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第291話 ~お出迎え~




 大陸が見えてからしばらくした後、飛行艇はようやく“大和の国”に到着した。自らの足で歩いているのならまだしも、十日間も船で過ごすというのはどこか落ち着かなかったのでようやくかという気持ちだ。海を渡るのに空路の方がある程度は安全だし楽ではあるんだけどな。

 おそらく多くの船が停泊できるはずの港には通達がされたのか船が一隻もなく、贅沢にぽっかりとあいた空間に飛行艇を横付けしている。



「すっごい見られてるんだけど、このまま降りて本当に大丈夫なんだよな?」



 海に着水することも陸に降りることも不可能な飛行艇からの下船方法は、空中でホバリング状態の船から飛び降りるしかないのだが、その着地地点周辺を“大和の国”の兵と思しき武装した集団が囲っていた。殺伐とした雰囲気は感じないのでおそらく囲っているだけだろうが、賓客の出迎えにしても数が多すぎる気がする。命令したのが誰かは知らないが、到着前に夜を先触れとして出したのがむしろ警戒されることになってしまっただろうか。


 さすがに戦争を止めるために首を突っ込みに来ましたなんて素直に言えないため、表向きの用件は獣人族領で保護したアマリリスの帰還とモルテで保護した人族の受け渡しになっている。今も眠っている人族三名の中に“大和の国”の民がいるのかは分からないが、いつまでもこの船に乗せておくわけにはいかない以上、確認して受け取ってもらうしかない。

 三人を起こして出身地を聞けばいいのだろうが、そうなるとアメリアのスキル『強制睡眠』が中途半端に途切れてしまう。そうなった場合再びかけなおすことができるのか、そして途中で解除して回復が完全ではない状態ですぐに起きれるのかという不安がある以上、やはり彼らのことはこのまま国に任せるしかない。眠っていてもらった方がこちらとしてもやりやすいというのももちろんある。

 ちなみについ先日目が覚めたネズミの獣人の男をはじめとした残りの獣人族たちは、俺たちをここに降ろして人族の受け渡しが終わったあと、クロウの埋葬へ行くノアたちと共に獣人族領に向かう。他の獣人族たちやリンガたちもそこで降ろす予定だ。



「戦時中なら当然の警戒だし、こっちにはアマリリスとモルテで保護したもしかすると“大和の国”出身かもしれない人間がいるんだから、余程の馬鹿じゃない限り攻撃やそういう対応はしてこない。いいからさっさと降りろ」



 船から少し顔を出した途端に集まる視線の多さに怯える佐藤を軽く蹴り飛ばす。気持ちは分かるが、ウジウジしたところで兵たちが帰ってくれるわけもなく、それにこちらの代表者として勇者である佐藤とエルフ族の王族であるアメリアの名前を出しているのだからさっさと出てくれなければ困る。

 というか、今更人族ごときに攻撃されたところで防御力的に俺もお前も痛くも痒くもないだろうに。



「うっ、分かったよ……」



 くしゃりと情けなく顔を歪める佐藤に俺は首を傾げる。

 学校では生徒会長として何百人いる全校生徒の前に出ることもあったから大勢の目に晒されるのは今更だろうに、俺たちと合流する前に“大和の国”に滞在していたと聞いたが余程嫌な目に遭ったのだろうか。


 まず佐藤たちとアマリリスが船から降り、次にアメリアと夜と共に俺が飛び降りた。

 ジールさんやノアは最後までついてくると渋っていたのだが、二人はレイティス国に縁深いため留守番組だ。飛行艇防衛のために他にもリアやラティスネイルやリンガたちにも残ってもらっている。いざとなったらリアの結界とソノラの土の壁でなんとかなるだろうし、ノアがいるからそのまま船を操縦して大陸から離れることも可能だ。その場合は交渉決裂ということなので、俺たちのことは気にせず眠った人族を乗せたままブルート大陸へ向かうように言ってある。“大和の国”が愚かな選択をしないことを祈るばかりだ。


