第二十話 レフィオーネ・2
第二十話 レフィオーネ・2
「それにしても、シンさんに挨拶出来ないまま出発するなんてな」
ホワイトスワンのブリッジでは発進するための最終段階に入っている。機体に搭載されている大きな理力エンジンは暖気を済ませて、低い唸り声を上げて今か今かと出発を待っている。
「仕方ないわよ、短期間に二度も帝国の理力甲冑が街まで侵攻してきたんだから。ここの兵士はずっと警戒待機と周辺の哨戒任務の繰り返しっていう話よ」
ホワイトスワン一行がこの街に訪れた時、立て続けにクレメンテは帝国の理力甲冑に襲われてしまった。連合と帝国は戦争中といっても、ほとんど戦闘が起きないなかでは異例の事態だった。帝国の真意は不明だが、クレメンテとしては周辺の警戒を強めて次の襲撃に備えている。そういうわけで、シンは理力甲冑の操縦士として緊急出撃に備えて兵舎に詰めているか、彼の愛機グラントルクで街の周囲を哨戒しているかでほとんど会えなかった。
そうこうしているうちに操縦席で各種計器のチェックをしていたボルツがゴキゴキと首を鳴らす。どうやら終わったようだ。
「よし、計器確認終わり。先生、準備できました」
「それじゃあ、いっちょ出発しますかね。ホワイトスワン、発進!」
理力エンジンが低い音から徐々に高い音へと代わっていく。巨大な機体が少しずつ振動していくのがブリッジからでも分かり、大きな排気音が聞こえたかと思うとホワイトスワンは宙に浮いた。まるでホバークラフトのように地面から少し浮いた機体はそのまま、その大きさを感じさせる事無く滑らかに前進し始めた。
ゆっくりと進みだしたホワイトスワンはしばらく街道を行くと、人や馬車が少なくなった頃を見計らって速度を上げていく。
「……巡航速度に到達。ルートは予定通りですか? 先生」
「いや、時間を短縮するために湖を突っ切りましょう。ノンストップになりますが、今夜中に対岸へと着くはずデス」
予定していた道のりは、クレメンテを出て北上するとぶつかる湖を東側に迂回するルートだった。湖岸沿いの道は平坦で見晴らしもいいため安全に航行できるが、この湖は東西に延びているため予想では二日はかかってしまう。しかし、真っすぐ湖を突っ切ればその分だけ早くなるというわけだ。
「それにクレアの機体を試験するには水の上の方が安全デスからね。」
「ああ、なるほど。最悪の場合、水没で済みますからね。操縦士もケガする可能性が低くなる」
ボルツは先生の意図を知っているようだが、クレア達はなんのことかさっぱり分からない。理力甲冑の動作試験をするのにどうして水上の方が都合がいいのだろう。まさか理力甲冑で泳ぐわけでもあるまいし。
「というわけで、クレア。ちょっと格納庫に行くデスよ。機体の説明と操縦方法を教えるデス」
「あ、じゃあ俺も格納庫に……」
「ヨハンはボルツさんのナビゲートをお願い。ユウはこれから昼食の準備ね」
「あう……」
せっかく新機体を見られると思っていただけに、ヨハンはがっかりしている。いい加減、お預けは止めて見せてくれないものか。
「そう慌てなくても、あと少しでちゃんと披露してあげるデスよ!」
先生はそう言うと上機嫌でブリッジをクレアと共に出ていく。
「ヨハン、楽しみは後に取っておこう。二人とも、昼ご飯を作ってくるからちょっと待ってて」
先生とは対照的にうなだれているヨハンを励まして厨房へとユウは向かう。当初は当番制だった調理係もいつの間にかユウが一人でこなしている。実際、このメンバーの中でユウが一番料理が上手く、また手際も良い。いや、料理だけでなく掃除や洗濯なども一通り出来るので、一時はホワイトスワンの家事炊事はその殆どユウに任せっきりになりかけたことがある。しかし、クレアがその事に危機感を抱き、ホワイトスワンメンバーで緊急会議が開かれる事となった。その結果、料理はユウに一任する代わりに掃除などは残りのメンバーで持ち回ることになった。
さて、今日は何を作ろうか。みんなそれぞれ作業があるから片手間で食べられるようなものがいいかな。出発の関係でもう昼を少し過ぎているから、サッと作れるものにしよう。補給直後だから食材は豊富だし……アレがちょうどいいかな?
