79話 修学旅行
数日間あった修学旅行も終盤。明日は午前自由時間で午後は帰宅する時間。そして今は最終日前日の夜。消灯時間まで同グループと駄弁ったりカードゲームをしたりして時間を潰す。
とはいえ、カードゲームも前日からやって若干飽きも来ているのもあって、駄弁ったりボーっとしたり、各々好きにしていた。
「そういや、お前らって好きな子とか居んの?」
俺たちはあまりこういう話はしていなかったが誰かがそう言って、全員が話題の発せられた方を見た。
こういった場所ではありきたりな話題だとも思ったけど、ここまでしてその手の話題が出ないと、逆に新鮮さを感じる。
「俺、お母さん~」
「え、あ、そ、そう?」
「そういうことか~……」
「ま、まぁ、人の愛の形にはそれぞれあるから……」
「お前らツッコめよ!? 人がボケてんだからさァ!!!」
そんな悪ふざけの一興もありつつ。
「実際、誰が気になってるとかあんのか? 別に告白しようとかどうとかは関係無しにさ」
「うーん……、前の生徒会の書記の人とか結構美人で結構俺の好みだったとかはあるけどなぁー」
暫くはこんな感じで無難な人が挙げられていた。
しかしながら、ここで時間帯から眠気の靄が掛かっていた俺の意識が晴れる言葉が部屋の誰かの口から放たれた。
「そういや、TS化した元男子の女子とかってどう扱う?」
「普通に女子として見ても良いんじゃね?」
それらの言葉で、俺の頭には実の様々な姿が映され、それで一杯になっていた。心なしか、鼓動も早くなった気がする。
「ま、総じてTS化した人ってキレイだったり、可愛い感じの子が多かったりするからなー」
「河豚名って、どう?」
「顔は良いけど、元々男だった頃から付き合っていた林さんとイチャつきまくってるからなぁ……。あの間に入れそうにはないな」
「じゃあ、松前は?」
その名前に、思わず己が耳がヒクついた。
「あー……良いよな、松前。可愛いし、身体も中々……というか、全体的にトップレベルだし。男が出来たなんて話は聞いたことないし。押したら何とかイケるかな?」
「お前らさぁ……」
話があらぬ方向に突き進みだしたので、思わず口を出した。
「アイツはずっと男のままでいるつもりだし、あんまりそういうの、期待しない方がいいぞ」
「へぇー……そっか。じゃあそっちも狙い目じゃないか……」
グループの男は実のことを諦め、ホッとした。
脈拍は落ち着き、頭が冷える。そうすると、別の考えが浮かぶ。
今、俺があの忠告をしたのは、何故だろう。改めて考えると、これは嫉妬かもしれない。
そうか……嫉妬、か……。
「細染って、誰か好きな人居んの?」
「中学の頃は居たけど、今は居ないかなぁ……好きな子だった子も、別の高校に行ったし」
ほんの数秒前に聞かれたら、これは嘘にはならなかっただろう。
「ちょっと、外の風、浴びて来る」
「おう。消灯時間もそろそろだし、気を付けろよ」
「あぁ」
そして外に出て、月の光を満ちる程に浴びた風に吹かれて、考える。
周りに人が居ないか一通り見渡してから、月に見上げた。
「はぁ……」
……自分の心を見つめ直し、独り言ちた。
「俺……、実のこと、好きなのか」
せめて俺の心が暴れ出す前に、実が元に戻ることを祈りながら。
―Minol Side―
「まー君が私のこと……好きだったらいいのに。……はぁ」
雲に霞んだ月光の照らす静寂に一つ、呟いた。
ありえないことを口走り、そのあとに叶わない願いだと思い出して落ち込んでしまう。
思わず、溜め息まで出てしまった。
「松前ー、あんまり外に居すぎると風邪引くぞー?」
溜め息を吐いて数秒後、見かけた影が後ろの方から来ていた。
「お前と林さんがイチャつき過ぎて部屋に居にくいってだけなんだけど……」
「それにしたってもうすぐ消灯時間だから、先生らが見回りに来る前までには戻ってろよ。イチャついてたのは……スマン。自重する」
「はぁ……また後で、すぐ戻る」
「おう。女の身体は体調のバランスに気を付けないといけないからな」
「お前よりは長いコトこの身体なんだよ。分かってるって」
「じゃあな」
さっきの独り言は……聞かれてたとしても聞いていないフリをしてくれていたのか、普通に聞こえていなかったのか、何も無げに河豚名は帰っていった。
……ここに居続けても憂欝さが増すだけだ。とっとと帰ってしまおう。




