80話 明きの季節
冬の景色が一層近づいて来た紅葉の鮮やかさが無くなってきた今日この頃。
秋雨前線も過ぎ去って、寒さはひとしお深まり、空の色も変化は穏やかになっていた。
ここまで冷えれば季節が移ろいに揺らめいていた心も落ち着くものだけど、揺らめいていた心は落ち込みに変わっていた。
「おはよー、まー君」
「……おう、おはよう」
自分の気持ちに気づくと、いつもどんな顔をして挨拶していたかも忘れて、反応が遅れてしまう。
「……どうしたの? 具合でも悪い?」
「何でもない。ちょっと眠たさが残ってるだけ」
「そっか。それなら良かった。……寝不足なら良くはないかな?」
「大丈夫だから問題は無いよ」
どことなく自分の所作がぎこちなくなっているような気がして、それを直そうと気をつける。そうして直した所作こそが、ぎこちなさを更に際立てている気がしてならない。
それでも直さないと気が済まないのは実への意識なのか、それとも強迫性なのか。
「大丈夫そうなら学校、いこっか」
「……ああ」
自己嫌悪。
実のことを強く性的に見てしまっているという罪悪感と、それから引き起こされる実への境界線を引く、距離を置くという一種の裏切り行為への嫌悪感。
実の自然な微笑みが、この自己嫌悪をより一層引き起こさせた。
「それにしても、ここのところもっと寒くなったねー」
「修学旅行とかで地元の温度の変化を感じてなかったからなー。その間に前線が南下してたみたいだし」
「ねー」
何でもない雑談で気を紛らわせるも、実の声が脳髄に纏わりつくような感覚に見舞われる。
もしも学食とかで真正面から顔を見ながら話していたら、実の方をなるべく見ないようにと挙動不審になっていただろうな。
挙動不審にならないように気を付けながら、友人としての距離感を保つのはこれ以上も無く難しいものだ。
それもこれも、実が男に戻るまでの我慢だ。
せめて、せめてそれまで持ち堪えられれば、俺たちの関係は男と男の普通の友人関係に戻るはずなんだと、そう心に杭を打ち込む。
果たしてそれがいつになるのか、それは分からない。
数時間後かもしれないし、数日後かも知れない。
はたまた、1年後かも知れないし、高校卒業後になってしまうのかも知れない。
そうなっても俺たちは友人のままでいられ続けるのかが、少なからず不安な点だ。
距離を置き過ぎて関係が疎遠になってしまうかも知れないし、距離感を間違えて近づき過ぎてギクシャクしてしまうかも知れない。
そんな心の不安定さを抱えながら、実の隣に居て大丈夫なのかは疑問だ。
「まー君、そういえば髪、はねてない?」
「あぁ……ちょっと寝ぐせが直りきらなかったかな……。ま、学校に着くころには直ってると思うし、大丈夫だろ」
「本当かなぁ?」
「ちょ」
俺の寝ぐせを摘まんで観察する実。
仄かに香る、形容しがたい良い匂い。それが制汗剤なのか香水なのかは分からないが、ジワジワと正気を削り取られていくように感じた。
「や、止めっ……!」
「え……?」
思わず実の手を振りほどき、強く払ってしまった。
「ゴ、ゴメン……」
「あれ? ああ、こっちこそゴメン、そんなに強くするつもりじゃ……」
「いや、ちょっと、距離感が近すぎたよね。こっちが悪かったから……。その……、先、行ってるね? じゃ、また後で……」
そう言って、実は走って学校へと向かって行ってしまった。
走り去っていく間際、小さく手を振って気にしていない素振りをしたかったのだろうけど、顔は苦笑しており、その表情からは悲哀、悲痛が漏れ出ていた。
「……っ!」
追いかけようともしたけど、今の俺にその資格があるのか分からず、手を伸ばして立ち尽くしてしまった。
いや、そうじゃない。資格云々ではなく、学校に行ったらまず、謝ろう。
実自身もある程度頭を冷やしたら落ち着いて言葉を受け止めてくれるかも知れないし、俺自身、今何か冷静に考えるべき事柄があるはずだ。