 と、俺たちが船を降りたとき、周囲を囲っていた兵たちの空気がざわりと揺れた。俺たちに対してではなく、彼らは別の何かを見て動揺しているようだった。



「なんだ?」


「さあ?」



 首を傾げる俺たちをよそに、兵たちの間で囁き声が伝播していく。その中でしっかりとした声音は俺たちの元にまで響いた。



「おやまあ、引きこもりの神成様がお天道様の下に出てくるとは珍しい」


「それを言うなら、自警団隊長殿がこのような些事に顔を出すとは」


「些事かどうかは我らの主がお決めになることです」


「え~、ちょっとちょっと~! 同盟国エルフ関係はうちに一任されてるはずだけど? なーんでご丁寧に御三家とも関係者揃ってんの~?」



 船を囲んでいた鎧の群れがざっと左右に分かれ、その中心を三人の男女が進み出る。

 扇で口元を隠した女性と腰に刀を差した白髪が混じりの男性は和服で、もう一人の口調の軽くて化粧の濃い顔の俗に言うギャルのような女性はどこかの学校の制服のような服装をしていた。三者三様に個性的だ。漫画なら絶対に主要人物だよなこの人たち。



「な、なぜ御三家の方々がこちらに!?」


「罠かもしれぬというのに、誰もお止めしなかったのか!?」


「彼らはそれほど重要な方々なのだろうよ。我らだってどこへお連れしろとも命じられていないだろう」


「……あれが神成家のご当主様。僕初めて見た」


「ああ、俺もだ」



 兵たちの囁き声に耳を澄ませると、やはりあの三人はこの“大和の国”を治める御三家の関係者らしい。御三家とは神成家・月見家・木花家の三家を指す。

 となるとあの中の一人が俺がモルテで殺したカガミの親族がいる。俺は懐に入れていたカガミの形見を服の上から握った。必ず、かえさなければ。



「言い争っているのは神成家当主のミキ様と木花家直轄自警団隊長のカンゾウ様。そしてもう一人派手な方が月見家当主の妹君、ハヅキ様です。神成家と木花家は昔から意見が一致することがなくて、見ての通りあまり仲が良くありません」



 そっと後ろから紹介してくれるが、しっかりとした言葉とは裏腹に故郷のお偉い様が来たからか、アマリリスは俺たちの後ろで縮こまってしまっていた。

 ゆっくりと歩を進めた三人は俺たちの前に並ぶ。



「お初にお目にかかります。御三家の一柱神成家当主、神成ミキと申します。この度は我が国の民を救っていただきありがとうございました」


「木花家分家当主及び自警団隊長のカンゾウと申す。戦時中のため物々しい出迎えとなってしまい申し訳ないが、どうかご理解いただきたい」


「月見家当主代理、月見ハヅキでーす! とりま馬車を用意したんで、話し合いができる場所に移動しましょ~。この空飛ぶ船はここにいる彼らが見張っててくれますんで!」



 それぞれ個性的に名乗ってぺこりと頭を下げる三人にこちらは佐藤とアメリアが代表して自己紹介をした。なんかこの感じ懐かしいというか、久しぶりだな。日本っぽい仕草と顔つきに少し安心感が芽生えてしまった。

 移動は馬車らしく、用意されている場所まで月見ハヅキの先導で歩く。その間にすすっとアマリリスの方へカンゾウが寄ってきた。あれだけ存在感があったというのに周囲には気づかせない足運び、只者ではない。こいつが金ランク冒険者のうちの一人か? ちょっと手合わせしてもらえないだろうか。