「ムグムグ……これ食べやすくて良いですね。あ、そろそろ湖に着きますよ」
ヨハンが手にしているのは薄く切ったパンに野菜とハムを挟んであるものだ。
「サンドイッチですか、ありがとうございます」
ボルツも片手でサンドイッチを頬張りながら操縦を続ける。
「あれ? ボルツさんはサンドイッチを知っているんですか?」
「ええ、帝国では割と普通に食べますね。私みたいに忙しい人間には都合のいい食事です」
ヨハンは知らなかったようだが、確かにアルトスやクレメンテでサンドイッチのような食事は見かけなかった気がする。地域によってこうした食文化が違うのかな? ユウはそんな事もあるのかと思いながら、格納庫に残りのサンドイッチを運びに行く。
と、その時。突然、ブリッジに甲高い音が響いた。
「わっ! なんですか、この音! サイレン?!」
短く繰り返される高い音に驚いたユウは危うくサンドイッチののった皿を落としそうになってしまった。ボルツは何かの計器を凝視しながらいくつかのスイッチを押したりしている。
「なんでこんな所でレーダーが反応して……? この先は湖だし……ああ、これは理力を探知する機械なんです。先生はレーダーと名付けていました。強い理力に反応するので、理力甲冑や魔物を遠くから探すのに便利になるんですが……」
レーダー? 先生はこんなものをいつの間に作っていたんだ。というか、このレーダーが反応するという事は……?
「理力甲冑か魔物がいるって事ですよね? 哨戒に出ている部隊か魔物なんじゃ?」
「反応は湖の上なんですよ、こんな所に理力甲冑なんかいるはずないんですけど……水中にいる魔物の可能性もありますけど妙に移動速度が速いんですよね」
「それじゃあ魔物かな? なんにしても出撃の準備をしようか、ヨハン」
「ウッス。ちゃっちゃと片付けましょう!」
ずっとボルツのナビゲートをしていて退屈だったヨハンは椅子から元気よく飛び上がる。
「いや、回避しますよ。もうスワンは湖の上に入りましたからね。理力甲冑は水中での稼働を想定していない兵器ですので、水の中に入るとそのまま沈みますよ?」
ボルツは淡々と言ってのける。多少の雨などで壊れるほどヤワな作りではない理力甲冑だが、水中に入ると途端に使い物にならなくなってしまう。いくら頑丈とはいえ、もともと水圧に耐えられるような構造をしていないという事もあるが、一番の問題は理力甲冑の大きさだ。ふつう、人間が河川など流れのある場所で歩けるのは膝までの水深が限界と言われている。それ以上は流れに足を取られてしまうからで、たとえプールのような流れのない水中でもかなりの行動が制限されてしまう。それが理力甲冑の大きさとなると、さらに水の抵抗を受けることになってしまい、まともに歩けるのは足首程度の深さだと言われている。人間ならば水に浮いて泳ぐことが出来るが、理力甲冑ではそうもいかない。
「まあ、それでも襲われるかもしれないので銃で遠距離攻撃出来るように備えていてください」
ヨハンはよっしゃ!という感じで格納庫に走っていく。ユウは少し呆れながら、その後ろを追いかける。ボルツはスワンの速度を緩め、回避するコースを考えている。
「こんな速度で泳ぐ魔物……? そんな馬鹿な。もしかして、帝国のアレか……?!」




