いつの世も同じか?
また「世の中には賢い人がなんぼでも居るのに馬鹿者が議員となり、その議員というのも皆腰抜けで、いつも議席でぼんやり、居眠りし放題。これじゃ人か人形かわからない」とも歌っております。どうです、皆さん。この演歌を唖蝉坊が歌ったのは実に大正時代ですよ。これ、今とどう違うんですか…?
そうすなあ、つくづくわたくしが思いまするに、人というものは、人の世というものはいつの時代も結局同じということでしょうか。金儲けのうまい奴、抜け目のない奴、図々しい奴らがいい思いをし、真面目に働く者たちが馬鹿を見る…それに憤慨しながらもしかしこちらはこちらで、庶民同士で互いに足の引っ張り合いをする騙し合いをする…などなど、悲しくも、くやしくも、はたまた狂おしくも、まあ畢竟、世の中とはこのようなものなのでございましょう…。
が、しかし(張り扇一擲!)、しかしですよ。これで終わってしまっては、このような切ない悟りを得ただけで人生を終えてしまっては、これは情けないじゃないですか。いかがです?もしそれだけだったら私などはジャスト「つまらない」ですね。これじゃ何の為に生まれて来たんだかわからない…つまり〝わからない節〟ですね(観客笑う)。えー、そこでですよ、ここでまたひとつ違う演歌をご披露致したく存じます。
違うと申しましても、実はまあその、殆ど同じようなもんなんですけどね。と申しますのもこの歌が最前ご披露申し上げました添田唖蝉坊の「わからない節」の替え歌なんです。そんでもってこれを作って歌っているのが唖蝉坊の息子、添田知道なんです。これはまあその…親をおちょくって作ったものか、それとも尊敬する余り作ったものなのか…ちょと分かりませんがまあとにかく行ってみます。宜しゅうございますか?
はい、ではミュージック、スタート!




