第二十話 レフィオーネ・3
第二十話 レフィオーネ・3
二人が格納庫につくとクレアと先生は新しい機体の操縦席で騒がしいやり取りをしている。機体の説明と新装備についての説明だったはずだが、ほとんど怒鳴り声しか聞こえない。
「だ~か~ら~! そうじゃないデス! ここの計器がレッドゾーンに入ったらこのスイッチを押して高度を……」
「ちょっと待ってよ! そんなにすぐ覚えらるわけないじゃない! もう少し時間を頂戴よ!」
ユウはまだ覆いが被せられた機体に近づいてクレアと先生に呼びかける。魔物から襲撃されるかもしれないし、一応二人にも話しておこう。
「クレア、先生。ちょっといい?」
「お、なんデスかユウ。今いいところなのに」
「ちょっとユウ! 先生に言ってやってよ! この人、無理難題を押し付けるのよ!?」
「まあまあ、二人とも。実は……」
ユウはブリッジでのやり取りを二人に話す。
「確かに湖の上に理力甲冑がいるわけないし、魔物かしらね」
「まだデータ不足で理力甲冑と魔物を区別できるようになってないデスからね、また今度調整するデス。とりあえず私はブリッジに上がっておきましょう」
「姐さーん、そっちの機体は出せるんですか?」
先に自分のステッドランドを起動させたヨハンが操縦席から大声で聞いてくる。
「……狙撃はできるけど……」
クレアは何故か暗い顔をする。
「一応、戦闘は可能デスよ。いくらか未調整なところはありますけど、接近戦じゃなかったらまぁ問題は無いはずデス」
「念のためにクレアは操縦席で待機しといて。ボルツさんは大きく迂回して回避するつもりだから戦闘にはならないと思うよ」
ユウはそう言ってアルヴァリスに向かって走っていく。クレアは何か言いたそうな顔だったが、ユウの後ろ姿を見て少し考え込んでいた。しかし、すぐに操縦席に戻って先生直筆の操作マニュアルに目を通し始める。
「やってやろうじゃないの、見てなさいよ! この機体、レフィオーネはすぐに乗りこなしてやるんだから!」
ホワイトスワンの胴体部の両脇、理力甲冑が出入りできる大きなハッチが開いており、そこへアルヴァリスとステッドランドが左右それぞれ待機している。二機とも膝立ちで銃を構えて、広い湖の向こうを索敵している。
「先生、レーダーの反応はどうです?」
「それが……さっきから反応が出たり消えたりしているんデスよ。ひょっとしてちゃんと機能していないかもしれないデス」
無線の向こうで何かを叩く音が聞こえる。精密機械を叩いちゃ駄目ですよ、とユウはやめさせた。
「……先生、アレがもう完成しているってことはありませんか?」
ボルツが何か思い当たるフシがあるのだろうか。
「? アレ? もしかしてアレ、デスか? あ~、ひょっとするとひょっとするのかもしれないデスね~。結構時間が経ってるから実用段階までこぎつけたのかもしれませんね!」
「先生、ボルツさん、アレアレって言われても分かんないッスよ。アレって何ですか?」
ユウもヨハンと同じ気持ちで頷く。しかし、この二人が心当たりのあるという事は……。
「もしかして帝国に関係のある事ですか?」
「確定ではないですが、可能性の一つとしては。私と先生が帝国で技術士をやっていた頃、別の部署で作っていたものがあったんですけど、先生の開発していた理力エンジンと色々な技術を提供したことがあるんです」
「ま、平たく言うと理力甲冑の輸送機デスね。それも空を飛ぶ奴デス」
な。
「もしかして敵は飛行機を!?」
ユウは思わず大きな声で無線に叫んでしまう。この異世界に来てからの短い間で分かったが、この世界の技術力ではどうも飛行機などの空を飛ぶ機械はまだ実用されていない。それがもし、帝国が戦争に飛行機の類を導入したとなればこちらは圧倒的に不利になるだろう。
「いや、飛行機っていうか、ちょっと違うんデスよ。ユウは知っているデスか? 地面効果翼機っていうんデスけど」
先生によると、地面効果翼機とは地面や水面をギリギリの高度で低空飛行する、本来は船舶の一種だそうだ。地面効果という原理を利用することにより少ない翼面積で大容量の荷物を運べる機体という事だ。元々は水上を高速で航行出来る輸送船の開発だったらしいが、先生のアイデアでこっちに方向転換したそうだ。
「地面効果翼機の利点はいろいろあるんデスけど、欠点もそれなりにあるんデス。たとえば一定以上の高度には上昇できないとか、まあ今その話はいいデスね。とにかく今のところ飛行機にはなりえない機体デス。まあ、私ほどの天才でも航空力学まではカバーしていなかっただけなんデスけどね」
「とにかく、その低空飛行する輸送機かもしれないと?」
「断定は出来ないんデスけど、もしそうなら地表スレスレを移動するするからレーダーが反応しにくい辺りは説明できますね。あ、そろそろ目視でも見える範囲まで来てますね」
ユウとヨハンはじっと目を凝らす。……なにも見えない。やはり、レーダーの不調か?
