第308話 ~関係改善?~
月見家の屋敷は俺の予想通り、とんでもない広さを誇っていた。
俺たちに与えられたあの屋敷よりも広いかもしれない。あちらと違って住み込みの下女が多くいるようで、常に屋敷のいたるところに人の気配を感じる。
モルガナイトに案内されたのはまさに旅館のような部屋で、畳の床に足の短い大きな机と座椅子が四つ配置されていた。机には円形の葛籠が置かれ、中にはたくさんの菓子が入っていた。
あまり生活感がないから私室ではないだろうが、おそらくここはモルガナイトへ宛がわれている部屋なのだろう。カチャカチャと慣れた手つきでモルガナイトはアメリアへお茶を淹れた。一応は護衛として来ているからか、俺の分はない。
「アメリア様ぁ、こちらの甘味、アメリア様のお好みのお味ですよぉ。ハイ、あーん」
「ん、本当。美味しい」
「でしょう~? このモルガナイト、アメリア様の味覚の好みも把握しておりますゆえ。はー、それにしても、久しぶりの麗しきご尊顔。眼福眼福ぅ……」
デレデレと崩した面を隠そうともせず、うっとりとした目でモルガナイトがアメリアを見つめていた。アメリアは、至近距離からモルガナイトに穴が開くほどに見られていることに慣れきっているのか、そんな視線をものともせず、もぐもぐと菓子を食べている。
アメリアが周りの視線に鈍感なのはコイツのせいに違いない。これだけ至近距離で見つめられることに慣れたなら、離れた場所から見られることなど取るに足らないだろう。
俺はというと、二人の向かいに座ったはいいものの、顔の造形が整っている二人が女性特有の距離感でいるのが落ち着かなくて、そちらに視線を向けないようにしながら黙って夜の背を撫でる。
『主殿、撫でるなら顎の下か尾の付け根を頼む』
「あ、おう」
「チッ」
「は?」
「こら。モルガナイト、行儀が悪いわよ」
「はぁい。ごめんなさい、アメリア様」
夜の要望を聞いていると、なぜかモルガナイトに舌打ちをされてしまった。
一体なんなんだこの人。
「アメリア様ぁ、エルフ族領で起きたことについては王より聞きましたが、それ以外の大陸を旅されて来たのでしょう? そのお話をしてくださいませ。ついでにあと小指の爪ほどは伸びていたはずの御髪が切られていることにつきましてもお教え願えます?」
モルガナイトがアメリアにしなだれかかるようにして身を寄せ、その肩に顔を乗せた。
アメリアが菓子を食べる邪魔をしないように細心の注意を払っているのだろうが、もっと注意を向けるべきことが他にもある気がする。
「もしかしてだけど、そんなことが聞きたくて私たちを呼び出したの?」
「ええもちろん。確かにこの国は現在戦時中でございますが、それは大和の国とレイティス国の戦い。我らエルフ族にはあまり関係がないじゃありませんか。同盟国とはいえ、この戦にエルフ族が出るわけにもいかないのですし」
にっこりと笑ってモルガナイトが言う。
続いて、すっと俺を指さした。
「それとも、そちらの護衛殿が関係しているとでも?」
「……確かに、エルフ族領王女のアメリア・ローズクォーツには関係ない。だけど、アキラの仲間のアメリアには関係があるの」
「ふーん」
断言したアメリアに、モルガナイトは面白くないとばかりに口を尖らせた。
「では、お答えいただけますか?」
「何を?」
「そこの人間と、アメリア様のご関係です。ただの護衛でないのは分かりました。では、一体どのようなご関係ですか? 貴方様が生まれた瞬間から貴方様だけを敬愛し、貴方様だけを見つめ続けていた私よりも優先されるご関係で?」
「それは……」
モルガナイトの愛が重い。ただひたすらに重たい。
目の前で言い争う二人に、思わず遠くを見つめた。
でもまあ、モルガナイトの言い分も理解できなくもない。自分が不可抗力の要因で離れている間にぽっと出の男に横から搔っ攫われたような感覚なのだろう。
「アメリア様ぁ……」
ウルっと瞳を潤ませたモルガナイトがアメリアを見上げてみせる。身長も座高もモルガナイトの方が高いだろうに、わざわざ身を屈めてまで上目遣いを再現する姿に、そこまでするかと思わず感心してしまった。
だが、そんなモルガナイトにも見慣れているのか、アメリアの顔色が変わることはない。
「モルガナイト、アキラは私にとって大切な人なの。ジャンルは違うけれど、貴方も大切な人よ。だから二人には仲良くしてほしい」
「……左様でございますか」
アメリアがそう答えた瞬間にスッとその瞳から涙が引いた。なんらかの賞が取れそうなほど見事な身体操作と演技力だった。
と、ほとんど蚊帳の外にしていた俺にモルガナイトが向き直り、机越しに右手を差し出してくる。
「では、改めましてアキラ・オダ殿。私はモルガナイト。アメリア様第一の臣下であり、生まれた瞬間からお側にいる者ですわ。以後よろしくお願いいたしますね」
「あ、ああ。よろしくな……」
俺と同じくらい大きいその手を握れば、握りつぶさんばかりに強く握られた。
「……」
「何か?」
「いや、何でもない」
思わずモルガナイトの顔を見れば、なんてことない顔でにっこりと微笑んでいる。
握手を放せば、指先に血が巡る感覚がした。どうやら血が止まるほどに圧迫されていたらしい。
アメリアに言われたから表面上は友好的に見せかけているだけで、俺をアメリアのそばから排除したい気持ちは消えていないのだろう。
「……上等だ」
俺は、売られた喧嘩は買うタイプである。




