0082 突入ですわー!
──迷宮都市ダンジョン 中層(sideアーシュラ)──
リゼラと美乃梨が譲れない想いをぶつけ合っている頃────。
「なあ、本当にこっちで合ってるのかよ」
「大丈夫ですわ! わたくしが道を間違えたことがございまして?」
運よくアリアと合流したアーシュラは、どことも知れぬ道を進んでいた。
一応、アリアの言い分ではリゼラのもとへ向かっているらしい。
一番迷子になりそうな冥の大精霊を先頭にしているのは、常に視界内に入れておかないと勝手にどこかへ行ってしまいそうで不安だったからだ。
「もう五回くらい間違えてんぞ」
「おかげでお宝だって見つけたじゃありませんの。わたくしの歩いた道こそが王道! それ以外はすべて不正解ですわ!」
「わんわんっ!」
「ほら、ポティーもそうだと言ってましてよ!」
「わんっ!」
「……もう突っ込まねぇぞ」
事実、すべての行き止まりには宝箱があったし、稼ぎだけで言えばすでに金等級パーティーの平均月収以上は稼いでいる。
一つだけミミックも混ざっていたが、アリアが撫でてやると尻尾を振って懐いてしまい、当然のようについてきた。
アリアはポティーと名付けて可愛がっているが、どこからどう見てもすね毛の濃いおっさんの生足とモフモフの尻尾が生えた宝箱の化物である。
アーシュラはすでにツッコミ疲れていた。
「あら、少し先に魔物が。ポティー! 遊んでいらっしゃい!」
「わんわんっ!」
通路の先に魔物の気配を察知し、アリアがゴーサインを出せば、ポティーがてけてけと気色悪い動きで駆けてゆく。
すぐに暗闇の向こうでバリバリと骨が砕ける音と魔物の断末魔が響き、ポティーと一緒に新たにもう一匹、足の生えた水洗便座が尻尾を振って戻ってきた。
迷宮都市ダンジョンにのみ出現する珍種、トイレミミックである。
一説によれば、空の宝箱を便器代わりに使用する冒険者があまりにも多かったために、あるときからトイレに化けるミミックが現れ始めたという話だが、真偽のほどは定かではない。
「あらー、お友達を連れてきましたのね。よかったですわねー」
「ばうっ!」
「わんっ!」
「ツッコまねぇからな!」
もうやりたい放題だった。
冥の大精霊に進化してからというもの、なんというか行動力のタガが外れてしまった感がある。
それでいて中身は天真爛漫な童女のままなのだから手に負えない。
改めて仲間のお転婆ぶりを思い知らされ、アーシュラが疲れた溜息を落とすと、アリアが何かに気付いたようにはたと顔を上げた。
「────っ! よからぬ気配を感じますわ!」
「あ? んだよ急に。魔物か?」
「いいえ。もっと邪悪で禍々しい……。こっちですわ! おいでポティー! おまる!」
「わんわんっ!」
「ばうっ!」
「なんでよからぬ気配の方へ進むんだよ!?」
「なんとなく、そうしなければいけない気がしますの!」
「意味分かんねぇよ!? こら! 勝手に行くんじゃねぇ!」
口ではあれこれ言いつつも、なんだかんだ面倒見のいいアーシュラである。
やんややんやと騒ぎつつ、二人と二匹が駆けてゆくと、またも行き止まりにたどり着いた。
「行き止まりじゃねぇか」
「いいえ、ここで合ってますわ」
アリアが壁の前に立ち、右手を前に突き出す。
するとアリアの右腕が無数のキューブに分解され、機械の巨腕へと組み変わった。
「そぉい!」
アリアが魔神の右腕を豪快に振り抜けば、ダンジョンの壁がまるでクッキーのように砕け、大穴が開いた。
ダンジョンの壁は破壊できない。
そんな常識さえもぶち抜いてみせたお転婆大精霊の背中を見やり、アーシュラは口をあんぐり開けたまま固まってしまう。
正確に言えばダンジョンの壁は途轍もない強度を誇り、なおかつ僅かにでも目を逸らせばその瞬間に再生してしまうため破壊が非常に困難というだけで、絶対に破壊不能というわけではないのだが、それはさておき。
ぶち抜かれた壁の向こうには、奥へと続く通路があった。
天井には等間隔に魔導灯が設置されており、その光を合成材の床が無機質に照り返している。
