第37話 聖霊の儀
聖霊の儀は静かに進んでいた。
一人、また一人と生徒たちの手にある聖晶花が淡く光り、蕾をほころばせていく。
だが——空気の奥底に、どこか物足りぬようなざわめきがあった。
いまだ一体として、聖霊獣の影は現れない。
「次——アルマ・シェルフィード」
「っ……はい!」
名を呼ばれた瞬間、アルマの肩がぴくりと揺れる。
深く息を吸い込み、緊張を抱えたままカトリット先生の前へと進んだ。
「シェルフィードさん。聖晶花に魔力を注いで下さい」
「はい……!」
手に握る聖晶花は、ひんやりとしていた。アルマはその中心へ、そっと魔力を流し込む。
脈動。
花弁が心臓を持ったように鼓動し、淡い光が波紋のように広がった。
やがて、花は静かに、しかし確かな意志を持つように開花する——。
その瞬間、風が爆ぜた。
「きゃっ……!」
その場に突風が巻き起こり、アルマの手から花がふわりと離れ、空中へ舞い上がる。
誰かの呟きも、衣擦れの音も、すべてが風にさらわれ消えていく。
——煌めき。
聖晶花はまぶしい光に包まれ、やがて完全に姿を失う。
そしてそこに現れたのは——。
白い、気高い豹。
アルマの背丈ほどの巨躯。雪原のような純白の毛並み。
そして何より目を奪ったのは、その頬から伸びる 二本の長い霊髭。
髭の先端には青い宝石のような核が揺らめき、尾のように優雅にしなるたび、空気が震える。
「え……これって……?」
アルマの声は震えていた。
周囲の生徒たちも、ただ息を呑むばかり。
「ま、まさか……」
「嘘……聖霊獣……!?」
ざわつきが一気に広がる。
「聖霊獣クァール……!」
カトリット先生が息を飲むように言った。
「雷の力を宿す高位の聖霊獣です。アルマさん——おめでとうございます。無事、みそめられましたね。まさか一回目の儀式で現れるなんて……!」
「わ、私が……?」
「さぁ、この聖霊獣に名前を」
「は、はい……!」
アルマは緊張と感動で胸をいっぱいにしながら、白い豹を見上げる。
その青い瞳は、確かに彼女だけを映していた。
「じゃ……『トリス』」
名を告げた瞬間、聖霊獣は柔らかい光の粒へと姿を変え、旋風のようにアルマの身体へ吸い込まれていく。
「——っ!」
胸の奥が熱くなり、右手の甲が強く光る。
淡い痛みとともに、そこに印が刻まれた。
「これ……印……?」
「はい――それが契約の証、《聖印》です。聖霊獣との契約が成立すると、身体のどこかに刻まれます。多くは手や足ですが……稀に、背中や胸などの目立たない場所に現れることもあります」
一拍置き、ブレア先生は穏やかな微笑みを浮かべた。
「それは、聖霊獣との絆が確かに結ばれた証。あなたと聖霊獣の繋がりが、その身に刻み込まれたのですよ」
アルマの右手に浮かぶ黄色の聖印は、確かにクァールの姿を象っていた。
「……っ、ありがとうございます……!」
涙混じりの笑顔で頭を下げるアルマ。
その瞬間、儀式場全体が、初めて本物の聖霊の気配に震えていた。
アルマが戻ってくると、待ち構えていたユティナが真っ先に駆け寄ってきた。
「アルマ、すごいよ! 一回目で契約できちゃうなんて……!」
目をきらきらさせているユティナに、アルマは照れたように笑う。
「あはは……ありがとう、ユティ」
その隣でマリアベルも、珍しく目を丸くしていた。
「流石……アルマさん、といったところでしょうか」
「え、えっと……ありがと、マリアベルさん」
「べ、別に深い意味はありませんわ。ただ、思ったことを言っただけですの!」
そう言いながらプイッと横を向くマリアベル。
だがその耳は赤く染まり、どう見ても照れている。
和やかな空気が流れたその時——。
「え……うそ……!?」
再びその場に驚きの声が響いた。
声の主は緑髪のおさげの少女、カルノーラ。
両手を胸の前に当て、信じられないという表情で固まっている。
「驚きましたね……まさか二人目が現れるとは」
カトリット先生までもが息を呑む。
カルノーラの前には、茶色いふわふわの毛をした手のひらサイズの熊の聖霊獣がちょこんと立っていた。
背中には小さな羽が二枚。ふわふわと羽ばたくたび、土の香りと温かさが周囲に広がる。
「聖霊獣グラントベアー。姿は小さくとも、強大な地の力を宿す聖霊獣です。さぁ、マイティニアスさん、この子に名前を」
「は、はい……! えっと……じゃあ……『ブラウニー』」
名を告げた次の瞬間、アルマの時と同様に熊の聖霊獣は光の粒へと変わり、カルノーラの身体へゆっくりと吸い込まれていく。
温かい光が少女を包み、やがて右太ももに 聖霊獣を象った茶色の聖印 が浮かび上がった。
「無事、契約できましたね。おめでとうございます」
