86話 スクエア
「――以上でご注文の商品はお済でしょうか? ……それではごゆっくりどうぞ」
俺と彩梅ちゃんがあの後も談笑していると、店員が頼んだ商品を持ってきた。
「「いただきます」」
俺たちは談笑を一旦止め、運ばれた食べ物を頂くことにした。
俺はシチューと言っても良い程度に具が入ったスープ、彩梅ちゃんは季節のケーキを頼んでいた。余所から見ると変な組み合わせに見えるかも知れないな。
「ここの食べ物、結構お高目だからセンパイもケーキとかスイーツとか、その辺りを頼むかと思ってました」
彩梅ちゃんが食べながら言う。
「甘いモノは好きだけど、単体だとどうしても甘さがキツく感じちゃうときがあってね。お店に行って、デザート単品を頼むことはあんまり無いかな」
小さいモノなら食べられそうだけど、そうすると中途半端なサイズ感になりそうだ。量を増すだけのために副菜を頼みたいとまでは思わないし。
「それじゃセンパイ、私の、一口食べます?」
「流石に後輩のモノを貰えないよ」
気にはなってるけど、今食べたいとまでは思ってないし。
「じゃあ、交換しません?」
「俺のスープだよ……?」
少なくともケーキを食べている途中に食べたいと思えるようなモノでは無いような気がするけど……。
「こういうのも、やってみたくて」
「……分かった」
可愛い後輩にはにかみながらそう言われては、了承するしかなかった。
「はい、どうぞ。あ~ん……」
「お、おう……」
まさかそう来るとは。若干、気が引けるというか、少しの後悔が生まれたというか……。
いやいや後輩の頼み、ここで退くほどヘタレてはいたくない。あと、ここで退いたら意識してるみたいじゃないか。友人の妹に意識してるとは目の前の彼女にも、頭の中に浮かぶ友人にも思われたくない。……意識はしているけども。
取り敢えず、頭の中を切り替えて、差し出されたケーキを頬張る。
「どうです……?」
「……うん、美味しい。案外甘さが控えめだったから、最初からこれでも良かったかも知れない」
「でしょ?」
先入観だろうけど、こういうものは単体で食べると何でも甘さでキツく感じるモノだと思っていた。今回はスープを先に口にしているとはいえ、それでもキツいものはキツいと思っていた。
スープの力が強いのか、俺の先入観の方が強かったのか、また次の機会に試すのもアリかな。
「それではセンパイの方も頂いて良いですか?」
「良いけど……」
ふと、考える。
これ、間接キスにならないか?
ケーキの時もよく考えたらそれもそうだけど、そっちはフォークだったし、俺の口とフォーク自体の接触はしていない。なのでそこまで問題には感じなかった。「あ~ん」を自然にしようとした彩梅ちゃんの方のインパクトが大きくて。
う~ん……。
「スプーン、新しいの持って来てもらう?」
思わず言ってしまった。これで意識しているなんて思われても良い。そんなことより、気がつかずに後から後悔させる方が後味の悪いことだと思ったからだ。
「へ? 何でですか……?」
「いや、気にするかなって。俺が口付けて飲んだヤツだし」
「私は気にしませんよ?」
気にしなかった。
「……、おやぁ~? おややぁ~~~??? もしかしてぇ~、センパイは気にするタイプですかぁ~? 変えた方が良いでしょうかぁ~???」
寧ろこちらが気にしていることに気がつかれ、ニヤニヤと笑みを浮かべながら弄られる。
「別にそっちが気にしないなら良いって……」
「本当ですかぁ~~~???」
ほんのちょっとウザさを感じてしまったので、恐らく効かないが、カマでも掛けて反撃してみるか。
「そういう彩梅ちゃんの顔、赤いけど。もしかして照れ隠しでやってる……?」
「えっ……それはっ、そのっ……あの……」
と、意外にも効果があったのか、彩梅ちゃんは顔を、それどころか耳や首元まで赤くさせていた。
「……あまり年上をからかわないこと。……すいません! スプーン、もう1本貰えませんか?」
忠告をして、横を通りがかった店員さんにスプーンの追加を頼む。
「あと、スープ冷めるから弄るのに余計な時間を使わないこと。ちょっと……しつこかったし」
「は、はひ……すみましぇんでした……」
彩梅ちゃんは目をくの字型にしながら、静かに頭をペコペコ下げていた。




