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第17話 トネリコでの一日


 ――トネリコの朝

 木々を揺らす風の音と柔らかな日差し。

 どこかで薪を割る乾いた音が響いていた。

 村の人々は早くから村の復興に務めていた。


「一晩でかなり良くなったね。あと二、三日もあれば完治かな」


 アキラは、ユラの腕に貼った薬草湿布の端をそっと押さえた。

 薄青い薬液を含んだ布が、熱を持っていた皮膚に静かに馴染んでいく。

 ユラはまだ少し顔色が悪かったが、昨夜よりはずっとしっかりした目をしていた。


「……もうあんまり痛くないです」

「それはよかった。最初の処置が早かったのもあるけど、ユラと青祓草の相性が良いのかもね」

 アキラは小さく笑う。


「とはいえ、ちゃんと休むこと。傷跡残したくないだろ?」

 アキラはユラに軽く釘を差しながら、予備の湿布と薬瓶を彼女の母へ手渡す。


「本当に……本当にありがとうございます」

 母親は何度も頭を下げ、目尻を赤くした。

「いえ。こっちこそ、ユラには助けてもらいましたから」


 ユラは少しだけ照れたように視線を逸らした。

 だが、その枕元には、きっちりと弓が置かれている。

 それは完全なアピールのようにも見えた。


「念押しに言っておくけど、絶対に無茶はしないようにね」

 アキラが言うと、ユラは頬をふくらませた。

「みんな、そう言う……」

「そりゃ言うさ」

「キュッ(いう)」


 肩の上からベルカまで頷いた。

 ユラが思わず吹き出す。


「……ベルカも言うんだ」

「キュウ(いう)」

「……いじわる」

「キュッ!(おだいじに!)」


 そんなやり取りを残して、アキラたちは家をあとにした。


 昨日、戦場となった村の広場にはシュナが居た。

 アキラは彼女の傍らに立った。


 戦いの爪痕はあちらこちらに生々しく残る。


 それでも、人々の表情には、昨夜とは違う確かな安堵があった。

 神樹の根元には、まだ黒く焼け焦げた跡が残っている。

 だが、その裂け目の脇からは、小さな若芽がいくつも顔を出していた。


「……持ち直してる」

 アキラはしゃがみ込み、若芽の脈動にそっと触れた。


「思ったより回復が早いな。集落の土がいいんだ。根の呼吸がしっかりしてる」

「本当によかったですね」

 シュナが胸を撫で下ろす。

「私、あの時はどうなることかと……」

「僕もだよ」

 アキラは苦笑し、それから顔を上げた。


 少し離れた場所には、昨夜の戦闘で倒れた三体のキメラの残骸が、まだ横たわっていた。

 獣型の黒い甲殻、花茸型の腐った繊維束、飛翔型の破れた羽膜。


「改めて見るとどれも気味が悪いですね」

 シュナが目を細める。

 アキラはしばらく無言で眺めていたが、ポツリと呟いた。

「……でも、捨てるには惜しいかもな」

 アキラはキメラに近づいて行った。

「え?」

 シュナが怪訝そうにアキラの顔を見やった。


 アキラは獣型の胸骨の欠片を拾い上げる。

 黒く硬いそれは、見た目こそ不気味だが、軽く叩くと金属に似た澄んだ音を返した。

「この甲殻、軽いのに衝撃分散が異常に優れてる」

 次に、花茸型の裂けた組織から乾ききっていない繊維を摘む。

「……こっちは魔力導管に近い性質だ。呪いの流れを通す代わりに、逆流も遮断できるかもしれない」

 最後に、飛翔型の羽膜の付け根に残った細い骨格を見つめる。

「この関節……可動補助に転用できるな」

 アキラはキメラの残骸から回収したパーツを地面に並べ、その前で腰を下して見定めていた。


「……イケるかもしれないな」

「キュッ?」

 ベルカが首を傾げる。

「イケる?」

 シュナが聞き返す。