「あ……ありがとうございます……」
小さく頭を下げ、緊張を隠せないまま、そのままカルノーラは友人ナーノのもとに戻る。
「すごいよ、カルノーラちゃん!」
ナーノは両手でカルノーラの手を取り、満面の笑みを見せた。
「あ……ありがとう、ナーノ……」
「いいなぁ……私出なかったし、ちょっと羨ましいよ」
「そ、そんな! 羨ましがるようなことじゃないよ……! わ、私だってまだ信じられなくて……!」
声は震えているのに、瞳だけは嬉しさで輝いている。
その姿に、ナーノはふっと優しく微笑んだ。
「そっか。でも……おめでとう、カルノーラちゃん」
「……うん。ありがとう、ナーノ」
緊張にこわばっていたカルノーラの頬に、ようやく柔らかい笑みが戻った。
こうして、同じ日に二人の聖霊獣契約者が現れるという、学院でも滅多にない出来事に儀式場は再びざわめき始めたのだった。
「次、マリアベル・ランカスター」
「はい!」
呼ばれた瞬間、マリアベルの金色の髪が軽く揺れる。
「マリー、頑張って!」
ユティナが大きく手を振って声援を送る。
「頑張るも何もありませんわ……」
ため息こそ混じっていたが、その横顔はどこか誇らしげで、柔らかな笑みさえ浮かんでいた。
マリアベルは真っ直ぐにカトリット先生の前へ歩み出る。
「では、ランカスターさん。始めてください」
「……はい」
その瞬間、マリアベルの表情に緊張が走る。
手に持つ聖晶花へ、慎重に魔力を流し込む。
——脈動。
花が淡い青光を放った途端、儀式場の温度が一瞬下がったように感じられた。
そして——空気が震える。
「お、驚きました……! このクラスから三人も聖霊獣にみそめられるなんて……!」
先生の声が上ずるほどの珍しい出来事。
「こ……これが、私の……聖霊獣……?」
マリアベルが見上げた先にいたのは——。
鷹ほどの大きさの、美しい青の霊鳥。
仄かな冷気をまとい、尾羽は三本に分かれて流れるように揺れている。
羽ばたくたび、氷の粒が空気中に溶けていった。
「これは……聖霊獣フロストフェニックス。氷と再生を司る、希少とされる聖霊獣です….。ランカスターさん——この子に名前を」
「は……はい。では……『ヒプノ』」
名が告げられた瞬間、霊鳥は柔らかな光の粒へと姿を変え、マリアベルの胸元へ吸い込まれていく。
「……っ!」
マリアベルは思わず左胸に手を当てた。
服を少しだけ捲ると、左胸の上に 美しい氷色の聖印 が浮かび上がっていた。
「どうやら無事に契約できたようですね」
「は、はい……!」
頬を赤くしながら返事をし、マリアベルはユティナ達の方へ戻っていく。
歩くたび、周囲から賞賛の声が上がった。
「流石マリアベル様……!」
「あの霊鳥、すごく綺麗だったわ……」
「アルマさんに続いてマリアベルさんも……本当にすごい!」
一方で、生徒の中には期待を高める声も増えていた。
「もしかしたら……次は私にも……」
「三人も出たのだから、私にも来てくれるかも……!」
ざわめきの中、次々と名前が呼ばれていく。
マリアベルがユティナのところへ戻ると、ユティナは目を輝かせて叫んだ。
「すごい! マリーにも聖霊獣が出てくるなんて!」
「ふふん♪ 当然ですわ」
胸を張り、満足げに微笑むマリアベル。
だがその耳先は、うっすら赤く染まっていた。
「マリアベルさんの……フロストフェニックス、だっけ? 本当に綺麗だったね」
アルマが興奮気味に言うと、ユティナも大きく頷く。
「うん! でもさ……聖印ってどこに出たの? 見た感じ、どこにも無さそうなんだけど?」
「う……そ、それは……」
マリアベルの目が泳ぐ。
ユティナが首をかしげながら、さらに近づいた。
「もしかして……契約失敗した?」
「そ、そんなわけありませんでしょうっ!!」
慌てて否定するマリアベルの顔は、真っ赤だった。
「えー? じゃあ、どこに出たの?」
「う……ひ、左……」
「ん? 左……?」
ユティナがますます首を傾げた瞬間——。
「〜〜っ!! ひ、左胸の上ですわ!!」
マリアベルは羞恥心に耐えられず、ほとんど叫ぶように告白した。
「えっ、胸の上!?」
ユティナの目が丸くなる。
「そ、そうですわよ……!」
怒りとも照れともつかない震え声。
ユティナは一拍置いて——なぜか満面の笑みで拳を握りしめた。
「なんかエロいね!!」
「言うと思いましたわ!! だから言いたくなかったのですの!!」
マリアベルが顔を真っ赤にして叫ぶ。
そのやり取りは周囲の生徒にも丸聞こえだった。
(マリアベルさんの聖印、胸にあるんだ……ちょ、ちょっと色っぽすぎ……)
(何かこっちまで恥ずかしくなってきた……)
(胸は……さすがに……。私のは別の場所に出てほしい……)
