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反逆の刃を振るいて

エメラルドが息をつけた時間は、ほんのわずかだった。


背筋を走るゾワゾワとした嫌な感覚と共に、魔法感覚で捉えられるザワザワとした不定形の不気味な騒音もまた、その存在感を急速に増している。エメラルドが、その正体を探ろうと感覚を集中し始め――


――そして数分も経たないうちに、バーサーク捕獲部隊、すなわち追手の足音が、転移基地の正面出入口の周りを取り巻いたのであった。くさっても、バーサーク捕獲を専門とする特殊部隊と言うべきだ。態勢の立て直しは素早いし、魔法を利用した追跡のテクニックも優れている。


「くそう! 既に何処かに転移、逃亡したか!?」


「夜明けまで間が無い! とにかく突っ込め!」


地団太を踏む隊長と副隊長の命令に応じて、捕獲部隊の面々が、正面ゲートを破って内部へとなだれ込んだ。


エメラルドの方は――まだそのタイミングでは無かったため、転移魔法陣を稼働させていなかった。


バーサーク捕獲部隊の面々と、エメラルドは、中央の1本の柱のやや前で、対峙する。


エメラルドの足は、目を付けていた大型転移魔法陣の主要ラインを踏み締める形になっている。万が一のタイムリミットとなる夜明けまで、大型転移魔法陣のラインから離れるつもりは無い。


隊長と副隊長は、エメラルドがやや腰を落として戦闘用の魔法の杖を構える様を、息を呑んで注目した。


――多勢に無勢だろうに、徹底抗戦するつもりか。


隊長はクラウン・トカゲにまたがったまま、ズイと先頭に出た。そして、ベルトに手を突っ込むと、そこに挟んでいた、チョーカーさながらの物体を取り出した。竜体変身を禁ずる拘束具だ。隊長は、手錠のようにも見える「それ」を掲げて、大声を張り上げた。


「エメラルド隊士! 今一度、忠告する! 速やかに拘束具を付けて、バーサーク危険日をやり過ごせ!」


エメラルドは柳眉を逆立て、今一度、決意を表明するべく、激しく首を振った。髪留めでキッチリとまとめられた、濃いエメラルド色の――ただし、色ムラのある――髪が、一筋ほつれた。一筋だけではあったが、その一筋の髪は、背中まで届く程の髪の長さを、ハッキリと示している。


「私は、絶対にバーサーク化しない」


その宣言は、隊長の指示に対する直接的な拒否である。


同時に――エメラルドにとっては、ロドミールの思惑と、その上級魔法神官ならではの、神の如き占術的支配に対する、反逆であった。


隊長の額に、青筋が立った。


「もはや、これまで……! 者ども、徹底的にやれ! 必ずや身柄を確保しろ!」


既にクラウン・トカゲから降りて半円型の包囲隊形を組んでいたバーサーク捕獲部隊の面々は、構えていた魔法の杖を、各自、一斉に様々な刃物に変えた。覆いの無いドーム型の屋根から降り注ぐ星明かりを反射して、各々の一対のペリドット色のきらめきの中ほどに、多数の白銀色の光がギラリと閃く。


エメラルドもまた、魔法の杖を刃物に変えた。その手にあるのは、柳葉刀に似た、反り返った太刀だ。竜人の持つ刀剣の中では、最もよく見られる標準的な物である。


戦闘開始の合図は無かった。


双方ともに実戦慣れしている戦士であり、互いに隙を突かんと、ほぼ同時に足を踏み込んでいた。


エメラルドは、ベテランの上級武官ならではの腕前を見せた。《風刃》をまとわりつかせた刀が、左から右へ低い位置で一閃するや、一番手前に居た何人かの隊士が、カマイタチに襲われたかのような創傷を足元に受けて姿勢を崩す。特に不慣れな新人はダメージが大きく、一撃で地面に転がる有り様だった。


水場での揉み合いとは、全く別の乱戦となった。


それぞれの得意とする《四大》エーテル魔法の四色の閃光がほとばしった。純然たる剣術がぶつかり合う形となる斬り合いも多く繰り返され、転移魔法陣が描かれた大広間に、見る間に血飛沫が散っていく。


多勢に無勢というだけあって、エメラルドもまた、無傷と言う訳には行かなかった。特に重量のある魔法の《石礫》の類は、《風魔法》による風圧では防ぎきる事が出来ず、ガードの薄い二の腕や向う脛にダメージを食らってしまう。


竜人の使う刃物は充分な強度を備えており、特製の武官服は、その連続攻撃にさらされて急速に破損して行った。破損した箇所については、自前の竜体に由来する鱗と皮で、刃物の衝撃に耐えなければならない。