どことなく、病院の廊下を思わせる作りだとアーシュラは感じた。
いったい誰が、何のために。
作りからして今までと明らかに毛色が違う。
警戒を強めたアーシュラを他所に、アリアはズカズカと大股で瓦礫を踏み越えて穴の奥へと突き進んでいく。
「お邪魔いたしますわー!」
「わんっ!」
「ばうっ!」
「しーっ!? デケェ声出すなよ!」
喧しくも堂々と不法侵入を果たした二人と二匹は、そのまま魔導灯に照らされた廊下を進んでいく。
すると騒ぎを聞きつけて、前方から複数人の足音がバタバタと近づいてくる。
「ほら見ろ! 誰か来たぞ!」
「はい、どろりんぱっ!」
アリアが星空のドレスの裾を翻して、くるりと一回転。
すると二人と二匹の頭上にキラキラが降り注ぎ、彼女たちの姿が透明になった。
そのまま壁に張り付いて二人と二匹が息を潜めていると、武装した厳つい男たちが目の前をバタバタ通り過ぎていき────廊下の角を曲がって姿を消した。
「…………お前、ホントなんでもありだな」
「死は姿なく忍び寄るものですもの」
アーシュラが呆れ交じりな視線を虚空に向けると、アリアも見当違いな方向へウインクで返す。
透明になっているため二人ともお互いの姿が見えていなかった。
「さっきの奴ら、どう見てもカタギって感じじゃあなかったな」
「調べれば分かることですわ。楽しいガサ入れタイムですわよ!」
「わんっ!」
「ばうっ!」
「おい見ろ! 壁に穴が開いてやがるぞ!」
「ダンジョン側からブチ抜いたのか!?」
「まさか!? どんな馬鹿力だよ!?」
「おい、あっちから声がしたぞ!」
「見つけてぶっ殺せ!」
「逃げるぞ!」
「逃げますわ!」
「「あおーん!」」
男たちの怒声を聞き、それぞれ別々の方向へ逃げ出す二人と二匹。
謎の地下施設への侵入から僅か一分。早くも迷子になってしまったアリアの暴走を止める者は誰もいない。
解き放たれてしまったおてんば大精霊。
まだそれに気付いていないアーシュラ。
そしてミミックのポティーとおまる。
彼女たちの明日はどっちだ!?
◇
──迷宮都市ダンジョン深層 ゼロスの隠れ家(sideゼロス)──
アリアたちが謎の施設で迷子になっている頃────。
「ああああああ! ちっくしょう痒いのう!」
手狭な部屋に、老人の悶え声が木霊する。
ここはダンジョン深層。壁の裏側をくり抜いて作られたゼロスの隠れ家だ。
この隠れ家に物理的な出入り口は存在せず、転移門を使わなければ入れないようになっている。
部屋は足の踏み場も無いほど散らかっており、ガラクタの山に埋もれていないのは壁際に置かれた薬品棚と調薬台。あとは椅子に腰かけたゼロス本人という有り様である。
「くそっ、これ一つ作るのにどれだけかかると思っておるのだ! んがぁーっ! 痒い!」
エリアルへの恨み言を吐きながら、ゼロスは壊れた魔導具を床に放り投げる。
ナイフの柄にスイッチが付いたような見た目のそれは、どこでも自由に転移門を開けるという画期的な魔導具だった。
おかげで命を拾ったゼロスだったが、逃げるのが僅かに遅れたせいで【天罰】の光に右膝から下を焼かれ、片足を失ってしまった。
現在、彼がバケツに片足を突っ込んで再生治療の痒みに悶えているのも、そのためである。
バケツを満たしている薄赤いゼリーはゼロスが発明したもので、ゼリーそのものが万能細胞のような役割を果たし、傷口を浸しておくだけで欠損部へと変化する優れものだ。
通常の回復薬よりも肉体への負担が少なく済むメリットがあるが、その分再生まで時間がかかり、猛烈な痒みを伴うデメリットもある。
そのため思うように売れず、この隠れ家に不良在庫として大量に保管されていたのだが、それはさておき。
「まさかこの街でいきなり【天罰】を使うとは、なかなか思想が強いと見える。あの潔癖おっぱいめ」
玄関先に現れた天使の顔を思い出しつつ、ゼロスはイライラと歯ぎしりする。
「一度も万引きせずに育ったスラム出身者がどれほどいるというのだ」
ゼロスが憤るワケは、結局その一言につきた。
