幽霊さん、お願い
「金貨150枚!」
「いいや、金貨200枚だ!」
「わたくしは金貨300枚よ!」
次々と私の値段が釣りあげられていく。この世界の貨幣価値など分からないが、とんでもない高値が付けられているのは、会場内の熱気から伝わってくる。
やばい、やばい、やばい! このままだと、変な人に落札されてしまうかも……。
あまりの急展開に焦るが、私は必死に耳を澄ます。どうにかして、良い人に私の可愛さをアピールしたい。
しかし、低スペックな私の聴力では、大勢の客の言葉など聞き分けられない。ハッキリと分かるのは、値段を叫ぶ声だけ。
もはや、私の転生生活も終わったかと思ったが、ふわりと毛が一瞬浮いた後に誰かの囁き声が聞こえた。
――――困っているの? 話を聞き分けられるようにしてあげようか。
どこか楽しそうな、小さな女の子のような高い声。
私はバッと勢いよく後ろを振り返る。しかし、そこには誰もいない。クンクンと臭いを嗅いでみるが、特に何も異常は感じられない。
それはつまり……幽霊が私に話しかけてきた!
ここは異世界。地球とは違い、幽霊が普通にいるのかもしれない。ファンタジー系ゲームでも、アンデットとかいたし。
もしくは、私が霊感に目覚めちゃったとか!
などと色々と考えていると、耳元でクスクスと笑い声が聞こえる。
――――ねえ、どうするの? あたしは、このままでもいいのよ。
ええい! もう自棄だ。幽霊がなんぼのもんじゃい!
時は一刻を争う。私の健やかなる一生がかかっているのだから、幽霊だってなんだって利用してやるよこん畜生め!
『幽霊さん、お願いします』
小さくわんわんと鳴くと、また幽霊の笑う声が聞こえる。
――――いいわ。面白そうだし。
転生して話が初めて通じたと驚いたが、それもすぐに思考から消える。
それと同時に、私の耳が喧騒から遠くなる。失敗したかと最初は思ったが、すぐにそれは違うことに気づく。
私の視線を向けた人物の声が鮮明に聞こえるのだ。
まずは、こちらをキラキラと熱心な目で見つめる青年の声を聞く。
「青い炎の輪に飛び込めるように調教すれば、必ずや我がサーカス団の目玉になるぞ!」
私の美毛が焦げるので、却下。
次は猫を拾う不良……的なギャップを狙って屈強な大男に視線を移す。
「成長したあの魔物の背に乗り、戦場をかけるのも悪くないな。最悪、囮にも非常食にもなるし」
見た目通り、血も涙もないのかよ!
「あの毛皮。わたくしのマフラーにピッタリだわ」
虫も殺さないような優し気なご令嬢から、お前の皮剥いでやる宣言をいただきました!
「解剖したい」
目の下にクマのある男性がよだれを垂らしながら言った。ちゃんと寝てから出直してきな!
「金貨500枚よ」
先ほどのご令嬢から、気品に満ちた声が上がる。
彼女の声を聞いていなかったら、私はもろ手を挙げて喜んだだろう。可愛い犬と戯れるのがとても似合うご令嬢だからね。
でも現実は違う。落札されたら、明日には可愛い菫色のもふもふマフラーになっているだろうね!
「なんと、いきなりの金貨500枚! 本日最高額です。目玉商品はここで落札されてしまうのか!? 他に落札したい方はおりませんか?」
進行役は弾んだ声で叫ぶ。値段を釣りあげようとする声もピタリとやんだ。
最悪だ。全滅だ。絶望だ。
わたしが諦めかけていたその時――――
「……可愛い」
会場の一番奥にいる黒いローブを目深に被った男が呟いた。
彼がどんな種族で、どんな表情をしているのか分からない。そもそも、可愛いというのも毛皮のことかもしれない。
それでも、私は彼に一縷の望みを賭けることにした。
「くーん、くぅーん」
お目目うるうるさせ、悲し気に……しかし甘えた声で私は鳴いた。
届け、私の世界最高の可愛さ!
「……なんだあれ、世界一可愛いすぎる」
届いた! 私の可愛さが!
私は嬉しくなって尻尾をふりふりする。
『私を買って!』
「買いましょう」
おそらく、言葉は通じていないはずだが、ローブの男が淡々とした声で言った。そして、番号の書かれた札を上げた。
「金貨1000枚」
「え、ちょっと、それは余が用意した国家予算なんだが……」
ローブの男の隣に座っていた赤毛の男が青い顔で何か言っているが、大したことではないだろう。
金貨1000枚の宣言の後、シンと会場が静まり返る。他の客からの値段の釣りあげはない。
「このオークション始まって以来の最高額が出ました! 圧倒的! 他にいませんか? …………いませんね」
ということは……あの人に買ってもらえる!
私の甘えた姿とか、尻尾を振る姿とか、ありのままの可愛い私の姿が好きみたいだし、これは勝ったな!
もふもふマフラールート回避! おいでませ、優雅な甘々ペット生活!
私を祝福するかのように、進行役が笑顔で落札を知らせるベルを鳴らす。
「新種の魔物を落札したのは、アーク王国の竜人王ご一行様になります!」
……ん、なんだって!?