第二十三話 悪鬼・2
第二十三話 悪鬼・2
その後はレフィオーネによる哨戒が功を奏し、何度か遭遇しかけた魔物を遠距離から発見することが出来た。殆どが単独で行動していたらしく、上空からの長距離狙撃で急所を狙い撃ちすることでホワイトスワンはいちいち停止することなく移動距離を稼ぐことが出来た。
そして翌日の夕方前、徐々に高かった太陽が傾き赤くなりだした頃、次の補給地点である小さな村にたどり着いた。村のすぐ近くの道からはいくらか雪が除けられており、集められた雪がいくつもの小山を作っていた。雪が降る地域の村だからか、村人は季節外れな雪に動じることなくいつもの生活を営んでいるようだ。
クレアは村に到着してからすぐにこの村長に挨拶へと向かった。これまでの道中に立ち寄った村や町と同じく、事前に軍から連絡があり補給の用意が届けられているはずだが、やはり数日は村に滞在するのでこういう挨拶は大事なのだそうだ。
「……というわけで、二、三日の間、この村への滞在許可をお願いします」
「はい、その話は聞いております。小さい村ですが、ゆっくりと寛いでください。補給品の積み込みなど、村の若い衆にも手伝わせますので遠慮なく言ってくだされ」
「どうもありがとうございます。……そういえば、村長。私たちはここに来るまでの道中、スノーウルフの群れに襲われました。この村や近隣ではそういった魔物の被害は無かったでしょうか?」
「ほう、スノーウルフですか。珍しい事もありましたね、この村ではめっきり目撃するものもおりませんでしたが……いまのところ、そういった被害は聞いていないですね。ただ……」
「ただ?」
村長の顔が少し困惑したものになる。何かあったのだろうか。
「いえね、ちょっとおかしなことが。この前の大吹雪の数日くらい前からでしょうか、村の近くから獣がいなくなってしまって。それに家畜や犬なんかが何かに怯えているような雰囲気なんです。でも、その原因に見当がつかなくて困っているところなんですよ」
もしかして近くにスノーウルフのような肉食の魔物でもいるのだろうか。しかし、一週間近く前からとはどういう事だろう。それだけの間、村の家畜を襲わず、村人にも姿を見せないのは何かおかしい。
「さっき、スノーウルフが珍しいとおっしゃいましたが、この数年で山奥の魔物がここら辺まで降りてくるといったようなことは無かったんですか?」
「そうですね、スノーウルフ位の魔物だと十年くらい前に一度。その時でも村から大分離れたところで目撃されたくらいですね。被害で言えば小型の魔物がたまに作物を荒らすくらいで、大きなものは殆どありません」
「私たちは山で食料が取れなくなった魔物がこの高原地帯まで降りて来たと考えていたんですが……」
「うーん、どうでしょうね。獣を見かけなくなったのはここ最近のことですし、直接の関係は無いと思いますよ」
クレアはどういう事か分からなくなってしまった。普段はデルトラ山の奥深くに生息するスノーウルフ達は餌が取れなくて山を降りて来たのではなかったのか。それに、付近の森から獣が消えたことも気になる。
これ以上はめぼしい情報もなく、原因もつかめそうにない。仕方ないのでクレアはホワイトスワンに戻ることにした。村長には念のため、村に見張りを立てる事と近くの大きな町から数日の間でも軍の応援が頼めないか連絡するよう提案しておいた。村長もなんとなくこの事態の異常さを感じ取っていたのか、それともクレアが心配している様子を見て取ったのか、二つ返事で了承してくれた。軍の方には後からクレアからも説明しておこう。これでいくらかは安心できる。
クレアが席から立ち、村長宅から出ようとしたところ、急に玄関が開いて一人の若者が飛び込んできた。服装と装備からこの若者は猟師だろうか。
「こら、お客さんの前だぞ。そんなに慌てて失礼じゃないか」
「それどころじゃねぇよ、村長! 村の外に魔物が出やがった!」
クレアは魔物という単語にピクリと反応する。
「その話、詳しく聞かせて!」
突然の質問に慌てていた若者は驚いてしまい、かえっていくらか冷静になったようだ。
「お、おう。俺はさっきまで森に獲物を探しに行ってたんだよ。でも相変わらず見つかんなくてよ、ちょっと山のふもとまで足を延ばしてみたんだ。そしたらよ、周りの木がガサガサ揺れだして何なんだと向こうの方を見たらデッケェ巨人がのそのそ歩いてたんだよ! 奴のデカいのなんのって、理力甲冑てのがあるだろ? あれの二倍はデカイんじゃないか? そんな奴が二体もいたんだよ!」
クレアは魔物の特徴から候補を絞る。デルトラ山脈一帯に生息する、理力甲冑よりも大きい人型の巨人。……。まさか。
「その巨人、何か服みたいなのを着てた? あと、道具とか持ってたりアクセサリーを身に付けていなかった?」
「あー、言われれば確かにそうだったような。それと手にはこん棒みたいなの持ってたぜ? ただ、あの大きさだと殆どデッカイ丸太だけどな」
クレアは最悪の魔物を想像してしまう。しかし、まさか本当にいたなんて。
「クレアさん、その魔物とはもしかして……」
「村長さん、まだ分からないですけど、ひょっとしたら本当にいるのかもしれません。急いで村の人たちに逃げる準備をさせてください。それから近くの軍に緊急連絡を」
クレアはそう言ってさっき若者が入ってきた玄関を飛び出した。
「おい、村長! なんだよ、俺の見た魔物はそんなにヤバいのか?」
「うーむ、お前の言う特徴が合っていればな。……小さいころに昔話で聞いたことがあるだろ、オーガだよ」
「えっ?! オーガって、あのオーガ?! でも、その昔話に出てくるオーガはもっと小さいんじゃ?」
「ああ、一般的な奴はな。儂も半信半疑だよ。しかし、お前の言う事が正しければ急いで逃げる支度をしなくてはな。ほら、ぼさっとするな。オーガ、いや、エンシェントオーガが来るぞ」




