表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ聖女候補に転生した魔王は静かな隠居暮らしを目指す~今度こそブラックな人生はごめんです!~  作者: あんずのかおり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/35

第35話 聖晶花

静密の森の入り口には、夕刻の制限時間が迫るにつれ、次々と生徒たちが戻ってきていた。


やがて――カーン、カーン、と帰還を知らせる鐘が澄んだ音を響かせる。


「無事に見つかった?」

「なんとかね〜!もう足ガクガクだけど!」

「本当に……見つかってよかったですわ」

「はぁ……結局見つからなかった。どうなるのかな……」

「私……。もう聖女にはなれないのかも……」


手にした聖晶花を胸に抱いて安堵する者。

見つけられず、肩を落として立ち尽くす者。


森の入口には、安堵と落胆が入り混じったざわめきが、夕暮れの空気に揺れていた。


――しかしその和やかな雰囲気を切り裂くように、一人の生徒が思い出したように声を上げた。


「ねぇ、そういえば…さっき森の奥からすごい爆発音しなかった?」

「あったあった!地面まで揺れた気がしたし、その後も変な音が何回もしてたよね」

「先生たちも入口にいないし…何かあったのかな?」


ざわつきが走る。


生徒たちは不安そうに顔を見合わせ、それぞれに勝手な想像を巡らせていた。


――ただし、それが“何だったのか”を知る者は、この場にたった一人だけ。


カルノーラ・マイティニアス。


少し離れた木陰に、緑髪を二つに編んだ小柄な少女がひっそりと立っていた。


壊れた伊達メガネにはひびが入り、レンズは半分落ちかけている。


制服はところどころ焼け焦げ、裾は裂け、土埃がこびりついていた。


その姿がすべてを物語っていたが、彼女は誰に説明することもなく、ただ静かに息を整えていた。


――そこへ。


「あ、カルノーラちゃん……って、えっ、ちょっと! その姿どうしたの!?」


ぱたぱたと駆け寄ってくる足音。


顔を上げたカルノーラの視界に飛び込んできたのは、淡いピンクのゆるふわボフヘアー。


大きな赤いリボンのカチューシャが揺れ、青い瞳をぱっちり見開いている少女――ナーノ・ミノラードだった。


「あ…ナーノ」


ナーノはボロボロになった制服を着ているカルノーラを見て、目を丸くし、心底心配そうに声を震わせた。


「カルノーラちゃん…本当に、どうしたの?」


その問いかけに、カルノーラはほんの少しだけ視線を逸らし――小さく、かすかに笑った。


ナーノはカルノーラにとって大切な友人だった。


大人しく控えめなカルノーラとは対照的に、ナーノは明るく、人懐っこい。


二人は性格こそ正反対――それなのに、いつも一緒にいる不思議な組み合わせだった。


だがその組み合わせには、ちゃんと理由がある。


それは、とある昼休みのこと。


カルノーラが教室の隅で静かに本を閉じた時、影がさすほどの勢いでナーノがすっと隣に立った。


「ねえ、カルノーラさん。一緒にお昼、食べない?」


あまりに自然で、押し付けがましさの一切ない笑顔だった。


カルノーラは思わず言葉を飲み込み――気づけば頷いていた。


ナーノは明るいけれど、無遠慮に相手の心に踏み込んだりはしない。


距離を置きがちなカルノーラの心に、そっと触れるだけの優しさがあった。


その日から、気づけば二人は当たり前のように隣に座り、同じ方角を見て笑うようになった。


ナーノにとってカルノーラは、

――自分の騒がしさを嫌な顔ひとつせず受け止め、疲れた時はそっと心を落ち着かせてくれる大切な友達。


カルノーラにとってナーノは、

――自分にはない行動力と社交性を持ち、“まぶしいのに不思議と暖かい”憧れのような存在。


性格は対極でも、根っこにある“優しさ”が同じだから。


互いに足りないものを補い合えるから。


――だから二人は、いつの間にか最高の友達になっていた。


「制服ボロボロじゃん! メガネも割れてるし!」


「えっと……転んじゃって……」


カルノーラは気まずそうに視線を逸らし、かろうじて笑みを作る。


「え、転んだだけでここまで!? 転び方どうしたの!?」


「は、ははは……すごい勢いで転んじゃって……」


(――本当のことは、先生に言わないようにって言われたし……)


