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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
22/30

第21話 『公園にて』

 声のした方向へと視線を向ける。そこには二人の人影があった。空沢と原山だ。


 「春菜…」


 倉園の声は弱々しい。今にも崩れそうなほどに。


 「なんだお二人さん。今のセリフからすると倉園の家に行ったのか?」


 「――桐原、あんたは部外者でしょ? 消えてくれない」


 会話は成立していないが、昨日陸を殺すと言っていた時よりかは落ち着いている。幾分か交渉の余地はあるかもしれない。とはいってもそれはここに立っているのが、悠介だったらの話だ。陸は彼ができる高度な交渉はできない。

 故に真っすぐ突き進むことにした。どうなるが知ったことではない。


 「悪いな。俺も今現在を以って関係者の仲間入りだ。こいつから助けてほしいって依頼を受けたんでな。どうにかさせてもらうぞ」


 「――やっぱり愛梨の味方なんだ」


 「昨日言っただろうが、記憶力ねえのかよ」


 場違いだと言う他ない笑みを少女は浮かべていた。凶器とも呼べるその微笑みは、本当に心の底からの笑顔にように思えた。ただしどんな感情から構成されたのかは不明だが。


 「そうだ…。みんなそうなんだ。みんな愛梨の味方するんだ」


 「春菜、私は…」


 「うるさいっ!!」


 叩きつけるように言葉を放つ。


 「黙って! 話さないで! 声を聞かせないで!」


 「落ち着けよ。別にそんな殺気立つことない――」


 「黙れ!!」


 怒り。刃物と呼べるほどに尖った感情が、声として投げつけられる。


 「…そうか。お前は引くことを拒絶するんだな?」


 話し合いの拒絶。つまり空沢は止まる気、やめる気がないということ。


 「当たり前でしょ。私は……愛梨を殺す。絶対に…!」


 何がここまで空沢を駆り立てるのかわからない。さっき彼女が言った通り桐原陸は、部外者のようなものなのだ。二人の関係の間に割って入ることはできない。

 だからやることは決まっている。


 「なら俺は倉園を護る。こいつを護って依頼を遂行させる」


 空沢の視線を遮るように、陸は倉園の前に立った。


 「そう…、じゃあ死んで」


 手で形作られた拳銃。その銃口部分を模している人差し指の先から、目の前の障害物である少年目掛けて不可視の弾丸が発射される。

 弾丸と同等か、それ以上の速さで迫る空気弾を陸は動くことなく受け止める。

 腕に、腹部に、顔に、何発もの空気弾が当たり、彼の体に穴を空けていく。

 貫通はしない。だが穴はいくつもできる。昨日の比ではない。穴からは綺麗な赤色の血が吐き出され、地面を赤く染める。


 「桐原…痛く…ないの?」


 「心配そうにしている声も可愛いな。とか、ふざけてる場合じゃないか。安心しとけ。まだ大丈夫だ」


 とは言ったものの、痛み自体は感じている。痛覚が鈍いからと言っても流石にここまでされれば痛みはあるものだ。


 「絶対に逃げない」


 ここから陸が弾を避けるために横に動けば倉園が被弾する。回避は不可、そもそもやる気はない。

 だが困ったことに空沢のアビリティは使用時に、体力などを引き換えに力を発揮するタイプではない。彼女が諦めない限りは永遠に空気弾が撃たれる。


 「なら縦に移動だ」


 「………!?」


 陸は一歩踏み出した。


 「な、なんで…」


 「お前に攻撃やめさせるにはこれしかないだろうが」


 空沢へ向かって歩く。

 ごく自然に、いつものように、足を進める。

 その光景に、陸以外の三人は驚きの表情をあらわにしていた。

 貫通するほどの威力はないのだ。別に被弾しながら歩くぐらいは問題ない。


 「原山!」


 「………」


 「原山!!」


 「…な、なんだよ」


 「原山に攻撃しろ! あんたなら硬化すれば私の弾痛くないでしょ!」


 「わかった…」


 原山の肌の色が銀色へと変わる。彼のアビリティ使用時に起こる体の変化だ。

 硬化した原山は陸へと突進した。


 「原山、知ってるか? 硬化系のアビリティ持ち同士の戦闘においては、探知系と同じぐらい外れだ。いや、探知系はまだ戦闘以外での用途があるけど、硬化に関してはホントに擁護できない。まず問題は全身硬化するとスピードが落ちる。お前みたいにな」


 「うるせぇ!!」


 原山は拳を握り、そのまま殴り掛かる。陸は初見ではないので知っているが、彼のパンチの破壊力はとてつもない。頭部に食らえば頭蓋が容易く粉砕される。今の陸も例外ではない。だが空沢の攻撃から身を護るために部分変化ができず、全身硬化するしかない。そのため陸の口にした通り攻撃速度が遅い。

 陸は頭を少し動かして、原山の拳を――


 「――ッ!!」


 顔面に激痛が走る。そしてその刹那、背中にも大きな衝撃を食らう。


 「や、やったぞ! 空沢! 間違いなく当たった!!」


 原山の拳は陸の顔面に命中し、ブランコを囲う柵にまで飛ばされていた。


 「あ…あぁ…?」


 意識がハッキリしない。思考がグラグラして何一つまとまらない。


 (…殴り飛ばされたのか…?)