などと、心の中でざわめきが広がる。
興奮、羨望、戸惑い——さまざまな感情が入り混じった空気が流れた。
その後も聖霊の儀は続いたが、三人のインパクトが強すぎたのか、マリアベル以降、聖霊獣が現れることはなかった。
やがて、その場に緊張が戻る。
——残り、あと一人。
視線が一斉に最後の生徒へと向けられた。
「では、最後に——ユティナ・ハーリット」
「やっと私の番だ! じゃ、行ってくるね!」
ユティナは軽く手を上げ、明るい声でその場を離れた。
「頑張ってね、ユティ!」
アルマが大きく声援を送る。
しかし――
マリアベルだけは、駆けていくユティナを黙って見送っていた。
その瞳は真剣で、笑顔はない。
胸の奥に引っかかる、拭いきれない不安を映すように、彼女はその姿が見えなくなるまで目を離さなかった。
ユティナがカトリット先生の前へ立つ。
一クラス最後の生徒ということもあり、自然と全員の視線が集中する。
だが——。
「見て、あの落ちこぼれもやるんですって」
「どうせ無駄でしょうに」
「聖霊獣がみそめる? 笑わせないでくださいな」
「そもそも、花を咲かせられるのかしら」
期待ではなく、嘲笑。
その声は、張りつめた空気の中で異様に大きく響いた。
(うわぁ〜……言われ放題ね、相変わらず。まあ……確かに、私も都合よくいくなんて思ってないけどさ。でも——)
ユティナは胸の前で拳をぎゅっと握った。
(でも、契約しなきゃ聖女への道は開かれないんだよね。だったら、やるしかないじゃない!)
自分自身を奮い立たせるように、小さくガッツポーズを取る。
「それではユティナさん。聖晶花に魔力を」
「は、はい!」
ユティナはポーチから花を取り出し、丁寧に両手で包み込む。
祈るように目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
(来い……来い、私の聖霊獣……! はぁぁぁぁぁぁぁっ!!)
魔力を注ぎ込むと、聖晶花はふるりと震え、ゆっくりと開き始める。
(よしっ! まずは花が咲いた! 第一関門突破!)
ユティナの目に希望の光が宿る。
——だが。
「…………」
花はただ静かに光を放つだけで、空間に変化は訪れなかった。
「はい、どうやら来なかったようですね。戻っていいですよ、ハーリットさん」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! もう終わりですか!?」
ユティナが思わず声を上げる。
しかし、先生の表情はどこか冷たかった。
「はい。終わりです。戻りなさい」
無情な宣告に、ユティナの肩がしゅんと落ちる。
足取りも重く、アルマ達の元へと戻っていく。
「ほらね、言ったとおり時間の無駄」
「落ちこぼれに聖霊獣? あり得ませんわ」
「花が咲いたのだって奇跡よね」
容赦なく刺さる嘲りの声。
ユティナを見る周囲の視線は、どれも冷たかった。
笑い声、ひそひそ声、蔑み——。
その全てが、ユティナの背中に重くのしかかっていた。
「アルマ〜……ダメだったぁぁ……」
最後の力が抜けたみたいに、ユティナはふらふらと戻ってきて、そのままアルマに抱きついた。
目の端が少し潤んでいるのが、彼女の“強がり屋だけど少し繊細”なところを物語っている。
「ユティ……よしよし、大丈夫だよ」
アルマは優しく背を撫でながら、落ち込む友達を支えるように言った。
「だってカトリット先生も言ってたでしょ。“この一回の実習だけで全部決まるわけじゃない”って。だからさ、次も一緒に頑張ろ?」
その言葉に、ユティナの耳がぴくっと反応する。
「……そっか……!」
ぱっと顔を上げると、さっきまでしょんぼりしていたのが嘘みたいに、拳をぎゅっと握って気合いを入れた。
「よーし!次こそは絶対つかんでみせるんだからっ!」
その切り替えの速さに、マリアベルはこめかみに手を当ててため息をつく。
「ほ、本当に立ち直りが早すぎますわ……。少しは落ち込むという概念を覚えた方がいいのではなくて?」
呆れ声ではあるが、どこか安心したような色も混じっていた。
「はい、これで本日の野外実習は終了です。皆さん、お疲れ様でした。最後に、今日の実習で魔石を手に入れた方はこちらまで持ってきて下さい」
カトリットの声が響く。
夕暮れの森の空気がゆるりと緩み、生徒たちの間に一気に安堵が広がった。
ユティナは背筋を伸ばすと、気合いの入った顔でうんと頷く。
(今度こそ……絶対に!)
その小さな決意の炎は、周囲の嘲笑よりずっとずっと強く、確かに胸の奥で燃え続けていた。
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