胸の内でそっと呟く。


カルノーラはあの時の事を思い出す。


熊型の魔物に襲われていた所をアルマに助けられた。


そして、アルマが身を挺して魔物の注意を引き、自分に逃げ道を作ってくれた。


そのおかげで、カルノーラは森の奥からなんとか逃げ延びたのだ。


震える足で必死に走り抜けた先――

森の異常な爆音を聞きつけて駆けつけたカトリット先生たちと鉢合わせた。


状況を訴えるカルノーラの声は震えていた。


「アルマさんが……まだあそこに……!」


事情を聞き終えると、カトリット先生は険しい顔で頷き、静かに告げた。


「この事は他言しないでください。無用な混乱を招きます。あなたは直ちに入口へ戻りなさい。森の外なら安全です」


そう言い残し、先生たちは足早に森の奥へ消えていった。


カルノーラには、その背中があまりに頼もしく、そして遠く感じられた。


そして――


入口に戻ったカルノーラは、まだ帰らぬ先生たち、そしてあの場に残してきてしまったアルマの帰りを、不安を胸いっぱいに抱えながら、ただひたすら待っていたのだった。


しばらくすると、ざわつく生徒たちの中からひときわ大きな声が上がった。


「あ、先生達だ!」


その声にカルノーラはピクリと反応し、素早く森の方へ視線を向けた。


木々の間から現れたのは、カトリット先生を筆頭に、アニヤ先生、ブレア先生。


そして、マリアベルとユティナの姿もある。


――その少し後ろ。

ふわりと揺れる栗色のボブヘアーが目に入り、カルノーラの胸が跳ねた。


「……あっ!」


アルマの姿を見つけた瞬間、カルノーラの足は勝手に動いていた。


「え、カルノーラちゃん!?」

突然走り出した友人に、ナーノが慌てて声を上げる。


 カルノーラは構わず森の方へ駆け寄り、息を弾ませながら声を張った。


「アルマさん!」


名を呼ばれたアルマは、驚いたように目を丸くし、すぐに表情を緩めた。


「あ、カルノーラさん! 無事だったんだね」


「うん……アルマさんのおかげだよ。それより、アルマさんこそ怪我は!?」


「大丈夫。ブレア先生が治してくれたから」


その言葉を聞くや、カルノーラの肩の力がふっと抜けた。胸の奥で張りつめていた不安が、ようやく解けていく。


「よかった……本当に、よかった……」


そして、悔しさと申し訳なさが同時にこみ上げてきたのか、カルノーラはぎゅっと拳を握りしめた。


「あ、あの……あの時は、本当にごめんなさい! 状況が状況だったとはいえ、私……!」


必死に頭を下げるカルノーラに、アルマはすぐさま首を横に振った。


「ううん。気にしないで。あれは……ああするしかなかったんだよ。カルノーラさんが無事で、本当に良かった」


その真っ直ぐな優しさに、カルノーラの胸が熱くなる。


「アルマさん……本当に、ありがとう……」


彼女は深く、深く頭を下げた。


少し離れたところで、その様子をナーノがそっと見つめていた。


心配そうに眉を下げつつも、どこか信頼するような柔らかい眼差し。


(アルマさんと何かあったのかな……? まあ……カルノーラちゃんが話したくなったら、きっと教えてくれるよね)


