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宵闇の中の群像(後)

小さなライアナは、お行儀悪く鼻をフンッと鳴らして、更に喋り続けた。


「もちろん、受付さんの『位置情報魔法』を、『虚報ガセネタ魔法』で、こっそり邪魔してやったわ。『機密会議してるから後ほど』って感じでね。ねぇ、エルメス、この私の目を盗んで、こそこそ彼女と浮気して無いでしょうね? ウソはダメよ、既に自己紹介済みの顔見知りだって事は『地獄耳魔法』で分かってるんだから」


――将来は、天才的なスパイになれるのでは無いか。


ライアス神官もエルメス神官も、幼いライアナが事も無げに披露して見せた、油断のならぬ魔法使いぶりに、舌を巻く思いである。


エルメス神官は、ライアナの気分を損ねないように、おずおずと事情説明を始めた。


「えーと、それだったら、新しく来た『地のティベリア』嬢じゃ無いかな。《水》の大神官長ミローシュ殿の所の……次の緊急会議の予定を連絡しに来たんだと思うよ。上級魔法神官を招集する会議の――多分、今回の『疑惑の総合商店』の件で。済みませんが師匠、すぐに確かめて来ます」


だが、頭の回り過ぎるライアナは、回れ右したエルメス神官を、素直に解放してやらなかったのであった。すかさず、子供用の可愛らしい魔法の杖をビシッと振る。その杖の先端部には、如何にも女の子らしい、ピンクのチューリップの花のような飾りが付いている。


駆け出したエルメス神官の足元に、オモチャのような可愛らしい拘束魔法陣が展開した。しかし、狙いは唖然とする程に正確だった。


エルメス神官は、その『子供のイタズラ』そのものの拘束魔法陣に、見事に足を引っ掛ける羽目になったのだ。


幼体さながらにスッ転び、床に打ち付けた額をさすりつつ、情けない顔をして起き上がったエルメス神官である。これでも、神殿に属する下級魔法神官の中ではトップの成績を維持しており、上級魔法神官への昇格年齢についても、ほぼ最年少タイ記録となるであろうと言う、エリート中のエリートなのだが……


おしゃま過ぎるライアナは、大人の女性が色仕掛けをする時のようにキュッと肩をすぼめて、鏡の前で念入りに練習した流し目ポーズをエルメス神官にくれてやった。ただし、色気が皆無のお年頃なので――父親の腕の中にすっぽりと納まったままなので――それは色仕掛けと言うよりは、可愛らしいおねだりのポーズになっている。


「よくって、私の《宿命の人》。幼体趣味の犯罪に走ったりしなければ、ボーイズラブの方の浮気は、許してあげない事も無いわ。でも、私以外の女との浮気は、絶対に、厳禁だからね」


――何やら、とんでもない内容が飛び出したような気がする。


エルメス神官は呆然とする余り、開いた口が塞がらない。ライアス神官でさえも、恐怖の面持ちで愛娘を見直すという有り様である。


「……なぁ、娘よ、意味を分かって言っているのでは無いだろうね?」


小さなライアナは『おすまし顔』になると、文字通り『立て板に水』の詳細説明を加え、そのはかない望みを木っ端みじんに粉砕して見せたのであった。


*****


――セレンディの赤い卵が孵ったのは、未明のさなかの事だった。


ベッドに横たわってウトウトしていたエメラルドは、隣から何やらゴンゴン、カシャカシャといった聞き慣れない音が続く事に気付いた。『此処は工場だったろうか』と頓珍漢な事を思いながら、うっすらと目を開ける。


未明とあって、ほとんどの照明は無く、暗い。だが、エメラルドの竜人としての夜間視力は、すぐに機能した。


此処は医療院の高度治療室の中だ。


ほぼ痛みが引いた首を巡らせてみれば、あの『医の聖杯』が刻まれた青い円盤が、枕元にセットされているのが見える。『医の聖杯』は、今もクルクルと高速回転していた。


――パリン、カシャン。


不思議な音は、すぐ隣からする。セレンディが横たわっている所だ。続いて、小さく震えるような動きの気配。


エメラルドは、その方向に頭を傾けるなり、目をパチクリさせた。


同じベッドを共有しているセレンディは、枕にもたれて半身をわずかに起こしたまま、薄い金色の目を大きく見張っていた。とは言え、竜人特有の細長い瞳孔が最大限に開いている状態なので、わずかな光をも反射して、実際の目はペリドット色にきらめいている状態である。


セレンディは、こちらに半身を向けて横たわっている状態であり、その剥き出しの両腕は、ベッドの上に置かれている卵を緩やかに囲う形である。その赤い卵の上部が、少しずつ砕け始めている。


