第36話 聖力
静密の森の入口に、凛としたカトリット先生の声が響き渡った。
「それでは皆さんに質問をします。魔法と聖魔法の違いは何ですか?」
カトリット先生は静かに生徒たちを見回した。
視線が止まったのは、緊張で背筋を伸ばしているミノラードだった。
「では、ミノラードさん。答えられますか?」
「は、はい…!」
ナーノの赤いリボンがぴくりと揺れる。深呼吸してから、丁寧に言葉を紡いだ。
「えっと…魔法は魔力を外界へ放ち、意思の形に変えて現象を起こす技術で、聖魔法は祈りや信仰で得た力を魔力に込めて、同じように現象を起こす技術…です」
カトリット先生は満足そうに頷いた。
「素晴らしい。まさにその通りです。祈りや信仰で得る力――これを我々は“聖力”と呼びます。そして聖魔法を使うには、この聖力を自分の魔力に重ね合わせる必要があります」
そこで先生は視線を後方へ向けた。
「では、この“聖力”とは一体何の力なのでしょう?……ハーリットさん、答えられますか?」
「え、私!?」
ユティナは思いきり目を見開く。
周囲の生徒たちがクスクスと笑う中、彼女は慌てて考えた。
(聖力って魔族にとって無縁だったからよくわかんないんだよねー。うーん……祈りとか信仰とかから得られる力、ってことは……心の力? 心が強いと強くなる?つまり……思い込み? だったら――)
「妄想力です!」
「違います」
即答で切り捨てられ、ユティナはしゅんと肩を落とした。
「あぅ…」
カトリット先生は額に手を当てながら、小さくため息をつく。
「では、ランカスターさん。答えられますか?」
「はい」
マリアベルは凛とした立ち姿で答え始めた。
迷いのない口調は、家柄ゆえの教育と彼女自身の努力によるものだ。
「私たち人間は祈りや女神への信仰心を“聖霊”に捧げ、聖霊はその見返りとして私たちに力を授けます。その聖霊が与える力――それが聖力です」
カトリット先生は満足げに頷いた。
「その通りです。皆さんも知っての通り、この世界には目に見えぬ存在――“聖霊”がいます。我々は祈りや信仰を聖霊に供与することで、わずかながら聖力を受け取り、聖魔法を行使します」
先生は一歩前へ進み、生徒たちの視線を引き込むように語り続けた。
「ですが――聖霊から得られる聖力は非常に微量です。私のように聖教会に務める修道女が行使する程度の聖魔法なら問題ありません。
ですが、“聖女”が使う
・聖結界
・再生治癒術
・広範囲浄化魔法
などは、多くの魔力と桁違いの膨大な聖力を必要とします」
“聖女”という単語が出た瞬間、クラスの空気がぴんと張りつめた。
ユティナも思わず息を飲む。
「当然ですが――聖霊から得られる聖力だけでは、到底発動すら不可能です」
先生は、生徒全員を見渡した。
その目は、重大な秘密に触れようとする者のそれだった。
「では、どうするのか――」
その場がしんと静まり返る。
誰もが続きを待っている。
アルマやマリアベルでさえ、無意識に背筋を伸ばしていた。
カトリット先生は、ゆっくりと言葉を落とす。
カトリット先生は、ざわめきが完全に静まるのを待ってから、ゆっくりと語り始めた。
「――それは、聖霊獣と契約を結ぶことです」
その一言で、生徒たちは息を呑んだ。
“聖霊獣”という名に、その場の空気がぐっと重くなる。
「聖霊獣は聖霊よりも上位の存在。聖霊とは比べものにならないほど、圧倒的な聖力をその身に宿しています。しかし――皆さんも知っている通り、その姿を人前に現すことは極めて稀です」
先生はその場を見渡し、ひとつ深く頷いた。
「ですが、その聖霊獣に“会うための唯一の道”が存在します。それが――聖霊の儀です」
再びざわめきが起きかけたが、先生が続けると生徒は静まり返った。
「そして、この“聖霊の儀”に欠かせないのが……皆さんが静密の森で手に入れてきた――聖晶花です」
ユティナをはじめ、ほとんどの生徒が条件反射のように自分の手に持つ花を見る。
「聖晶花は、魔力が注がれることで初めて咲く花。
聖霊獣は、この花に宿った魔力を好むのです」
生徒たちは、驚きと緊張が入り混じった顔で花を見つめる。
「ここ、静密の森は——古くから“聖霊が最も近くにいる場所”とされてきました。この神聖な地で聖晶花を咲かせ、聖霊獣と契約を結ぶ。それこそが、皆さんがこれから臨む《聖霊の儀》です」
カトリットは静かに、生徒たちを見渡しながら続ける。
「そして、これから皆さんには、それぞれ聖晶花に魔力を注ぎ込み、花を咲かせてもらいます。そして――咲いた花に宿った魔力が“聖霊獣に見そめられれば”、聖霊獣は皆さんの前に姿を現し、契約を交わすことができるでしょう」
そこまで言うと、その場は完全に静まり返った。
自分の一挙一動で将来が決まる――そんな重圧が流れ始める。
カトリット先生は、生徒たちの緊張を受け止めるように、静かに告げた。
