! それではアキラが助けようとした森が!」

 アキラの叫び声にシュナの手が止まる。


 その隙を突き、キメラが触手を槍のように変形させ、全方位から襲いかかってきた。

 シュナはアキラを庇いながら防戦一方となる。

 無限再生と物量攻撃。


 ジリ貧だった。


 だが、アキラの目は死んでいなかった。

 彼はシュナに抱きかかえられながら、冷静にキメラの「接合部」を観察していた。


「……動物の筋肉に、植物の維管束を無理やり繋げているのか。術式による強制融合……いや、これは植物学で言うところの『接ぎ木』だ」

 アキラがブツブツと呟く。一つずつ事実を確認するように。


台木マザーツリーの生命力を、穂木キメラが吸い上げている。なら、やることは一つだ」


 その時、アキラの視界に大岩が見えた。


「シュナ!あの大岩の後ろに僕をおろしてくれ。アイデアが閃いた!」

「はいッ!」


 大岩に隠れたアキラはトランクから一本の注射器を取り出し、琥珀色の液体を充填した。


「ベルカ! 出番だ!」

「キュッ!?(僕!?)」


 アキラの首元で震えていたベルカの首根っこを掴み、アキラは早口で指示した。


「あのキメラの右胸、植物と肉の境目が分かるかい? あそこに、この注射器を突き立ててくれ! 中身は全部入れるんだ!」


「キュ、キュウ!(無理無理! あんなの死んじゃう!)」

 ベルカは全力で首を横に振った。


「大丈夫、シュナが道を開ける! 君のスピードなら行ける! ……成功したら、特級の魔蜂蜜クルミを10個あげる!」


「キュッ!!(やったるわい!!)」

 ベルカの目の色が変わった。


「シュナ、3秒でいい!キメラの動きを止めて! ベルカを通す!」

「分かりました!」


 シュナが抑えていた魔力を解放する。


「さぁ、ベルカ、アキラの役に立ってきなさい!!」

 シュナの魔力が爆発的に膨れ上がる。

「はぁぁぁぁッ!!」

 禍々しい光を放つ竜鱗の右の拳から放たれた赤い衝撃波が、轟音とともに襲い来る触手の壁を消し飛ばし、キメラの本体を露出させた。


「今だ、ベルカ!」

「キュイイイイッ!!」


 ベルカが金色の弾丸となって駆け抜ける。

 再生しようと蠢く木片と肉の隙間をすり抜け、キメラの懐へ。

 そして、露出した右胸の継ぎ目に、全体重を乗せて注射器を突き刺した。


 プシュッ!


 琥珀色の液体が全量、キメラの体内へ注入される。

 振り下ろされるキメラの剛腕を搔い潜り、ベルカは必死にシュナの足元へと戻ってきた。


 ――直後。


「ギャ、ア…… ガ、ガアアアアアッ!?」


 キメラの動きが止まった。


 再生しかけた傷口が、ボロボロと崩れ落ち始める。 植物部分が肉体部分を拒絶するように暴れ、肉体部分は植物から剥がれ落ちていく。


「な、何をしたのですか?」

「『拒絶反応促進剤』だよ」


 アキラがにやりと笑いながら、眼鏡を押し上げた。


「簡単に言うと、種類の違う植物を接ぎ木すると相性が悪ければ互いに殺し合う。僕はその『仲違い』を強制的に引き起こす魔草抽出液を流し込んだんだ」


 アキラは冷ややかな目で見下ろした。


「森の守り神と醜悪な魔獣。……水と油が、いつまでも仲良くしていられると思うなよ」


 断末魔を上げながらドロドロと崩壊していくキメラ。

 マザーツリーが異物を排出しようと脈打ち、ついにキメラの核となっていた魔石が吐き出された。


「終わりにしよう、シュナ」

「はいッ!」


 シュナが指先を弾く。

 小さな火球が魔石に当たり、ボンッと焼き尽くされる。


 魔石はどす黒い煙を上げながら塵となって消滅し、森に静寂が戻る。


 それを見届けると、アキラは小走りでマザーツリーへと歩みより、傷口を見て回った。


「さすがマザーツリーだ!まだ枯れ果ててはいない!何とかなりそうだよ」


 彼は少し安心したように微笑み、リュックからいくつかの小瓶を出すと、治療を始めた。


 アキラは真剣なまなざしで、ぶつぶつ呟きながらも、手際よく作業を進める。

 その姿をシュナとベルカは大岩に腰掛けて安堵とともに見つめた。


「キュウ(お仕事するアキラ、かっこいいね)」

「……当然です。私のパートナーなんですから。あ、ベルカにとって、アキラは飼い主様よね」

「ギギギッ」

「いたたたた、や、やめて、ベルカ」


 アキラはシュナとベルカがジャレついてるのを横目で、微笑みながら、治療の仕上げに取り掛かっていた。


 アキラが杖をそっと振ると、マザーツリーの患部が淡くやわらかな光に包まれた。


 黒く焦げた樹皮の奥で、かすかな生命の脈動が戻ってくる。

 やがて傷口の縁から、小さな若芽がそっと顔をのぞかせた。

 空中を舞う光の粒子とともに、残っていた呪いも静かに解けていく。

 その様子にアキラは安堵し、すこし微笑んだ。


「……アキラ、治癒魔法が使えるのですね」

 治療をみていたシュナの問いかけに、アキラは苦笑いを浮かべた。


「人間相手には擦り傷を塞ぐ程度の魔力なんだけど、樹木相手にはちょうどいいみたいでさ。魔力のなさが役に立つとか、皮肉なもんだよね、ハハハ……」


「でも、役に立っている事には変わりないですよ、アキラ。あまり自分を貶めないで」

 シュナは優しく微笑みながらも、すこし不思議に思った。


(確かに現れる魔力は微々たるものなんだけど……何か少し違和感を感じます。なんだろう……?)


 考えに耽るシュナにアキラは近寄った。


「マザーツリーはもう大丈夫だと思う、さすがの生命力だよ」

「よかった。アキラの適切な処置のおかげでもありますね」

「……行こう。こんなことをする使徒たちが許せない。早く追いつかなきゃ」

「そうですね、こんなことが許されて良いわけがありません」

 シュナは アキラの手を取り、立ち上がる。


 目的地へと再び進み始めたシュナは、前を歩くアキラの背中を見つめた。

 そこには学者ではなく、明確な覚悟を持った戦士の力強さがあった。


「キュッ(クルミ10個忘れないでね)」

 ベルカはアキラを揺さぶり、口を開けてアピールしていた。

「うん、分かってる。リュックの底にあるから、あとでね」


 三人は静けさを取り戻した森をまた進んでいった。


 そんな彼らを見つめる不穏な気配が一つ、少し離れた樹上にあった。


「……へぇ」


 樹上から覗く黒マントの女が、口元をゆっくり吊り上げた。


「魔力の匂いがしない半端者に、竜族の女。それに、大リスまでつるんでる」

「変な組み合わせだと思って見てたけど……思ったより面白いじゃない」


 彼女は、崩れたキメラの残骸を見下ろして、わずかに目を細める。


「せっかく育てた『あたしの子』、壊してくれたんだもの」

「次は、もっと愉快に泣かせてあげる」


 そう囁くと、黒マントの女は霧のように森の闇へ溶けた。


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