 アキラは背中越しに静かに呟いた。


「……僕って正直、弱いじゃない?いつも二人に助けられてばっかりだ。戦略立てたり、魔草兵器を調合したりは出来ても、大事な場面は二人に頼りっきりだよね」

「弱いなんて、そんな……」

「森の魔獣だけじゃない、バルトロマイみたいな使徒たちとの戦いが今後増えることを考えたら、いつまでも『守られてるだけの存在』ではダメなんだ」


 アキラは拳を軽く握った。

「戦士にはなれない。でも、足手まといにならない戦える学者ではあるべきだと思うんだ」

 アキラは獣型の甲殻を軽く持ち上げる。

「これを骨格にして、花茸型の繊維で魔力の流れを制御して、飛翔型の関節構造を噛ませれば……少なくとも一撃を通すための補助具くらいは作れるかもしれないなってね」


 シュナが目を丸くする。

「アキラが前に出る、ということですか」

「足手まといにならない為のね」

 アキラは振り返り、苦笑した。

「前から感じてはいたんだけどね。……昨日の戦闘で痛烈に感じたんだ」


「アキラは司令官なんですから、安全なところで指示を出すだけでも……」

「この先、もっと戦闘は激化すると思う。そうも言ってられないさ」

 シュナの一言に、アキラは肩をすくめる。


「すぐには無理だよ。設計も必要だし、加工するための道具も要る」

「でも、素材があるなら試す価値はある。せっかく倒した相手だしね。無駄にはしたくない」


 その横顔を見ながら、シュナは小さく微笑んだ。

「やっぱり貴方は、敵にすら意味を見つける人なのですね」

「どうかな、自分では分からないけど……」

 アキラは回収したアイテムを布へ包みながら言った。

「壊すだけで終わるのが、あまり好きじゃないからね」


「アキラ様、神樹様のご様子はどうでしょうか」

 アキラたちの元に長老サヤが数人の村人とともに現れた。


「まだ目は離せませんが、根はしっかりしています。しばらく毎日処置すれば大丈夫そうです」

「そうですか……それは安心しました」

 サヤは静かに息を吐いた。

 その目が、アキラの抱えた包みに向く。


「それは?」

「キメラの残骸から使えそうな部材を少し」

「ふむ。気味の悪いものを拾いますな」

「否定はできません」

 アキラが困ったように笑う。


 すると、その足元でベルカが「キュキュッ」と何かを訴え始めた。

「どうした?」

「キュウ、キュキュッ、キュッ!」

 ベルカは前脚をぶんぶん振りながら、サヤとアキラを交互に見る。

 だが当然、アキラには細かい意味まで分からない。


「ええと……たぶん、元気?」

「キュッ!!(ちがう!!)」

 ベルカが耳をぺたんと伏せ、尻尾を床に叩きつける。

 シュナが吹き出した。


「たぶん今のは、『違う、もっとちゃんと分かってほしい』と言っています」

「……そうか」


 アキラは少し考え込んだ。

 ベルカは賢い。

 索敵も、機転も、戦場判断もかなり鋭い。

 それなのに、細かな意図が伝わらないことで、何度も歯がゆい思いをしてきた。


「ベルカ」

「キュ?」

「君、人語を喋れたらいいと思ってる?」

「キュウッ!!」

 ベルカは全力で頷いた。


 サヤが、そのやり取りを見て怪訝そうな顔をした。

「ベルカ、声生の魔石はどうしたのです?」

「キュ!(ギクッ)」

「声生の魔石?」

 アキラがベルカの顔を見ると、彼女は気まずそうな顔をしていた。


「アキラ様、大リス族が森のコックと呼ばれているのはご存じか?」

「えぇ、旅人たちにとても評判がいいとか」

「料理の味もさることながら、彼らはちゃんとコミュニケーションが取れるからこそ、森のコックを務めることが出来ます。その源泉となるのが、彼ら大リス族が体内に取り入れている魔石――それこそが声生の魔石なんです」


