第42話 ジークに導かれて
放課後の静かな廊下に、重い足取りの音が響いた。
一階職員室の扉が開き、疲れ切った顔のユティナがようやく姿を現す。
「やっと終わったよぉ〜……」
ネルヴィ先生の長いお説教を受けたあとで、すでに日も傾きかけている。
廊下の窓から見える外庭には、下校中の生徒や部活動に励む姿がちらほら。
「もう、アルマは帰っちゃったよね……」
肩を落としながら呟いたその時――
「くぅ〜ん」
小さな鳴き声が、どこからともなく聞こえてきた。
ユティナが首を傾げて周囲を見回すと、右肩にふわりと柔らかな重みが落ちた。
「えっ……ジーク!?」
彼女の肩に止まっていたのは、聖霊獣・ジークだった。
ジークは小さく鳴くと、甘えるようにユティナの頬へすり寄った。
「どうしてジークがここに……? 今日はレイと会う約束なんて、していなかったはずだけど……」
ユティナは記憶を辿るように、静かに思考を巡らせる。
だが、やはり今日、レイモンドと会う約束を交わした覚えはない。
それでも――普段は常にレイモンドのそばにいるジークが、ここにいるということは。
「……もしかして、今日レイも来てるの?」
そう尋ねた瞬間、ジークはユティナの肩から軽やかに飛び立ち、くるりと一度振り返ると――まるで「ついてこい」と言わんばかりに翼を広げ、風を切って飛び去った。
「ちょ、ちょっと待ってよ、ジーク!」
ユティナは慌てて駆け出し、その後を追った。
ジークは校舎の廊下を抜け、やがて外庭へと飛び出す。
そこに広がるのは、この学園の中心とも言える庭園だ。
中央の噴水を囲むように整えられたその景観は、初めて訪れる者なら思わず息を呑むだろうが――ここに通う者にとっては、見慣れた日常の一部でもある。
校舎を出て左へ進めば、威厳を湛えた聖凛館がすぐに目に入る。
その隣には学生寮と給仕寮が並び、さらに中初等部校舎との間を抜ける細道を辿れば、やがて訓練場へと続いている。
反対に右手へ視線を移せば、静謐な空気を纏った教会がある。
生徒や教員が祈りや禊のために訪れるその場所を越えた先には、高等部校舎がひっそりと佇んでいた。
日中であれば人の往来で賑わう場所だが、今は放課後。
庭に残る人影はまばらで、どこか静寂が漂っている。
その中を――ジークは迷いなく、外庭に面した教会へと向かって飛んでいった。
「教会……?」
ユティナは首をかしげながら、ジークの後を追って足を速める。
だが、ジークは教会の正面には入らず、そのまま建物の脇をすり抜けて奥へと飛んでいった。
「ジーク、本当にどこ行くの!?」
呼びかけにも応じることなく、ジークは迷いなく進んでいく。
やがて辿り着いたのは――教会の裏手。
そこには、長らく手入れされていないのか、背丈ほどもある雑草が鬱蒼と生い茂り、視界を覆い隠していた。
「うわぁ……なにここ……?」
思わず足を止めるユティナ。
その様子を確かめるように一瞬だけ振り返ったジークは、そのまま迷いなく、草むらの奥へと消えていく。
「ええ〜!? こんなとこ行くのぉぉぉぉ!」
半ば悲鳴じみた声を上げながらも、ユティナは恐る恐る視線を凝らす。
すると――不自然に草が途切れている場所があることに気付いた。
そこに近づき、足元を確認する。
「……道?」
そこには、雑草だけが綺麗に刈り払われ、古びた石畳の道がひっそり奥へと続いていた。
ユティナはしばらくその道を見つめ――やがて大きくため息をつく。
「はぁ……しょうがないか……。ジークも、この先に行っちゃったみたいだし……」
覚悟を決めるように小さく呟くと、ユティナは一歩、石畳へと足を踏み入れる。
そしてそのまま――静まり返った奥へと、進んでいった。
雑草に囲まれた道を進みながら、ユティナはジークの姿を探していた。
だが、背丈ほどもある草が四方を覆い、視界はひどく悪い。
どこを見ても緑に遮られ、気配すら掴みにくかった。
「ジ〜ク〜……どこ行ったの〜?」
呼びかけてみるが、返ってくるのは風に揺れる草の音だけ。
反応はない。
仕方なく、ユティナはそのまま道なりに歩き続けた。
やがて――しばらく進んだ先で、ふいに視界が開ける。
「……ここ……?」
そこは、小さな開けた空間だった。
そして、その中央にぽつんと佇んでいたのは――一つの建物。
古びた教会だった。
「……教会? こんなところに……」
苔むした外壁。ひび割れたステンドグラス。
長い年月、人の手が入っていないことは一目で分かる。
それなのに――どこか、懐かしいような温もりが、そこには確かにあった。
ふと、ユティナは違和感に気づく。
(……あれ……?)
