婚約者との対面
今日は最悪の日だ。
俺はこれから会うであろう婚約者のことを思い、そんな事を思っていた。
今日これから俺は親に決められた婚約者に会うことになっている。貧しい男爵家の末っ子の俺は、金に目が眩んだ両親に売られるのだ。
まぁ、自業自得か・・・。
俺はこれまで両親の言い付けも守らずに、勝手に冒険者になり、自由に暮らしていた。家が借金を負っていることを知っていても尚、俺は何もしてこなかった。
「それにしても、まさか、あの醜女と結婚させられるなんて・・・。」
俺はそう言って空を見上げる。
「ルーア・キャリル伯爵令嬢、か」
噂では彼女は、この世のものとは思えないほどの醜女だと聞く。見たものは悪夢にうなされ、その笑みは心臓を止める、とも。
それは、冒険者となり社交界から身を引いている俺でも知っている話だった。
対する俺の顔は至って普通顔だ。それなりに整ってるけれど、イケメンとは言い難い、可もなく不可もなく、だ。
「はぁぁぁ。」
これからの事を思い、思わずため息が漏れた。
もう、この婚約は変えられない。俺は一年後には彼女と結婚しているのだろう。でも、それでも、俺だって幸せな結婚を、いや、普通の“恋”というものをしてみたかった。
「誰か、変わってくれねぇかな・・・」
俺はこの時、心からそう思った。
まさかこの後、この時そう思ったことを後悔することになるとは、1ミリも思わなかった。
▽
婚約者との顔合わせに用意されたのは、王都にあるカフェの個室だった。
「ルーカス、こちら、キャリル伯爵令嬢よ。」
そう言って、俺の母によって紹介された令嬢は大きな扇子を広げ、必死に顔を隠していた。俺は若干、戸惑いながらも挨拶を返した。
「初めまして、キャリル伯爵令嬢。私はルーカス。ルーカス・ランクと言います。どうぞ、ルーカスとお呼びください。」
「ぅ、はい。」
それから、お互いの両親も挨拶をし、紅茶を飲みながら、話に花を咲かせていた。主に母親同士が、だが。
「おほほ、それはそうと、そろそろ若い二人で楽しんでらっしゃいな。ランク伯爵夫人、良いですよね?」
「ええ、ええ!もちろん! ほら、ルーカス、エスコートしなさいな!」
あとは若いおふたりで、とその笑顔に言葉をはりつかせながら、有無を言わせない気を出していた。
唯一、父上だけは気の毒そうな、申し訳なそうに俺を見つめていた。
俺は仕方なく、まだ顔を見せてくれない、婚約者の元へゆき手を差し出した。
「えーと。そういう事なので、少し二人で街歩きでもしませんか?」
「は、はぃ。よろしくお願いします・・・」
そう言って彼女は小さな手をゆっくりと俺の手に乗せた。その事にほっとしつつも、彼女の手を握った。一瞬、ビクッと肩が跳ね上がったのが見えたが気付かないふりをした。
俺は上手い会話が見つからず、彼女の、キャリル伯爵令嬢の手を握り、ただ、前を先導するように歩いた。
相手はあの“醜女”だとしても女の子の手を握っているという状況は俺を緊張させるのには十分だったのだ。
「あの、ルーカス様・・・」
その声に俺は彼女に振り返った。
すると、彼女は先程はしていなかった仮面を付けていて、どこか緊張した様子だった。
「・・・どうかしましたか? あっ、もしかして、歩くの早すぎました? それとも、どこか寄っていきたい場所でも──」
「いえっ、違うんですっ。えと、あの、あ、あそこの木の下でも良いので座ってお話・・・とか、あの、ダ、ダメでしょうか・・・」
「あははっ」
(なんか可愛いな、この子)
仮面越しに伝わってくる彼女の焦りや照れ、そして、しゅんと落ち込んだ様子をも見せる彼女に俺は少し笑ってしまった。
「ルーカス、様?」
「え、あ、いや、ごめん。 えーと、じゃあ行きましょうか」
(いくら見た目が醜女だと言われていても、中身は普通のご令嬢なのかも知れないな)
木の影に腰を下ろした俺たちはそれから、お互いのことを話した。
キャリル伯爵令嬢は刺繍が得意らしく、上手くできたものがあれば売ってお小遣いにしたりしているらしい。
一方俺は、冒険者として魔物と戦った時のことなどを話した。