「すごい、そんなものがあるとは!」


 そう言ったものの、アキラは不思議に思った。


「……じゃ、なんでベルカは人語話せないんだろ?」

 みんなの視線が一斉にベルカに向けられた。


 冷や汗をダラダラと垂らすベルカ。

「キュキュキュウ……」


 シュナ、そして、集落の魔獣語が分かる村人たちの顔色が一斉に変わる。

 シュナにいたっては、眉間を抑えて溜息を吐いた。


「え?え?なんて?シュナ、翻訳して」

 アキラは言葉が分からず、キョロキョロとしていた。


「……『シルヴィアでのお宝泥棒騒ぎの時に吐き出した財宝と一緒に魔石も吐いちゃって、警備兵のエルフに持っていかれちゃった』と」


「キュキュウ~(シュナとは喋れるけど、アキラとは喋れないのなんでかな~?とは思ってたんだけど、魔石無くしたのに気づいたの、シルヴィアを出てから数日経ってたから言い出せなくて……ごめん)」


 シュナの翻訳を聞いて、アキラは少し考えたのち、切り出した。

「失敗を悔やんでも仕方ないよ。一度、シルヴィアまで戻るしかないか……」


「しかし、それではバルトロマイとの距離が――」

 シュナの返答にアキラは笑って答えた。


「でも、ベルカとの連携にコミュニケーション能力は必要だよ。意味のある後退だと思うよ」

「キュウ~(本当にごめん)」

 ベルカは肩落とした。


 しかし、そこにサヤが割って入った。

「いや、アキラ様。わざわざ戻る必要はありませんよ」


「え?どうしてですか?」

「昨夜渡した地図にも記されておりますが、この先の『霧樹の村』のさらに先の森に、賢者クシャナという魔術師がおります。彼女に会えれば、魔石は手に入るでしょう」


 ベルカは耳をぴんと立てた。

「キュッ!?(ホントに!?)」

「それまでの間は――」

 サヤは小さく笑い、近くの子どもに何かを持ってこさせた。


 運ばれてきたのは、薄い木の札だった。

 表面には森の文字のようなものが刻まれ、中央には小さな緑の石がはめ込まれている。

「これは?」

「訳し葉の札です」

 サヤが答える。

「話したい意志と、聞き取りたい意志を一時的に結びます。最初は単語しか出ませんが、慣れれば文になります」

 ベルカはその札を見て、少しだけ身を引いた。


「キュウ……」

「怖い?」

 アキラの問いにベルカは答えた。


「キュ……」

「『変な味しそう』って言ってる」

 シュナが呆れたように言う。


「食べちゃダメだよ」

 アキラが苦笑する。


 サヤは札をベルカの額に軽く当て、低く呪文を唱えた。

 札の緑石が淡く光る。

「さあ、ベルカ。ひとつ、言ってみなさい」

 ベルカは緊張したように、何度か口を開いたり閉じたりした。


 そして、

『……く、るみ』

 と、たどたどしい声が漏れた。


 アキラとシュナが同時に固まる。


「喋ったね」

 アキラが目を丸くする。

「くるみ、って言いました」

 シュナも少しだけ感動した。


『キュッ! くるみ!』

 ベルカはぱっと目を輝かせた。


 サヤが肩を震わせる。

「ふふ、まずは本能に忠実な言葉から出るようですな」


「そこなんだ……」

 アキラは額を押さえたが、口元はどうしても緩んでしまう。

「ベルカ、もう一回」


『……あ、きら』

 今度は、少しだけ、はっきりした声だった。

 アキラの表情がやわらぐ。

「うん」


『……しゅな』

「はい」

 シュナも思わず笑ってしまう。


 ベルカはしばらく自分の声に驚いていたが、やがて満面の得意顔になった。


『くるみ、もっと』


「二語目がそれなんだ」

『だいじ』

「語彙の優先順位がはっきりしてるわね、この子」

 シュナはちょっと呆れていた。


 場が少しだけ和んだ。


 サヤは札をベルカに渡した。