ここへ来るまで、あれほど生い茂っていた雑草が――教会の周囲には、ほとんど見当たらない。
まるで、この場所だけが誰かの手によって守られているかのように、綺麗に整えられていた。
不思議に思いながら辺りを見渡した、その時――
「くぅ〜ん……」
かすかな鳴き声が、静寂を揺らした。
「ジーク……?」
その声は――教会の中から。
「……この中に、いるのかな……?」
戸惑いを滲ませながらも、ユティナはゆっくりと扉の前に立つ。
そして、ためらいがちに手を伸ばし――
そっと、扉に触れた。
――ギィィ。
錆びた音を立てて、扉がわずかに開いた。
「……開いた」
胸の鼓動を感じながら、恐る恐る中へ足を踏み入れる。
中は薄暗く、空気は少しひんやりとしている。
埃っぽい臭いの中、夕日が差し込むステンドグラスを通して、女神像が静かに光を浴びていた。
「……綺麗……」
思わず呟くユティナ。その声が小さく反響した、その時――
「その女神、今の女神像とは少し違うんだ」
「きゃぁっ!?」
突然の声に肩を跳ね上げるユティナ。振り向くと――
「レ、レイ……!? びっくりしたぁぁ!」
胸に手を当て、ほっと息を吐くユティナ。
そこに立っていたのは、申し訳なさそうに眉を下げた黒髪の少年――レイモンドだった。
その肩には、どこか得意げな表情のジークがちょこんと止まっている。
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだが……」
「ううん、大丈夫。ただ、ほんとにびっくりしただけで――」
言いかけて、ユティナは首を傾げる。
「……ていうかレイ、どうしてここに? 今日、会う約束なんてしてなかったよね?」
「それは……その……」
一瞬だけ視線を逸らし、レイモンドはどこか気まずそうに言葉を探す。
「実は、ユティを少し驚かせたくて……来たこと、内緒にしていたんだ」
「驚かせたくてって……」
ユティナはじとっとした目でレイモンドを見る。
「さっきので、もう十分驚いたんだけど?」
「いや、そういう意味の“驚かせる”じゃないんだが……!」
慌てて手を振るレイモンド。
その様子に、ユティナはますます首を傾げる。
「じゃあ、どういうこと……?」
まっすぐに向けられる視線に、レイモンドは言葉を詰まらせた。
わずかに視線を伏せ、何かを迷うような仕草を見せる。
やがて小さく息を吐き――
「……見てもらったほうが早いかもしれない。ユティ、こっちへ来てくれ」
そう言って、レイモンドは静かに歩き出した。
「え、あ、うん……?」
ユティナは戸惑いながらも、その背を追う。
足を踏み入れたのは、静まり返る教会の奥。
長い年月を刻んだ石造りの廊下は、静寂に満ちていた。
その中で、二人の足音だけが不自然なほど大きく反響する。
(こんなところに……?)
胸の奥が、わずかにざわつく。
けれど同時に――理由のわからない期待も、静かに膨らんでいった。
「ねえ……ここって、何なの?」
ユティナは周囲を見回しながら、前を歩くレイモンドに声をかける。
レイモンドは足を止めることなく、淡々と答えた。
「ああ。ここはレディア聖院女学園の旧教会だ。
学園創立の頃に建てられた建物でね。今は新しい教会が使われているから、ここは役目を終えている」
わずかに視線を巡らせながら、言葉を続ける。
「とはいえ完全に放置されているわけじゃない。管理は続いていて、一部の部屋は備品倉庫として使われているんだ」
「へぇ……知らなかった。こんな場所、初めて見たよ」
感心したように呟くユティナに、レイモンドは小さく肩をすくめる。
「普段は教員以外立ち入り禁止だからな。知らなくても無理はないさ」
「でも……勝手に入って大丈夫なの?」
少しだけ声を潜めて問うユティナ。
その問いに、レイモンドはあっさりと答えた。
「問題ない。ちゃんと学園長の許可は取ってある」
「えっ? 学園長から……!? レイって一体……」
思わず足を止めかけるユティナ。
だがその時――
「……ここだ」
レイモンドが、ふと足を止めた。
その視線の先にあったのは――ひとつの扉。
周囲のものよりも、ひときわ古びた木製の扉だった。
長い年月に晒されながらも、そこに在り続けてきたことを物語っている。
まるで――誰にも触れられないままの時間が、その内側に閉じ込められているかのようだった。
「……この部屋に、ユティに見てもらいたいものがあるんだ」
そう静かに告げると、レイモンドはドアノブに手をかける。
わずかに軋む音。
――キィィ……。
重く、ゆっくりと扉が開かれていく。
ユティナは思わず息を呑みながら、その先へと視線を向けた。
そこに何があるのか――
胸の奥で、小さな期待が膨らんでいくのを感じながら。
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