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第5話 欺瞞の樹上都市シルヴィア



「……賢者の遺跡には、『導きの針』が眠っていると言われているらしい」


 パチパチと爆ぜる焚き火の前で、アキラはスープを混ぜながら静かに語った。


「導きの針?」

 食事の準備をしていたシュナがアキラに向く。


「うん。名前からして、恐らくは何か特別なものを示す羅針盤みたいなものじゃないかな」


「十個のアーティファクト……、それらを揃えるだけで本当に不老不死に?」

 シュナの怪訝そうな横顔が焚火に照らされていた。


 香り立つスープの湯気を目一杯に吸い込んだアキラは満足そうに少し微笑んだ。


「――いや、僕はそれだけで不老不死になるとは思えないな。全て揃えることで判明する『その先の何か』が必要なんじゃないかと思ってるよ」


 アキラは出来上がったスープを椀によそい、シュナに手渡す。


「残り七つのアーティファクトの入手……、情報は少ないけど、一つでも奪取できれば彼らの思惑は阻止できるし、彼らに自然を荒らされることも防げる。……やるしかないね」


 アキラの瞳は穏やかに見えて、その内には固い決意があることにシュナは気付いた。


「まずは、この先に眠る『導きの針』ですね。頑張りましょう」


 そう言うと、シュナはスープを一口、口に含むと「おいしい」と微笑んだ。



 ◇◇◇



 ――翌日。

 アキラは地図を広げ、現在地を指さした。


「ガーディアンのおかげで魔物の遭遇もかなり少なかったから、ここまで順調だ。地図が正しければ、あと数キロで『樹上都市シルヴィア』が見えてくるはずだよ」


「久しぶりにベッドで眠れますね。……ふふ、楽しみです」

 シュナはアキラの肩に頭を預け、嬉しそうに微笑んだ。


 しばらく歩くと、鬱蒼としていた森が開拓され、切り開かれた場所が見えてきた。


 アキラたちが足を踏み入れたのは、無数の巨木同士を吊り橋で繋いだ空中都市だった。

 大樹海の中心にあるシルヴィアは東西南北を繋ぐ交易の拠点として、多くの魔法使いやエルフが店を並べ賑わっている。


 アキラは逸る気持ちを抑えられないまま、都市に繋がる階段を駆け上がっていく。遥か頭上を覆う枝葉から木漏れ日が降り注ぎ、風が抜けるたびに木の葉が歌うようにざわめいていた。

 魔力を纏う無数の巨木の隙間を埋めるように建物が、魔力で紡がれたワイヤーで宙に浮き、縦横無尽に繋がる空中回廊が街を作り上げていた。


「す、すごいな……この大樹、推定樹齢3000年以上は超えているよ! 見てくれシュナ、この幹に寄生している苔の発光具合を!」


「はいはい、アキラ。落ちないでくださいね」


「文献や噂以上に素晴らしいよ、ここは!何でもっと早くに来なかったんだろう!」


 はしゃぐアキラの手を引きながら、二人は街の中心部にある宿屋へと向かった。


 だが、すれ違う住人たちの視線は冷ややかだった。


「おい見ろ、アイツ、妙な気配がするぞ」

「アイツ、魔導族か?エルフなのか?妙な気配がするな……」

「魔導族の気配はない、ただの人間なんじゃないか?」


 耳の長いエルフたちがアキラを見ては顔をしかめ、ヒソヒソと囁き合っている。

 アキラは気づかないフリをして歩を進めたが、到着した宿のカウンターでその流れは決定的なものとなった。


「……おいおい、お前、ちょっと待て」


 宿帳にサインしようとしたアキラのペンが、横から伸びてきた白い手によって弾き飛ばされた。


 立っていたのは、豪奢な緑の衣を纏った純血のエルフの男だった。

 彼はまるで汚物を見るような目でアキラを見下ろした。


「お前、『穢れ』だな? 中途半端な臭いがするぞ」


 男の言葉にアキラの眉尻が一瞬だけ反応した。


「ここは高貴なる純血エルフが築いた都市。お前の様な、穢れた血がまたいで良い敷居ではないぞ」


 宿のロビーが静まり返る。


 周囲のエルフたちも嘲笑の混じった冷たい視線を送っている。


 だが、アキラは怒ることも言い返すこともしなかった。

 眉尻を下げ、貼り付けたような愛想笑いを浮かべる。


「……あぁ、すみません。すぐに手続きを済ませて部屋に下がりますのでご容赦下さい。不快にさせて、すいません……」


 アキラはエルフと目線を合わせないまま、作り笑いをしながら謝罪していた。


「フン、卑しい血は態度まで卑屈か。これだから――」

 エルフがさらに言葉を続けようとした、その時だった。


 ドンッ!!