 誤算だった。慢心だ。

 相手は一人ではなく、二人だということを考慮せずにいた。

 自分の力を過信しすぎた結果だ。


 「えぇ、まだ生きてるのは驚きね。でも今の威力なら時期に死ぬでしょ」


 空気弾を撃つことをやめていた空沢は陸をバカにするように笑った。


 (なんだ、これ…)


 視界が赤い。まともに前を見ることができない。

 代わりに、五年前の地獄の光景が鮮明に脳内で再生される。


 「桐原!!」


 倉園の声は籠っているがちゃんと聞こえている。聴覚は一応機能しているようだった。


 「桐原! 桐原!!」


 駆け寄り、名前を何度も呼ぶ。起きてと願いを込めて名を叫ぶ。


 (あー、情けねぇ…。なに地面に倒れて女の子に心配されてんだ)


 ――立て、立てるんだろう?

 彼の内側の何かがささやいた。答えは口にすることはない。行動で示す。


 「そんなに叫んでも無駄。起き上がらない。それに起き上がっても大量に血を流してるんだから生きてるわけ…な……い…」


 「限定的に昨日みたいな調整した衝撃波を起こして、パンチを加速させた。だいぶ器用なことやるな、お前。才能あるよ。おかげで嫌なこと思い出したぞ」


 「な…なんで、生きてるの…? なんで傷が治ってるの……?」


 驚きよりも恐怖が空沢の顔には現れていた。

 死んだと思った人間が生きている上に、当然のように立ち上がったともなれば、そんな顔になるのも頷ける。


 「昨日の傷だって治ってるだろうが、本当に記憶が不確かな奴だな。…ま、いいや。それより、原山くん。惜しかったな。砕くんじゃなくて、跡形もなく吹き飛ばすとかだったらまだチャンスあったぞ。そんな目にあったことないから断言出来んが」


 「ば、化け物…」


 「――そんな化け物殴ったんだから覚悟はいいんだろうな」


 「ひ…っ!」


 一歩進む。すると原山は一歩下がる。

 この行動は恐怖の表れ、彼の内面にある感情があふれ出ている。


 「どうした? 殴ってみろよ」


 「し、死ねよぉっ!!」


 声を荒げながら殴り掛かってくる。

 もはや、やけくその行動だ。とは言っても彼のパンチの攻撃力は確かだ。好き好んで当たりたいものではない。

 だが、陸は動かなかった。

 間もなく銀色に輝く拳が陸の顔を捉える。しかし、衝撃は先ほどと比べることもできない程に弱かった。拳は当たったというのに骨にヒビ一つ入っていない。


 「あ、あの時と同じだ! また…また、俺のアビリティが…!」


 硬化したことによって、銀色に変色していた腕が肌色へと戻っている。アビリティが解けたのだ。そのことを理解した原山は後退り、陸からゆっくりと離れる。


 「――それが、あんたのアビリティ…なの?」


 空沢は震えた声で尋ねる。


 「いんや? それなら最初から使ってる。そもそも俺はアビリティ持ちでも何でもないしな。アビリティ使えなくしたのはそいつだよ、そいつ」


 陸は二人が入ってきた公園の入り口を指す。そこには一人の少女がいた。


 「血だらけですね。制服は使い捨てじゃないんですから、ちゃんとしてください」


 天野瑠奈。陸の隣人で幼馴染。

 彼女は呆れたような顔で陸に言葉をぶつける。


 「お前が遅かったせいだからな。さっき頭砕けたんだぞ? 顔変わったらどうしてくれんだ」


 「安心してください。残念ながら変わってませんよ。天野瑠奈の好きな顔のままです」


 「おい、今残念ながらって言ったか?」


 言っていたが、瑠奈は知らん顔である。


 「はぁ…。コント終了な。空沢、使おうとしてるみたいだけど無意味だ。天野がいる限りアビリティは使えない。ここにいる奴全員な」


 異能の力の行使を禁じる。それが彼女の力。

 何人たりとも彼女の能力使用時にはアビリティの行使を許されない。


 「――なら…それならお前もアビリティは使えないってことだよな…?」


 「は?」


 「お前も無力ってことだよなぁ!?」


 懐からポケットナイフを取り出した原山は、鋭利な刃先を陸へと向けた。


 (やっぱ違和感あるな。こいつら殺気立ちすぎだろ。空沢はまだ納得できたけど、原山に関しては違和感しかない。そんなに前殴ったのか頭に来てるのか、それとも…)