「初めてCランクの魔物と戦った時、腕と頭に怪我をおってしまって、帰ったら、父上と母上に物凄く怒られて、それから1ヶ月は安静に!って言って部屋から出して貰えなかったこともありますね」
いやー、懐かしいなぁ、と話しながら俺は遠くを見た。
今では難なく倒すことが出来るがあの時は本当に大変だったから、思い出すとなぜだか笑えてきた。
「私も、ルーカス様と冒険というものをしてみたいです」
と、隣から少し寂しそうな声が聞こえてきた。
「キャリル伯爵令嬢?」
どうしたんだ?なんかいきなり元気が無くなったな。それに、何だか顔色も悪いような・・・。
「・・・ルーカス様は、私の噂話を聞いたことがありますか?」
「! ・・・はい」
「そう、ですよね・・・。では、なぜこの結婚を受け入れて下さったのですか?」
「えっ」
「私は、ルーカス様が好きです。だから、両親にダメもとでお願いしたのです。 だから、ルーカス様のお気持ちを聞かせてくれませんか?」
いきなり飛び出した予想外の話に俺の思考は固まった。
(キャリル伯爵令嬢が、俺のことを? なぜ? いつ、好きになったんだ? それに、この結婚は政略じゃなかったのか?)
「私のような醜女のことをルーカス様が好いて下さるとは思っておりません。ただ、ただ、これだけはお約束して頂きたいのです。」
「何を──」
何を言ってるんだ。俺がそう言おうとした時、彼女は被せるように言った。
「決して他の方と付き合わないで下さい」
その目は真剣で、その声は震えていた。
「は?」
と、思わず素で声が漏れた。
「他の方を好きにならないで、なんてことは言いません。ですから、貴方が他の誰かを好いても私は何も言いません。ただ、浮気はしないでください。 私は、貴方の心は手に入れられなくても、立派な貴方の妻になります。ですから、貴方も私の夫でいてください。」
キャリル伯爵令嬢はそこまで言うと一度言葉を切り、頭を下げた。
「・・・お願いします」
そういった彼女の声はやっぱり震えていて、なにかに怯えているみたいだった。
(えーと。 これはどういうことだ? キャリル伯爵令嬢は俺が浮気するのを恐れているのか? それも、俺のことが好きだから? なのに、俺が他の誰かをすきになっても、何も言わないと言うのか?)
俺はキャリル伯爵令嬢の言葉の意味を考え首をひねった。そして、もし俺の考えている通りなら、───なんて可愛らしい方なんだろう、そう思った。
「あの、キャリル伯爵令嬢?」
俺は少し戸惑い、彼女に声をかけた。
彼女は頭を下げたままビクつくと、ゆっくりと顔を上げた。
「えーと。とりあえず、キャリル伯爵令嬢の言った約束は必ず守ると誓う。 絶対に浮気はしない。 もちろん、君の夫でいるも言うことも。 だから、そんなに怯えなくていい 」
俺はそう言って、キャリル伯爵令嬢に向かって安心させるように微笑んだ。
「それに、俺はこの短時間で君のことを大変、好ましい女性だと思っている 」
これは嘘ではない。俺は彼女の雰囲気や態度、話し方から、彼女のことを可愛らしい女性だと思っている。
(とりあえず、俺が、浮気をするような人じゃないのは分かってくれたか?)
仮面のせいで見えない表情が気になる。
その仮面の下を、君の素顔を、見せて欲しい・・・。と、言えば見せてきれるだろうか?
いや、それは無理か・・・。接してみてわかったが、彼女は自分に自信がない。あんな噂が広まるくらいだ。きっと、容姿について散々、からかわれたのだろう。そして、その度に彼女は傷つき、自分の殻にこもった。
その仮面は彼女の心の現れなんじゃ無いんだろうか。
暫く沈黙が続き、キャリル伯爵令嬢が俺の手を握った。
「約束、守って下さいね・・・」
「はい、必ず守ります」
俺はそう言って彼女の手を握り返した。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
3話ほどで完結させるつもりの短編ですが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。