 目にも止まらぬ速さで、エルフの身体が宙に浮いた。

 シュナが片手で彼の胸ぐらを掴み上げ、壁に叩きつけていた。


「……聞き捨てなりませんね。その口、二度と利けなくしてあげましょうか?」


「が、ぁ……っ!?」


 シュナの全身から、隠しきれない真紅の殺気が噴き出し、ロビーの観葉植物が一瞬で枯れ果てる。


 エルフの顔が恐怖に歪む。

 その本能が、目の前の美女の正体を理解してしまったからだ。


 圧倒的な捕食者の気配。人の皮を被った、天災そのもの。


「こ、この気配、竜族……!? な、なぜ……最強の竜族が、こんな穢れた混血風情と一緒に……!?」


「まだ言いますか?穢れているのはあなた方の眼球と、その腐った性根の方ですよ」


 シュナの手からチリチリと熱気が伝わり、エルフの服が焦げ始めた。


「シュナ、手を放して」

 アキラがシュナの腕を掴んだ。


「……ダメです、アキラ。この下等生物は、万死に値する侮辱を……!」


 シュナの指がさらに食い込み、エルフの喉から掠れた悲鳴が漏れる。

 その瞳は竜の縦孔へと細まり、今にも熱が弾けそうだった。


「いいんだ、シュナ」

 アキラは彼女の腕にしがみつくようにして、もう一度言った。


「こんなことで、君の手を汚さなくていい。頼むから、解放してあげて」


 数秒。

 それはロビーの誰もが息を止めるほど長く、重かった。


 アキラの必死な懇願にシュナはギリッと奥歯を噛み締め、エルフをゴミのように床へ放り投げた。


「……失せなさい。次、私の主を侮辱すれば、この街ごと灰にします」


 エルフは腰を抜かしながら這いずり、悲鳴を上げながら逃げ出した。

 ロビーには、重苦しい沈黙だけが残された。


 ◇◇◇


 通された部屋に入ると、シュナはずっと俯いたままだった。

 アキラが荷物を置くと、彼女は震える声で切り出した。


「……なぜ、言い返さないの!」


 シュナが顔を上げる。

 その瞳には、悔し涙が溜まっていた。


「あなたは私のマスター、いや、パートナーなのよ!? 誰よりも賢く、誰よりも優しい……あんな下種共に、頭を下げる必要なんてないのに!」


「……慣れてるんだよ」

 アキラは苦笑しながら、窓の外の美しい街並みを見つめた。


「人間からは『魔力のない出来損ない』と笑われ、エルフからは『血を汚す穢れ』と疎まれる。それが僕の日常だ」


「アキラ……」


 その言葉にシュナはその先の言葉を失った。


「それにほら、ここで騒ぎを起こしたら、せっかくの宿に泊まれなくなるし、街全体を敵に回すと情報収集ができなくなるだろ?」


 そう言うと、アキラは少し間をおいて続けた。


「……でも、今日は少しだけスッとしたよ」

 アキラはシュナに向き直り、笑った。


「君が僕のために、あんなに怒ってくれたから。……ありがとう、シュナ」


 その笑顔を見て、シュナは胸が締め付けられるようだった。

 この人は、どれだけの理不尽をこの笑顔で飲み込んできたのだろう。

 シュナは何も言えず、ただアキラの胸に飛び込んだ。


「……バカ……怒るに決まってるじゃない」


 アキラは驚いたが、やがて優しく彼女の背中を撫でた。


 樹上都市の夜は更けていく。

 だが、この街の美しさは二人には少しだけ冷たく見えた。

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