「今は札の補助つきです。魔石を手に入れるまでは単語メインとは言え、これでアキラ様たちと簡単な会話なら出来るでしょう」

「ありがとうございます、長老様」

「この子、思ったより器用ですな。札を使っても、ふつうは、こんなすぐには言葉はでない。よほど、アキラ様たちと話したいという意志が強いのでしょうな」


 ベルカは胸を張った。

『ぼく、すごい』

「うん、すごい」

 アキラが素直に頷くと、ベルカはさらに尻尾をふくらませた。


「よし、次の目的地は決まったね。バルトロマイを追いながら、魔石も手に入れる。完璧だ!」

『よかった。ありがと』

「元はと言えば、あの泥棒騒ぎが発端ですからね。反省しなさい、ベルカ」

 シュナの言葉に、集まっていた人々は笑いあった。



 ――夕方。

 アキラは回収した素材を小屋の机に並べていた。


 獣型の甲殻片。

 花茸型の導管繊維。

 飛翔型の関節骨。


 それぞれに紙片で印をつけ、簡単な見立てを書き込んでいく。

「甲殻は前腕部の外装……」

「導管繊維は魔力流路の代替……」

「飛翔骨格は可動補助……」

「僕の魔力の無さは魔晶石をエネルギー源とすれば……」

 机に向かったまま、ぶつぶつ言っているアキラの横でシュナは湯を注ぎながら微笑んだ。


「もう作り始めているのですね」

「まだ図面にもなってないよ」

 アキラは苦笑する。

「でも、こういうのは熱があるうちに考えた方がいいから」


「守るための装具にするんですか?」

「いや、攻守ともに対応出来るものにしたいんだ」

 アキラは自分の手を見つめた。


「今の僕には前衛は出来ないけど、場面によっては僕が前に出る意外性が必要な場面もあると思うんだ」

 シュナはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。


「昨日より少しだけ……怖くなくなりました」

「え?」

「貴方が前に出ることを、です」

 シュナはコップをアキラの前に置く。


「もちろん、本音を言えば危ないことはして欲しくありません」

「けれど、以前と違って、戦うことへの強い意思が今のアキラにはある。……それは立派だと思うし、尊重したいと思っています」

 アキラは少し照れたように視線を落とした。


「ありがとう。でも、まだ全然だよ。まずは一発殴れるようになればいいな、くらいだし。その勇気が本当に僕にあるか、その場になってみないとね」

「その一発が、戦況を変えるかもしれませんね」

「……そうだといいね」


 外では、集落の子どもたちがベルカを囲んでいた。


「しゃべって! もう一回しゃべって!」

『くるみ』

「またそれ!」

『きみ、なまえ』

「えっ、ぼく!?」

『ちがう、そっちのおまえ』

「わーっ、しゃべったー!」


 言葉の精度はまだひどい。

 でも、ベルカは確かに前より世界へ一歩踏み出している。

 アキラはその様子を見て、ふっと笑った。

「……悪くない滞在だね」

「はい」

 シュナも窓の外を見た。


「次の旅の前に、必要なものが少しずつ揃っていく感じがします」

 机の上には、キメラ由来の素材。

 外には、言葉を喋り始めたベルカ。

 アキラは樹皮地図を開いた。


 東の裂け谷。

 霧樹の村。

 その先にいるという賢者クシャナ。


「……困難は多いけど、順調だね」

「ぼく、いく」

 窓のところでベルカがたどたどしく言う。


『ちゃんと、しゃべる。だいじ』

「そうだね、意思疎通できて嬉しいよ」

「やっとですよ、まったく」

『かわいさ、ばいぞう』


 その言葉に、アキラとシュナは顔を見合わせた。

 そして、二人とも少しだけ優しい顔で笑った。

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