――孵化するのだ。


エメラルドは唖然として、卵のヒビが少しずつ増えて行くのを眺めるのみだった。記憶に無いだけで、自分もこうして生まれて来た筈だが――やはり、驚嘆の思いが自然に湧き上がって来る。


息を詰めて待ち続ける、未明の闇の中の数刻が過ぎた。


卵の中の存在は、流石に連続して固い殻に挑み続けるのは疲れるらしく、しばしば小休止が入る。しかし、何やら効率的に殻を破る方法を閃いたらしい。卵のヒビは、横方向にグルリと回る形で広がった。遂にヒビが大きく広がり、まるで鍋のフタをパカッと持ち上げるかのように、上部分の卵殻が分離する。


赤い卵殻の上半分を赤い帽子のように頭に乗せた、小さな小さなドラゴンが、卵の中から上半身を元気よく突き出した。両手の上に乗るようなサイズだが、幼体ならではの丸っこい頭部には生え初めたばかりの突起のような竜角があり、《火霊相》を示す赤色の竜翼も、小さいながらシッカリと備わっている。


エメラルドもセレンディも、無言のまま、卵の中から出て来た新しい命を見つめるのみだ。余りにも感動が大きいと、何も言えなくなる――今が、まさにその瞬間だった。


赤ちゃんドラゴンは、まだ夜間視力が不充分なのか、つぶらな目を不思議そうにパチパチさせている。セレンディの目に良く似た、薄い金色の目だ。匂いか何かで母親が分かるのであろう、クルンと首を巡らせた後、セレンディの方向を真っ直ぐ見つめる。


「――ニャア」


エメラルドは一瞬、目がテンになる思いだった。子猫の鳴き声のようだ。赤ちゃんドラゴンは、こういう鳴き声なのだろうか? 孵化の瞬間は滅多にお目に掛からない珍しい場面だから、無事に、健康に孵化した時に聞かれると言う『初鳴き』が、どういう物なのかは、全く知らないのだが……


セレンディは目を潤ませて、卵の中から赤ちゃんドラゴンを、そっと取り出した。


卵から孵化したばかりの幼体は固い鱗が生えておらず、柔らかな鳥の羽のようなフニャフニャの薄鱗に覆われている。通常の鱗に比べると、色も一段階ほど白っぽく、半透明に見える。初脱皮の際に、この薄鱗が、ドラゴンならではの堅牢な鱗に置き換わるのだ。


「――本で読んで勉強はしてたけど、ホントに『ニャー』って鳴くのね。ビックリしたわ」


セレンディは口元がすっかり緩んでいた。赤ちゃんドラゴンを撫で回し始めると、子供の方は母親の手の感触が心地良いのか、早速「クルクル」と喉を鳴らし始めた。そして、卵殻に挑み続けていた時の疲れが一気に来たらしく、母親の手を枕にして、スピスピと鼻音を立てながら眠り込んでしまったのである。


エメラルドは驚きの余り、呼吸を忘れていた。ようやく、詰めていた息をホッと吐き出すと、セレンディを祝福した。


「おめでとう、セレンディ。何となくだけど……男の子?」


「男の子ね。夫に良く似てる――夫も、オリーブ・グリーンの竜体をしていたの」


セレンディは、妊娠中の間に暇を見つけては街区の図書館に通い、その手の知識を詰め込んだと言う。1年くらい経って初脱皮を済ませた後、程なくして人体変身の能力――変身魔法を本能的に獲得すると言うが、その時が今から待ちきれないと付け加えたのであった。


やがてセレンディは、畏まった様子でエメラルドを見つめて来た。


「――エメラルド隊士、貴殿は命の恩人だわ。この子の名付け親になってくれる?」


「普通は、神官が名付け親を務めるんですよ。ただの武官には、恐れ多い事では無いかと……」


「エメラルドに付けてもらう名前が、一番良いと思うの。直感だけど」


――思わぬ大役だ。名前は一生の贈り物である。何も知らぬ赤ちゃんドラゴンは、小さな赤い翼を折りたたみ、丸くなってお眠り中だ。エメラルドは改めてその様子を眺め、戸惑いながらも、考えをまとめた。


「セレンディのご夫君の名前は、何と言いますか?」


「火のファレルだけど」


――ふむ。平凡と言えば平凡だが、《火霊相》の男の子に相応しい、定番の名前だ。変身魔法の際、音声に依らない特別な方法で自分の名前を《宿命図》に向かって唱える。最近は凝ったネーミングも増えて来たが、伝統の中で選び抜かれて来た定番の名前であれば、変身魔法のミスが起こる可能性も低い筈だ。


「この子の名前は『火のファレル』――それで良いですか?」


エメラルドの提案に対し、セレンディは輝くような笑みで応えた。

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