第20話 『依存』
「あの…天野先輩」
名前のない教室。放課後、今日も琴美はここに足を運んでいた。
しかし今は陸がいないからか、とても実内は静かである。何も話すことなく、各々好きなことをやっている。そんな空気に耐えかねた琴美は瑠奈に声をかけた。
「なんですか?」
「あ、その、スマホで何見てるのかなぁって」
振った話題は気になっていたことだ。琴美は瑠奈がこの部屋でずっとスマホをいじっているイメージしかない。いつも携帯を握っている。
とはいっても別にゲームをしているわけでもなさそうなのだ。そんなに激しい動きをしていない。むしろ単調でゆっくりとした動きだ。スクロールをしているのだけのように見える。となると何か読み物でも読んでいるのかと思い、琴美は何を見ているのか尋ねた。
「端的に言うなら日記です」
「日記…? 天野先輩のですか?」
「――いいえ、違います。私の書いたものではありません」
少し悩むそぶりを見せた後に瑠奈は否定した。
「えっと…それじゃあ誰かが書いたものを読んでいるってことですか?」
「まあ、そういうことになりますね…」
あまり表情に変化を表さない瑠奈だが、この時だけは琴美でもハッキリと彼女の表情が暗くなるのを見ることができた。
ちょうどその時、視界の端に悠介が入ってきた。いつも通り笑顔だ。だが、それは昨日見た笑みと同じ。彼の心の底から浮かべているであろう笑みである。
昨日、この笑みを見てから琴美は彼という存在が不気味にしか思えなくなっていた。
「ん、どうかした?」
琴美の視線に気付いた悠介は笑顔を向けて彼女に尋ねた。
これが偽りの笑顔なのだと思うと、恐怖を感じてしまう。
「い、いや、なにも」
声が少し動揺して震えていた。
だが特に悠介は反応していないので、震えていたことは気付かれていないようだった。
そのことに琴美は安堵する。
「――それにしても桐原先輩遅いですね」
一昨日や昨日ならすでにいた時間だというのに陸の姿がない。
「あぁ、そういえば伝えてませんでしたね。今日は桐原くん来ませんよ」
「え?」
「昼休みの後に早退してすでに倉園愛梨のところに向かっています。そろそろ時間なので私も彼と合流しに行きますね」
瑠奈は席から立って行儀よく椅子をしまうと鞄を手に取った。
「わ、私も――」
「桐原くんが伝言があります。今日は早く帰れ、だそうです」
「先輩が、私に…?」
「はい。あと昨日の情報は助かっただそうです。…では、月城先輩。そちらはお願いします」
「はいはーい。好きに動いていいんでしょ?」
瑠奈は静かに頷くと、部屋から出て行った。
*****
陸とは違う制服を着た学生が校門から流れ出てくる。青巌高校の生徒ではなく、駿河原高校の生徒たちだ。現在陸は駿河原高校の前にいた。本来訪れる予定はなかったのだが、仕方なく足を運んだのだった。
お目当ての人物が来るまで待つこと数分。やっと姿を見せた。
お目当ての人物というのはもちろん倉園である。スクールバックを肩に掛けた倉園は、下を向いて歩いていた。
「よっ! 浮かない顔だな」
躊躇う様子もなく、陸は白昼堂々と声をかけた。
「な……。アンタなんでいるの?」
「なんでってお前が連絡しても応答しないし、家にいないからだろうが」
「そのこと知ってるのおかしいでしょ…」
「俺の情報網舐めんな。お前の家電の番号ぐらいは特定できる。お前のお母さんに学校に行ってるって言われたんだよ」
本当にすごいのは陸ではなく慎也である。彼は倉園の情報を少し陸から聞いただけで、住所と家電話番号まで特定した。
「捕まれば?」
「いやだよ…って、そんな話をしに来たんじゃないんだ。お前なんで――」
「あのさ」
ちょうど話を始めようとしたところで、陸の言葉を倉園が断ち切った。
「場所変えない?」
そう言われて陸は周りを見回した。
「あー、めっちゃ見られてますな」
二人に多くの視線が集まっていた。
他校の男子生徒と自分の高校の女子生徒が、なにやらお話をしている。しかも校門の前でなんていったらギャラリーが集まるのも無理はない。
「俺はこのままでいいけど」
陸はこういう空気には慣れている。
むしろ倉園との関係を噂されていることに心地よさを感じていた。