【天罰】は聖神教の価値観に基づき、効果範囲内にいる人々を善と悪に振り分け、悪と判定された者を有無を言わさず滅ぼしてしまう。
その判定に使われるのは神への信仰心と、過去に犯した罪の数だ。
聖典には人が犯してはならない禁忌が明確に記されている。
殺人、強姦、窃盗、欺瞞、暴行。この五つだ。
聖典では、聖なる神を信仰し心から己の罪を悔い改めて生きれば、過去に禁忌を犯していても死後にその魂は楽園へ導かれるということになっているが……。
「あんな乱暴なスキルを迷宮都市で使えばどうなるかなど、火を見るよりも明らかだろうに」
迷宮都市はその名の通り、地下の迷宮型ダンジョンを中心に発展した町だ。
職業分布の割合も冒険者が圧倒的に多く、その数は都市人口の約四割にも上る。
冒険者という仕事は、ギルドで登録しさえすれば誰でもなれてしまう。
危険な場所から素材を持ち帰るという性質上、他の職業と比較しても死亡率がどうしても高くなるため、間口を広くしておかねば人手不足になってしまうからだ。
余程の重罪人は登録の際に弾かれるが、貧困層救済の側面もあるため登録時の審査は他の職業と比べてもかなり緩くなっている。
そのため、冒険者には後ろ暗い経歴を持つ者や、脛に傷がある者も多い。
【天罰】の判定では、まず先に聖なる神への信仰心が見られる。
次に対象者が現在までに犯した禁忌の数をカウントし、信仰心を持たず、かつ、カウントが一以上の者は悪へと振り分けられる。
おそらく地上は今頃、地獄の鍋底を突いたような大騒ぎだろう。
その様子を想像するだけでも胸が重くなる。
「……やはり我こそは正義などと声高に謳う輩にロクな奴はおらんな」
苦い過去を思い出し、ゼロスの顔に影が落ちる。
人類の救済を謳っているにも関わらず、自分たちに迎合しない者は悪と断じ切り捨てる。
そういう聖神教の在り方がゼロスは昔から嫌いだった。
「……ふんっ、ようやく治ったか」
再生した足の指をにぎにぎと動かして調子を確認し、ゼロスは「よっこいしょ」と重い腰を上げる。
『ミノリサンヲ、探シニ、行カレルノデスカ』
散らかっていた部屋をせかせかと片付けていたサボットが顔を上げる。
「あの子には悪いことをしてしまった……」
美乃梨があんな身体にされてしまったのは、すべては六〇〇年前の不始末が招いたこと。
己の不甲斐なさを悔やみつつ、ゼロスは首から下げていたロケットを開く。
そこに納められているのは一枚の絵。
幼い子どもが描いたような不格好な絵だが、ゼロスにとっては何にも代えがたい宝物だ。
『彼女ハ、レティア、デハ、アリマセン』
「……分かっておる」
『イイエ、博士ハ、ミノリサンニ、娘ノ面影ヲ重ネテ、自分ヲ慰メヨウトシテイルダケデス』
「ええい黙れッ!!!!」
容赦のない指摘にゼロスは声を荒げ、懐から取り出したリボルバーの銃口をサボットの眉間に突き付ける。
だが、己を見つめ返す無機質な眼差しに虚しさを覚え、ゼロスはゆっくりと銃口を下ろして項垂れた。
「……分かっておるのだ」
初めて美乃梨の素顔を見た瞬間、ゼロスは愕然とした。
罪滅ぼしのつもりで助けた魔人の素顔が、幼くして死んだ娘にあまりにもそっくりだったのだ。
────レティア。
ゼロスの一人娘であり、力及ばず守り切れなかった後悔の象徴。
美乃梨を側に置くことは彼女を自分の事情に巻き込むことになる。
それを分かっていながらも、ゼロスは美乃梨を遠ざけることができなかった。
(……巻き込んだ責任は取らねばなるまい)
項垂れていたゼロスの瞳に覚悟の光が宿る。
たとえ自己満足であろうと、やると決めたからにはやり通す。
頭の中で大まかに今後の行動計画を立てつつ、ゼロスが壁にそっと触れる。
すると右中指の指輪が僅かに光を放つ。
直後、ぞるん、と壁が黒一色に染まり────門が開いた。
「まずはあの兄弟子だ。今度という今度は確実に滅ぼしてやる」
瞳の奥に昏い殺意の光を宿したゼロスは、誰に聞かせるでもなく一人呟くと闇の中へその身を滑り込ませた。