 どちらにせよ、陸には彼が先ほどまでとは同一人物だとは思えなかった。


 「落ち着けって。刃物はダメだろ、刃物は」


 「うおぉぉぉぉ!」


 聞き耳を持たず、原山はナイフを構えて突進する。

 もう陸を殺すことしか考えていないのだ。

 そんな原山の動きはナイフが届く寸前というところで停止した。


 「! なんで…!」


 「無駄だ」


 陸はナイフを鷲掴みにしていた。

 刃の部分を掴んでいるのに出血はない。なぜなら、現在の彼の腕は黒く、醜いものへと変化しているからだ。ナイフ程度の鋭利さではこの皮膚を貫通することはできない。


 「なんでアビリティが使えてるんだよぉ!! お前、あの女がいる限りアビリティは使えないって…」


 「話聞いてたか? 俺はアビリティ持ちじゃないって言ったばっかだろうが」


 「――へ?」


 瑠奈の能力使用時、アビリティは使用不可。これに偽りはない。

 ならば発想の転換だ。アビリティが使えない。それはつまりアビリティでなければ使用は可能ということである。


 「要するに俺のこれはアビリティじゃねえんだよ。ほれ、危ないから捨てろ。んでもって一旦寝とけ」


 ナイフを無理やり取り上げ、手に届かない場所へと投げ捨てた。

 アビリティッも使えない。凶器も失った。これで原山は無力だ。

 足を動かし、蹴りを食らわせる。加減を誤ったために、二、三メートル原山は吹き飛んだ。大分いいところに入ったようで、動けず胃液を吐き出しそうなぐらい咳き込んでる。


 「どっちも天罰だってことにして許してくれ。…そんで、お前だ」


 原山は戦闘不能。残るは空沢ただ一人。瑠奈がいるので彼女を敵と認めていいのかは定かではないが。


 「……るい…ずるいずるいずるいずるい…! あんただけ力を使えるなんてずるい!!」


 「と言われましても、能力でも何でもないからな、これ。俺はこういう生物なんだよ。天野の能力も異能の否定はできても存在の否定はできない。だから俺には何も関係ない」


 結論を告げる。彼女に現実を突きつける。


 「お前じゃ勝てない。俺より弱いからな。だから無意味だよ」


 現実であり結論だ。


 「――違う…。違う違う違う違う違う違う違う!!」


 まるで拒否反応。彼女は『弱い』という言葉に過剰に反応している。


 「弱くない。私は弱くなんてない! ――そうだ。そうだよ。私は強くなったんだ。あんな群れないと生きていけない奴らと違って、私は強くなったんだ!!」


 少女の狂気的な笑いは、陸を呆れさせるのには十分だった。


 「見下されたくないなら人のこと見下すなよ」


 「見下す? だって事実でしょ? あいつらは弱くて一人が怖いから他の奴らと群れてる。私はそんな奴らとは違う! 一人でも怖くない。一人だって私は強いから」


 「あのな、確かに人間に限らず弱い奴は群れるもんだ。強い奴が孤独だっていうのにもまだ頷ける。でも一人だから強いなんてことはないぞ」


 「……!」


 強い=孤独というにはなり得ない。そこを空沢は勘違いしている。


 「――うるさい…」


 「あ?」


 「うるさい! 黙れ!」


 「子供か…。うるさいのはどっちだ? ここ公園だぞ。近所迷惑だろうが」


 ここは住宅地だ。公園の周囲には一般住宅が建っている。空沢の声はもう近所には聞こえているかもしれない。が、瑠奈がいる時点でそれは杞憂である。彼女であればそのあたりの対策は抜かりない。


 (ま、それはどうでもいい。問題はどうするべきか)


 正直手詰まりである。空沢との関係の薄い陸ができるのは力で押さえ付けることのみ。

 完全にねじ伏せはしたが、それまでだ。これ以上陸には何もできない。

 空沢は囚われ、狂ったままだ。


 「私は弱くなんか――!」


 「春菜!!」


 怒り狂う空沢よりも大きな声を陸の背後にいた倉園が発し、遮った。

 陸の仕事は終了。ここからは二人の問題だ。部外者である陸は大人しく後方へと下がった。そして入れ替わるように倉園は前へと進み、空沢と向き合う。

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