81話 ギクシャク
学校に到着、したのはいいのだが……。
「おはよう、実」
「お、おはよう……」
反応の感触は悪い。
登校時から時間があまり経ってないから実の方も気まずさが残っているのかも知れない。それは仕方ないこと。
問題はここから。休み時間にもなるべく普通に話しかけたりして朝のギクシャクした感覚を忘れてもらい、どうにかいつも通りの雰囲気を取り戻す算段だ。
……ところで、“普通”とか、“いつも通り”だとかって、どういうモノだったんだっけ?
考えていても始まらない。取り敢えずしっかりと喋ることのできる昼休みまでは地道に話しかけていこう。
「次の授業の宿題の最後の問題って、実は解けた?」
「えっ? あ、うん……」
1回目の休み時間だしな。こうなるのも仕方ない。
「おーい、実ー、あのさぁ――」
「あっ、ゴメン。次は体育だからすぐ移動しなくちゃ……」
「そう、だよなぁ」
体育なら仕方ない。切り替えて行こう。
「実ー」
「松前なら移動教室の方に行ったと思うけど、何かあったか?」
「あぁ、いや、雑談しようと思っただけ、ハハハ……」
……。
昼休みまでの休み時間で、会話すらまともにできなかった……。
仕方ない仕方ないと、気持ちを切り替えてコミュニケーションを取ろうとするも、ここまでタイミングが合わなくては、気持ちを切り替えきれずに多少落ち込んでしまう。
はぁ……。ここでちゃんと切り替えて行かないと、夏休みの川での“アレ”の轍を……というか、それよりも酷い状態になってしまいかねないと思う。……どうあれ、切り替えていかないとな。
取り敢えず、ここで必然的に実と会える。
気持ちを引き締め、放送室の扉のドアノブに手を掛けた。
―Minol Side―
「はぁ……」
どうにもこうにも自己嫌悪。
手を払いのけられるくらい不用意な距離感で近づいたということも。
払いのけられたことに不必要なまでに傷ついて逃げたことも。
それらが気まずくて、その後の休み時間もなるべく彼と顔を合わせるようにしなかったことも。
その何もかもが利己的で、感情的で……本当に自分が嫌になる。
前からこんなに感情的だったり、判断力が無かったりしてたっけ……? TS化で性格が変わったりしたのかも知れないけど、ここまでだと自分の人格がもとからこんなに自己中心的だったのかもと思ってしまう。
自己嫌悪感で頭がグルグルしてきてしまったけど、自己嫌悪が過ぎてまー君に迷惑を掛けてしまったことを謝れないほど動けないようになると、休み時間の焼き直しになってしまう。
逃げていても状況は変わらない。正直、気持ち的には乗り気ではないけど、ここで逃げたら更に関係が悪化してしまいそうに感じた。
意を決して、放送室の扉を開いた。
「あ。あぁ、実か……」
私を出迎えたのは、休み時間の時に見たような、少し陰のある表情をしたまー君だった。
「さっ……さっきぶり」
どういう風に接していたかを忘れ、一言目が上擦ってしまった。言い直すも、さっきの上擦った自分の声を思い出し、その後に色々と打ち解けるためのシナリオを綴れずに心の中の筆が折れた。
「……」
「……」
数秒間の沈黙。
他の委員もまだ放送室に来ていないので、防音壁に囲まれた小さな部屋に静寂が訪れた。
「「あのっ……」」
話をしようと口を開くも言葉が重なり、再び言葉に詰まってしまう。まるでいつの日かのよう。
タイミングを見計らい、思い切って口に出す。
「朝、のこと、なんだけど……」
「お。おう……」
「本当、ゴメン!」
「……え?」
取り敢えず、この一言が言えた。あとは何とかして弁明と友人としての距離感を戻さなければ。
「友人同士でも近すぎたよね……朝の……。それに、軽く手を払われただけなのに必要以上に驚いて、逃げ出すとか……人として、ダメだよね……。本当、ゴメン……」
「俺の方こそ、あんなに強く手を払わなくて良かったから……。実の身体が変わってから結構な時間が経って、お互いの接し方も慣れで関わり合い方が雑になってた。俺も、本当にゴメン」
「そんな、まー君が謝らなくても……」
「俺に悪かったところがあるのは間違い無いから――」
「しっつれいしっまーすっ! ……アレ?」
謝罪の応酬が始まろうとしたとき、勢いよくドアが開かれ、他の委員……というか、妹の彩梅が入って来た。
「何かあったんですか……?」
「ああいや、何でもない……」
「本当、なんでもないから……」
「ほえー……? 何も無いなら別に良いですけど、こんな狭い部屋で喧嘩は止めて下さいね? 他の人もこれから入ってきますし」
「「はい、すいません……」」
妹の放った正論に、2人して頭を下げるしかなかった上級生たちだった。