エメラルドの竜体としての強さは、武官としては充分な物である。


だが、純粋に竜体としてのパワーで見れば、自らを上回る大きな竜体の主から力任せに繰り出される物理的攻撃――斬撃には、やはり大きなダメージを受けてしまう。持ち前の身軽さで致命的な事態には至っては居ないものの、エメラルドの身体には、深手が増え始めていた。


一方で、乱戦状態とあって、下級魔法神官による援護は限られていた。攻撃魔法は幾つかあるが、武官ならではの猛烈な戦闘速度には、付いて行けないのだ。


拘束魔法陣を展開するのも考え物だ。床一面に描かれた転移魔法陣の群れの上で拘束魔法陣を展開すれば、余分なエーテル同士の反応や干渉が起きて、相殺になって無効と化すか、転移魔法陣が予期せぬ恐るべき誤作動を起こすか、いずれかである。


代わりに下級魔法神官たちが展開したのは、魔法による封印である。円筒形の建物全体が完全な密室となり、全ての出入口が塞がれた。蜘蛛の巣さながらの覆いの無いドーム型の天井にも、魔法の透明な障壁がピッタリと隙間なく広がった。


エメラルドの逃走経路は、すっかり失われていた。


「どうだ! もはや袋のトカゲだ! 死にたくなければ、早々に投降しろ!」


副隊長が怒鳴ったが、乱戦の模様に変化は無い。


エメラルドは巧みな剣さばきで、早々に追っ手の半数を戦闘不能にし、地面に這いつくばらせている。魔法の威力をまとった刃物の攻撃に対しても、その防衛力は、平均を遥かに抜いていた。


このままでは、まさかでも何でもなく、エメラルドは、隊士を全員倒してしまいかねない。そして、転移魔法陣を使って、何処かへ逃走を――


副隊長は「クソ!」と悪態をつくと、自ら刃物と化した魔法の杖を構え、クラウン・トカゲの背から飛び降りた。


見れば、エメラルドの顔面には既に深い裂傷が出来ており、血の川を流している。全身もまた刀傷にまみれていた――特に、腹部の出血がひどい――


――だが。


深い暁闇の中でペリドット色にきらめく女武官の眼差しは、なお衰えぬ戦意を見せてぎらついていた。副隊長の飛び入りに対して驚くでも何でも無く、刀剣を八双に構える。その熟練の動作は舞手さながらであり、その構えは、端正とすら言えた。


――『剣舞姫けんばいき』。


副隊長は一瞬、心の中で舌を巻いていた。


近々、エメラルドは、その栄誉ある称号を獲得する見込みだったのだ。その実力は感嘆すべきレベルであった。


(だが、今や満身創痍!)


副隊長は、裂帛の気合を発するや、容赦なくエメラルドに斬りかかって行った。副隊長は己の優位性を確信していた。そして、それは正しかった。


エメラルドの刀剣は、剣戟によるダメージを既に限界まで受けていた。副隊長の、一撃必殺とすら言える大重量の《地》魔法をまとった斬り込みを、真正面から受け止めた瞬間、誰もが驚く程、あっさりと――


――エメラルドの刀剣は、真っ二つに折れて弾け飛んだ!


エメラルドは自らの刀剣に執着はしなかった。残った柄で、副隊長の刃を流しつつ、身をひるがえして飛びすさる。


副隊長の斬撃は、その勢いのままに、そしてエメラルドの巧みな受け流しで軌道を曲げられ、結果として、足元の基底床に刻まれていた転移魔法陣の溝に、刃を取られていた。副隊長は、すぐさま刃先を引き抜き、下段に持ち替えると共に鋭く振り返った。


副隊長の目が、中央の支柱の傍まで後退したエメラルドの姿を、瞬く間に捉える。


――エメラルドは、今や丸腰だ。全身の裂傷が明らかに倍増しており、出血量も増えている。特に、《地魔法》の余波を食らって無数の深い裂傷を負った脚部は、もはや体重を支え切れず、震えている状態だ。


戦況を冷静に見て取っていた隊長が、再び大声を張り上げた。


「エメラルド隊士、これが最後の忠告だ! 無駄な抵抗を止めて、投降しろ!」


隊長はエメラルドに向かって、チョーカーの形をした拘束具を投げつけた。


しかし――当然ながらと言うべきか。


エメラルドは幾分かダメージの少ない方の片腕を振り抜き、拘束具を弾いたのであった。拘束具は、大広間の周縁部を取り巻くアーケード回廊の近くまで滑り去って行った。


「救えん、頑固者が!」


隊長は表情を歪め、歯噛みした。

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