 寄ってきた人にようやく気付いたアマリリスが彼を静止する前に、カンゾウは強面寄りの顔をほころばせてアマリリスに頭を下げた。



「おかえりなさいませ。ご無事でなによりですよ、アマリリスお嬢様」


「お嬢様!?」



 俺と同じくカンゾウに気づいていたのか、思わず反応してしまったアメリアの声に前を歩いていた数人が振り返り、注目されてしまったアマリリスはかぁっと顔を赤らめる。

 確かに、ただの草にも熱中し興奮する姿を見ているととてもお嬢様と呼ばれる立場だとは思わないよな。俺もてっきりアマリリスは“大和の国”出身の一般人だと思っていたのだが、この国でも重鎮の一人と思しき彼の態度を見る限りそうでもなさそうだ。



「あ、その……私の母はカンゾウ様とはまた別の木花家の分家の出でして、親類にあたるカンゾウ様には幼い頃から可愛がっていただいていたのです。カンゾウ様も、お嬢様はおやめください! 私はもうそのような幼子ではありません!」


「やだな、儂にとってはいつまでも小さくて可愛いアマリリスお嬢様なんでね、やめるつもりはありませんよ。……お嬢様がいなくなってお母上のウツギ様も大変心配しておられました。で、この後本丸へ皆さまをお連れしますがアマリリスお嬢様はどうします? このままお家に戻られるのなら別で護衛を付けますが」



 なるほど彼がこの場に来たのはこのためか。

 アマリリスも一応は当事者であるものの、これからの話合いに参加しなくてもなにも問題はない。それに、アマリリスとこの地で分かれるのはすでに船で話し合って決めていた。だから船を降りる前も留守番組のラティスネイルがアメリアとアマリリスを両手に抱きしめて離れなかったくらいだ。


 グラムに閉じ込められていた牢から出るときに言った“強化薬”の解毒剤はすでに完成したため、俺との約束は果たされたということになる。まだ投薬はできていないがそれは俺の役目だ。だからアマリリスにはもうこの船に乗っている理由がない。どれほどの期間グラムの元にいたのかは知らないが、美男美女コンテストで優勝したきり行方不明となっていたのならご家族も心配していることだろう。というかそうでなくても、これから戦火に巻き込まれに行く俺たちとこの世界出身の非戦闘員であるアマリリスを共に歩ませるわけにはいかない。魔族領まで連れて行っといて今更かもしれないけどな。

 だが家に帰るかという言葉にアマリリスは胸の前できゅっと拳を握って首を振った。



「いえ。私も共に参ります。大手を振って家族の元へ帰るためにも、サクヤ様に沙汰を下してもらわねばなりません」



 覚悟を決めたアマリリスの顔つきにカンゾウも目を瞬かせ、そしてふっとほほ笑んだ。



「儂には何のことかは分かりませんが、承知いたしました。サクヤ様も可愛がっていたアマリリスお嬢様に酷な仕打ちはしますまい。そう怖い顔せんと、ご安心くださいな」


「……ええ、そうですね」



 周囲を囲む兵たちは半分になって、一行は三台の馬車がある場所へたどり着いた。

 それぞれついている家紋が違っているのできっと御三家が一台ずつ出しているのだろう。ということは三手に分かれることになる。

 どう分かれて乗ろうかといったところで、少し問題が発生した。



「アメリア様はぜひ我が神成家にお越し願いたいのですが……」


「だーかーらー、エルフ族関係は月見家初代様の頃からうちに任されてるんだってば~。ミキっちも頭かったいな~」


「……ふふ、冗談ですよ」



 神成ミキと月見ハヅキがちょっとした言い合いのようなピリピリとした雰囲気を漂わせたのだ。アマリリスは神成家と木花家の仲が悪いと言っていたが、まさか月見家とも仲が悪いのだろうか。御三家と言いながら実質神成家の四面楚歌じゃないか?