「私が嫌なの。こんなうるさいところ。それにここでするような話じゃないでしょ?」
心底面倒くさそうな顔をしている。
自分の高校ではないのでどんな噂をされても微塵もダメージのない陸であるが、倉園に嫌われるのは流石に抵抗があるようで、ここは彼女の意見を尊重することにした。
「そうだな。移動するか」
*****
陸はいい場所があるというので、倉園の後を歩いた。結果、到着したのは公園だった
ブランコやら滑り台やらがある、何の変哲もない普通の公演だ。
「公園とかいつぶりだよ。てかこんな人いないんもんか?」
元気に遊ぶ子供たちの姿はない。誰一人として公園にはいなかった。
「さあね。少なくとも昔はいたけど」
「ほぉん。やっぱり外で遊ぶちびっこって減ってるんだなぁ」
近年は外に出て公園に行かなくても、遊ぶ方法は充実している。
「俺は昔はよく『瑠奈』とか、悟とか、慎也とかと公園で遊んでたけど、時代の流れってやつですかねぇ…」
年寄りっぽいことを呟く十七歳、まだまだ青二才の少年であった。
「それで用件は?」
倉園はブランコに座ると尋ねた。
「用件は? じゃねえよ」
陸は倉園と対面するようにブランコを囲う柵に腰を下ろす。
「なんで学校に行ってんだ。行くなって言ったよな、俺」
陸は空沢と出会った場合、倉園が危険だと判断して家にいるように昨日言っていた。
なのに彼女は今日もいつものように登校していた。
「――――」
バツが悪いようで、倉園は口を開こうとはしない。
ちょうどいいと思った陸は、彼女の中へと踏み込んでみることにした。
「幼馴染なんだってな」
「! なんでそれを…」
「だから俺の情報舐めるなって言ってんだろうが。…お前は空沢を助けたいと思っている。だから学校で話をつけようとした。でもあいつはこなかった。正解か?」
「――――」
ここでの沈黙は肯定だと受け取った陸は、さらに問いを投げる。
「お前は空沢のことどう思ってるんだ?」
「私?」
「当たり前だろ」
答えがわかりきっている質問だが、聞いておく必要はある。
「――友達…。一番大事な…親友」
「大事で、守りたいか?」
「…うん」
「守らないといけないのか?」
「………」
「お前だけが守れるのか?」
「………アンタ、何が言いたいの?」
「ん? お前がどんな奴か教えてやろうと思っただけだよ。俺と少し似てるし、なんか自分の状況気付いてないみたいだからな」
「私の…状況…?」
「イエス」
首を縦に振り、言葉を続ける。倉園という人物の現状を教えてやるのだ。
「お前さ、依存してるんだよ。空沢に」
「私は…」
「依存者だ」
聞いた話からして、まだ空沢が倉園に依存している可能性はあったが、昨日のやり取りをもとに考えると、やはり依存しているのは倉園だという結論に至った。
「傍にいなきゃとか、自分が助けなきゃとか考えてたんだろ?」
「私は……っ! 私は……」
勢いよくブランコから立ち上がるも、すぐに倉園の拳に込められていた力は消えた。
「もういい。何となく理解はできてんだろ。ならひとまず大人しくしとけ、今お前が今回の件を解決しようと動いても多分逆効果だ」
空沢があのようになった原因の一端が、倉園なのだ。彼女を近づけるのは危険すぎる。
火に油というやつだ。いや、燃え上がるどころか爆発してもおかしくない。
「依頼は受けたんだから、とりあえず任せな。なんとかしてやるよ」
ヒステリック少女をどうにか説得できるほどの話術を、彼は持ち合わせているわけではない。だが、助けてと言われた。なにより陸は倉園に親近感のようなものを感じていた。彼女の声に応える理由は十分にある。なら引き下がることはできない。
「けど覚悟は決めとけ」
「覚悟?」
「そ、覚悟。俺はお前らのこと大して知らないし、深入りする気もないから何もわからない。だからな、もしかしたらお前の力が必要になるかもしれない。結局俺の得意分野は暴力なんだよ。でもお前が必要になった時、お前には何かしらの覚悟が必要になると思う。傷つく覚悟、傷つける覚悟のどちらか、もしくはその両方。空沢を助けたいならその覚悟はしておいてくれ」
「アンタは――」
「――家にいないと思ったらこんなところにいたんだ」
日が沈むまであと一時間ほどかというところで、倉園に向けて声がかけられた。