ナーノはそう思い、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。


どこまでも友達想いの、優しい少女だ。


――と、その時。


「さて、皆さん、無事に戻ってきていますか? まだ戻っていない生徒はいますかー?」


カトリット先生の声が広場に響き渡り、ざわついていた空気がすっと引き締まった。


生徒たちは互いの顔を見合わせて点呼をはじめ、教師陣も名簿を確認する。


「……どうやら皆、無事に戻ってきていますね」


その言葉が告げられた瞬間、場の空気にほっとした安堵が広がった。


その時だった。


「先生」


一人の生徒から声が上がる。


「実習中、森の奥から大きな爆発音のようなものが聞こえたのですが……何かあったのですか? 先生方もいらっしゃらなかったようでしたし……」


その問いは、決して特別なものではなかった。


爆発音の正体を知らない生徒たちにとっては、当然の疑問だったからだ。


だが――


その言葉に、わずかに反応を見せた者たちがいた。


ユティナ、アルマ、マリアベル、カルノーラ――あの場にいた生徒たち。


さらに、事情を把握しているカトリット先生、ブレア先生、アニヤ先生もまた、内心では同じ一点に意識を向けていた。


しかし、それを表に出す者はいない。


一瞬の間を置いて、カトリット先生は何事もなかったかのように口を開いた。


「少し強力な魔物が出現したため、教師陣で対処に当たっていました。その際の音でしょう」


淀みのない、簡潔な説明。


余計な疑念を抱かせないための、的確な返答だった。


それを聞いた生徒たちは、顔を見合わせ――


「そうだったんですね……」

「びっくりした……」


と、小さく安堵の声を漏らす。


不安は、すぐに収まっていった。


カトリット先生は名簿を抱えたまま、生徒たちをぐるりと見渡す。


「それでは、実習を再開します。聖晶花を手にできなかった者はいますか?」


その問いかけに、数名の生徒が遠慮がちに手を挙げた。


その中には、カルノーラ、そして……なぜかユティナの姿もあった。


「あれ? ユティって花、手に入れてなかったっけ?」


アルマが首を傾げる。


「うん。さっきポーチバッグを確認したんだけど……なんか咲いてて」


「あー……蕾の状態じゃなきゃダメだったもんね」


「貴女、本当に蕾の花を摘んだのですか?」


マリアベルが呆れたように問いただす。


「摘んだよー! ちゃんと蕾のやつを!」


そんなユティナのやり取りを遠巻きに聞いていた数名の生徒が、くすっと笑い声を漏らした。


「聞いた? あの落ちこぼれ、咲いてる花を持ってきたらしいわよ」

「ええ。咲いた花と蕾を見分けられないなんて、本当に落ちこぼれですわね」


当のユティナは全く気付かず、きょとんとしている。


アルマの表情が曇る。


悲しみと苛立ちが混ざったような瞳だった。


すると、隣のマリアベルが静かに振り向き――

嘲笑していた生徒たちへ、鋭い視線を突き刺した。


言葉はないのに、その視線は十分すぎる威圧だった。


目が合った生徒たちは、はっとしたように笑いを止め、バツの悪そうに俯いてしまう。


その変化を見て、アルマは思わず小さく息をのんだ。


「……マリアベルさん?」


「別に、ただ……少し気に入らなかっただけですわ」


ぷいっと横を向くマリアベル。


その横顔は、ほんの少しだけ頬が赤いようにも見えた。


「ありがとう」


アルマが柔らかく微笑む。


「……なぜあなたが感謝を述べるのか分かりませんわ」


ぶっきらぼうな返事だが、明らかに先ほどの気遣いを否定しきれていない。


アルマはくすりと笑い、先ほどまでの陰った表情は跡形もなく消えていた。


そんな空気の中――


「あ、あのっ、先生……!」


前の方から一人の生徒が手を挙げ、場の視線を引き寄せた。


小さな緊張が、再び広場を包みはじめる。


「はい…? なんでしょう?」


 控えめに手を挙げた生徒に、カトリット先生が穏やかに視線を向ける。


「そ、その……花を……聖晶花を見つけられなかった人はどうなるのですか……? もう、聖女になることはできないんですか……!?」


その震える声を皮切りに、花を手にできなかった生徒たちの不安が一気にあふれだす。


「この実習の評価はどうなるんですか!?」

「やっぱり花がないと高等部に上がれないんですか!?」

「私たち、もう……!」


声は重なり、空気がざわつく。


緊張が広がる中――


「皆さん、落ち着いてください!」


カトリット先生の一声が場を静めた。 


その声音には叱責ではなく、しっかりと支えるような強さがある。


「実習の前にもお話ししましたが……この一回の実習で全てが決まるわけではありません。それに――実習自体も、まだ終わってはいませんよ」


「そ、それは……どういう意味ですか……?」


不安の色が消えない生徒が、かすれた声で尋ねる。


「ブレア先生。お願いします」


「はい」


ブレア先生が一歩前に出ると、柔らかな微笑みで花を手にできなかった生徒たちを呼んだ。


「花を手にできなかった方は、こちらへ来てください」


生徒たちが列を作り、不安そうに立つ。


ブレア先生はひとりひとりの手に、小さな蕾の聖晶花をそっと渡していった。


「え……あの……これって……?」


「蕾の聖晶花ですよ。はい、あなたも」


驚きで固まる生徒、ほっと息を漏らす生徒。


ブレア先生は淡々と、しかし優しく、全員に同じ花を手渡していく。


渡し終えたのを確認して、カトリット先生が再び前へ出た。


「さて……これで全ての生徒が聖晶花を持ちましたね。

 それでは――これより最後の実習を行います」


「せ、先生、待ってください!」


また先ほどの、最初に質問した生徒が震える声を上げた。


「何でしょう?」


「な、なぜ……花を手に入れられなかった私たちにも花を……? この実習は、花を手に入れることが目的……なのではないんですか?」


真っ直ぐな問いに、カトリット先生は穏やかに首を振った。


「私は一度も、この花そのものが実習の“目的”だとは言っていませんよ?」


「……え? ど、どういう……?」


「確かに、実習の初めに“この花を取ってくること”と指示しました。ですがそれは――アニヤ先生が最初に述べた通り、この静密の森で、危険を“体験し、感じる”ための手段にすぎません」


辺りが静まる。誰もが耳を傾けていた。


「そして、この花はその体験を促すための“目的”にすぎない。 この実習の本当の目的は――これから行う《聖霊の儀》にあります」


言葉が落ちた瞬間、広場にどよめきが広がった。


驚き、不安、期待――生徒たちの感情が渦巻き、空気が大きく揺れる。


だが、教師たちの表情は揺らがない。


これからが本番なのだという静かな緊張が、森の入口に満ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