「ユウさん、なにかいます! 水上スレスレ! 二時の方向!」
急いでユウはヨハンの言う方を見る。確かに遥か遠くの水面の上、かなり低い高さの所に何かが飛んでいる。
「あれか! 数は2!」
アルヴァリスの両腕がライフルを握りしめ敵の輸送機に照準を定める。しかし、ここからでは遠すぎる。アルヴァリスの持つライフルは中近距離の射程しかない。
「ボルツさん、もっと近づいてください! 遠すぎる!」
「いや、今からだと間に合いません。向こうの方が早いんですよ」
どうする? このまま見逃すか? このままだと輸送機の向かう先はおそらくクレメンテだろう。無線で連絡をすれば街の防衛隊は間に合うだろうか。
「私が出るわ。この機体の性能だと追いつけるし、狙撃も可能よ」
無線からクレアの声が聞こえる。アルヴァリスの視線が格納庫の方へと向かうと、そこには淡い水色の機体が静かに立っていた。
「姐さん、その機体!」
その機体はこれまでの理力甲冑とは大きく異なる見た目をしていた。理力甲冑にしては線の細いシルエットをしており、どことなく女性らしい体つき。薄い水色の装甲には金の縁取りや装飾が施されているため、高貴な印象を与える。特に目を引くのは腰から伸びたスカート状の大きなパーツで、まるでロングドレスを着た貴婦人のようだ。右手にはクレアの愛用している長銃を携えている。
「ヨハン、ここは私に任せて。先生、初飛行、行くわよ!」
「クレア、本当に行けるんデスか?」
「マニュアルはちゃんと読んだわよ、あとはぶっつけ本番! ユウ、そこちょっとどいて!」
ユウはクレアの勢いに呑まれてしまい、急いでハッチから移動する。クレアの機体は静かに、滑らかに歩く。
「計器は大丈夫、理力エンジン起動!」
機体の背部、大きく盛り上がった部分から搭載された理力エンジン唸りはじめ、吸気と排気音が大きく格納庫に響く。スカート状のパーツが少し開き、そこから強烈な風が巻き起こる。
「出力は安定、これなら行ける! レフィオーネ、発進!!」
理力エンジンの音が一層激しくなると連動してレフィオーネが起こす風もさらに強くなる。あまりの強風にアルヴァリスの巨体が少したじろいでしまう。と、次の瞬間、レフィオーネはふわりと宙に浮かび上がる。
「「と、飛んだ?!」」
ユウとヨハンは同時に叫んでいた。クレアはお構いなしに出力を上げていくと、レフィオーネはさらに上昇していった。ある程度の高さになると機体のスカート状のパーツ、実はスラスターだったのだが、これが大きく展開すると一気に敵の輸送機へ向かって加速する。
「クレア、あの輸送機には武装が付いているかもしれませんが、さすがに対空火器はないはずデス。もし攻撃してきても高度と距離をとれば敵の弾はまず当たることはありません!」
「了解!」
敵の輸送機とは大分距離があったが、レフィオーネが素晴らしい加速を見せるとあっという間にクレアの射程に収まった。そのままレフィオーネは空中で静止し、長銃を両手で構える。スラスターが噴射する圧縮空気の振動がいくらか気になるが、この程度ならなんとかなる。長銃に備え付けられた照準器から拡大されて見える敵の輸送機には帝国の紋章が見える。やはり、帝国の部隊か。ここで叩いておかないと。
クレアは大きく息を吐いて引き金を静かに引く。距離、高度、風向きと強さ、湿度、温度……。それらを勘と経験で読み取り、移動する目標の速度を計算に入れて狙い定めた一点を弾丸が突き進む。理力甲冑用の大きな銃弾は輸送機の操縦席付近に着弾し、バランスを崩した輸送機は激しく水面に叩きつけられてそのままバラバラに分解してしまった。
「次!」
クレアが照準をもう一機に向けると、ようやくこちらの攻撃に気が付いたのかジグザグに機動しだした。しかし、機動性は低いのかクレアの狙いが逸れるほどではない。もう一度大きく息を吐き、再び引き金を引くと輸送機は何かに引火したのか、小さな爆発が何度か起こった後で水面に突っ込んでいった。
「ふう、ただいま」
レフィオーネは離陸したときと同じようにホワイトスワンへふわりと着陸した。
「クレア、理力甲冑での単独飛行を世界で初めて成功せた感想はどうデス?」
いつの間にか格納庫には先生が来ていて、その顔はものすごくニヨニヨしている。まるでずっと画策してきたイタズラが成功した子供のようだ。その気持ちが分からないでもないクレアは操縦席のハッチを開けて思いっきり叫ぶ。
「最っ高の気分!!」
クレアの表情は澄み切った青空のように爽快なものだった。