 そう思いながらアマリリスを見ると、木花家の馬車に乗り込む寸前で足を止めポカンと口を開いて二人を見ていた。どうやらこれはこの国出身のアマリリスから見ても異様な光景だったらしい。



「俺は神成家の方へ行く。アメリアは夜を連れて月見家の方に乗ってくれ。念話で声をかけてくれれば何があっても駆け付けるから」



 あれを見た後だとアメリアには、我関せずでアマリリスと和やかに馬車に乗り込んだ木花家の方へ行ってほしいが、そうもいかなそうだ。外交って面倒だな。



「……分かった」


『承知した』



 少し不満気な様子のアメリアを夜に託し、俺は神成家の馬車へ向かった。何かあったときのために戦力を分散させたほうがいいと言ったのは佐藤だ。

 神成家の馬車に乗り込む京介と和木に続いてタラップに足をかけると、馬車のそばにいた神成ミキが俺の顔を見上げて目を瞬かせる。



「あら、あなたは……」


「織田晶だ」


「織田様。あなたはアメリア王女殿下の護衛だったのでは?」


「俺が? まさか」



 正直、アメリアの護衛役として振る舞ってはいるが、俺ではアメリアを守るのに役不足だろう。好きな女を守りたい気持ちはあるものの、彼女はそんなに弱い女ではない。

 それが何かと首を傾げると、神成ミキは目を瞬かせた。



「そう、なのですね。いえ、周囲を歩兵が囲んでいるとはいえ護衛の方がアメリア様から離れるとは思わなかったもので。失礼いたしました。どうぞお乗りください」



 頭を下げる神成ミキに頷いて俺は京介の隣に腰を下ろした。

 しばらくして神成ミキが和木の隣に乗り込み、馬車は出発する。

 元の世界の車や電車の揺れを最小限に工夫された乗り物に慣れていたせいか、揺れるし跳ねる馬車は最高に居心地が悪かった。魔法で何とかできないのかこれ。

 跳ねる度に声を上げていた和木は数分後には青い顔をして窓の外を眺めるだけになったし、腕を組んで目を閉じている京介も心なしか顔色が悪い。馬車という密閉空間だからか俺も少し気分が悪くなって窓の外を眺める。



「……もう戦争は始まっていたのか」



 レイティス国方面に複数の黒煙が立ち昇っていた。この距離だとおそらく国境ギリギリのあたりだろう。



「ええ。すでに六つあった国境の砦のうち二つが陥落し、敵軍に占領されたとの連絡を受けております。残りも時間の問題ですが、我らは引くわけにはいかないのです。……なんて、あなた方には関係のないことでした。どうかお忘れください」



 憂いを帯びた神成ミキの顔は次の瞬間には綺麗さっぱり消えた。統治者らしい顔の使い分けだ。

 これが、あの神成カガミの血縁か。



「ああ、そろそろですね。右手をご覧ください。あちらが我ら御三家の居城にして“大和の国”を統治する者が集う場所です」



 しばらくして神成ミキの声に顔を上げると、窓の外から青空に浮かぶような真っ白な城が見えた。レイティス城のような俺たちで言うところの海外の城ではなく、少し懐かしく感じる日本の城だ。これほど巨大な白色の城というと、



「…………姫路城では?」


「晶」



 思わず呟いた言葉に、今まで一言も話さなかった京介が窘めるように俺の名を呼ぶ。俺は口を閉じて肩を竦めた。まあ実際に姫路城を見たことはないから構造はまるっきり違っているかもしれないし、外観が白く塗られており現存している大きな城としか知らないのだが、京介の反応を見る限り彼らも同じことを思っていたのだろう。


 ガタガタと相変わらず揺れる馬車は城壁に囲まれた曲がりくねった幅の広い階段の横を通りながら徐々に速度を緩め、そして一際高い山の上に建てられた天守及び本丸前に停止した。



「そういえば言い忘れていましたわね。ようこそ“大和の国”へ、異邦の方々。この国の滞在が、皆様にとって良いものとなるようお祈り申し上げます」



 先に馬車を降りた神成ミキはそう言って俺たち三人にお手本のように綺麗な礼をした。しゃらりと音を立てて金の髪飾りが揺れる。


 顔を上げた彼女の瞳が一瞬昏く光ったような気がした。




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