「……しかし、勘違いしないでください」
一拍置き、言葉に重みを乗せる。
「たとえこの儀式であっても――“契約することは極めて困難”です。花が咲いたからといって聖霊獣は皆さんの目の前に姿を現すとは限りません」
生徒たちの間に、どよめきが広がった。
「えっ…そんなに…」
「花を咲かせただけじゃダメなの…?」
「じゃあ聖女って……」
ユティナも、咲かせるだけで大変そうだと思っていたため、口をぽかんと開けていた。
先生は静かに締めくくった。
「皆さんは、これから“選ばれる側”に立ちます。聖霊獣が皆さんを選ぶのか、選ばないのか――それを決めるのは、あなたたち自身の心と魔力の在り方です」
次の瞬間、生徒たちが聖晶花のぎゅっと握りしめていた。
カトリット先生は、生徒たちの緊張を見届けるように一度息を整えた。
その声音は、さきほどまでとは違い――
どこか含みのある、深いものへと変わる。
「そして……これからお伝えすることが、最も重要です」
その場が一気に静寂へと沈む。
「聖霊獣は“女性”の前にしか現れないと言われています」
生徒たちは神妙な顔つきで聞き入った。
だが、先生の次の言葉が、さらに強烈な衝撃をもたらした。
「そして――聖霊獣は“成人女性”の前には絶対に現れないとされています」
空気が変わった。
ただの教義や知識ではなく、“現実としての残酷さ”が含まれている。
「彼らが姿を見せるのは――“少女から女性へ移りゆく時期”、つまり12歳から15歳の間だけです」
息を呑む音が、そこかしこから漏れた。
「つまり、この中等部の期間に聖霊獣との契約を果たせなければ…」
先生は言葉を区切り、静かに告げる。
「――高等部へ進むことはできません」
どよめきが爆発した。
「えっ……進学できない!?」
「そんな……!」
「契約できなかったら……?じゃあ、うちの家は……!」
不安、恐怖、焦り、怒り。
さまざまな感情が渦巻く。
生徒たちの質問が一斉に飛び交い、混乱すら起きかける。
「先生!どうして12歳から15歳なんですか!?」
「成人したら本当に聖霊獣は来ないんですか!?」
カトリット先生は両手を軽く上げ、混乱を鎮めるように優しくも強い声で答えた。
「お気持ちは分かります。――わかっていることは、“例外がない”という事実だけです」
その言葉は生徒たちの空気を一瞬で凍りつかせた。
「十二歳から十五歳でなければならない理由は、今だに解明されていません。成人女性に現れない理由も……同じです。ただ、数百年にわたる記録の中で“例外は一度も確認されていない”のです。つまり、これを事実として受け入れなければならない規則なのです」
誰も声を出せなかった。
その瞬間、その場のざわめきは完全に止み、誰もが未来と向き合わざるを得ない静寂が訪れた。
絶望と緊張が充満する中――
ただ一人、ユティナだけはのんびりとした表情だった。
(へぇ〜、そうなんだ。この時代って聖霊獣って珍しかったんだ)
周囲が青ざめている中、彼女は腕を組んで、のんきに思考を巡らせていた。
(レイとか普通にジークを連れてたから、そんなに貴重って思ってなかったなぁ。それに、男の人の前には現れないんだ……へぇ〜……ってあれ? レイには聖霊獣のジークが居たよね? なんで? もしかして……レイって女の子……? いや、そんなことはないか。じゃぁ、レイって結構レアな存在とか……?)
「……レア……?」と小声で呟いてしまい、近くの生徒が怪訝そうに振り返る。
ユティナは気にせず考え続けた。
(聖霊獣ねー……あんまり実感ないんだよね。そもそも転生前にも、聖霊獣には何回か会ったことあるし……あ、でもよく考えたら会ったの全部“子供の時”だ! そう思うと……今とあまり変わらないのかも?)
自分ひとりで「なるほど〜」と軽く頷いている。
周りの生徒たちが
「失敗したら高等部に行けないって……」
「どうしよう……手が震える……」
と深刻な会話をしているのとあまりに違っていた。
そんな周囲の戸惑いも知らず、ユティナは聖晶花の入ったポーチバックをぽよんと軽く揺らしながら、
(ま、なんとかなるよね)
と心の中で呑気にまとめていた。
そんな空気を断ち切るように、カトリット先生の声がその場に響く。
「――それでは、これより“聖霊の儀”を始めます。
名前を呼ばれた者は前へ」
その瞬間、生徒達の間に緊張が走った。
花を握る手が震える者、祈るように胸元を押さえる者、真っ青な顔で花を抱きしめる者。
空気が重く張り詰めていく。
ただ一人、ユティナだけが
(それより順番いつかな〜)
と、まるでお祭りの出番を待つようにわくわくしていた。
こうして、運命を左右する“聖霊の儀”がついに幕を開ける――。
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