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【完結済!】天涯のアルヴァリス~白鋼の機械騎士~  作者: すとらいふ
第二章 旅立 〜幻のオーガスレイヤー〜
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第十七話 甘味・1

第十七話 甘味・1


「うぅ、頭が痛い……」


 クレアはズキズキする頭を持ち上げる。二日酔いになるまで飲んだのは久しぶりだ。頭痛を我慢し、ベッドから立ち上がる。と思ったら少しの間、ベッドに腰掛けたまま動かない。ぼーっとする頭が多少はマシになってくる。顔でも洗おう。手櫛で軽く髪を整え、動きやすい普段着に着替える。


 化粧品の入ったポーチと手拭いを持ち、洗面所へと向かう。艦内のスペースは限られているため、こうした設備はほとんど共同だが贅沢は言っていられない。個室があるだけマシとしよう。

 洗面所で顔を洗い、髪をすく。だいぶ眠気が覚めてきたクレアは薄く化粧をしてから食堂へと向かった。


「ユウ、おはよう」


 厨房ではユウが食器を洗っていた。どうやら他のみんなはとっくに食べ終わっているようだ。今日に限って、みんな起きるのが早いわね?


「あ、おはよう。クレアの分はそこに出してるよ」


 ユウと挨拶を交わし、いつもの席に座る。そこにはユウが用意してくれている朝食が並んでいた。今日はパンとカリカリに焼いたベーコン、付け合わせにトマトとレタス。塩と豆のスープ。それに……。


「今日は卵があるじゃない! どうしたの?」


 朝食の皿にはオムレツがあった。卵の黄色とケチャップの赤いコントラストが食卓を彩る。クレアは以前、ユウが作ってくれたオムレツを初めて食べたことがあり、それ以来すっかり好物のひとつとなった。


「ああ、ついさっき街の人がくれたんだ。産みたてだからって」


 鶏の卵はけっこう貴重だ。鶏を飼っている農家などはともかく、こういう街では少々値が張るため、あまり口にする機会がない。しかも産みたてとは。


「僕はいいって言ったんだけど、どうしてもって言われてね。街を守ってくれたお礼だってさ」


「ふーん?」


 街を守った? なんの事だろう。いや、それよりも今はオムレツだ。クレアは早速フォークとナイフを手にし、朝食を食べ始めた。フワフワのオムレツを口に入れると卵の味とバターの香りが広がっていくのを感じる。


「美味しい!」


 ユウが軽い舌触りにするには空気を含ませるようにかき混ぜると言っていたが、とてもふかふかで柔らかい。それに卵の甘味とケチャップの酸味がよくあっている。美味しさのあまり、二日酔いの頭痛も気にならなくなる。


「クレアはオムレツが好きだよね? 卵がたくさんあったらいつでも作れるのにな」


「そうね、ここ(ホワイトスワン)で鶏でも飼う?」


「白鳥なのに鶏?」


 二人は小さく笑う。





クレアは朝食を食べ終わったあと、食堂を出て格納庫へと向かう。自分の機体を点検するのと補給の確認をするためだ。格納庫ではすでに先生とボルツ、ヨハンが作業を行っている。クレアに気付いたヨハンが手を止めて立ち上がる。


「あ、姐さん! おはようございますっ!」


「おはよう、ヨハン。今日は朝から早いわね」


「? そうっすか? そんなに早くないっていうか、むしろ遅……」


「あああ!!」


 ヨハンの声が先生の叫び声でかき消された。少し残る頭痛に響いてくる。一体何があったんだろうか。


「どうしたのよ、そんな素っ頓狂な声を上げて? まだ、二日酔いで頭が痛いのよ」


「ああ、クレアデスか。素っ頓狂もクソもないデスよ。これを見てください」


 先生はそう言ってアルヴァリスの脚部装甲を取り外したところを指さす。理力甲冑の人工筋肉と各種配線がむき出しになっているが、クレアにはさっぱり分からない。


「理力甲冑の人工筋肉? これがどうしたのよ」


 先生の代わりに何かの装置を持ったボルツが答える。


「ああ、クレアさんおはようございます。いや、アルヴァリスの脚部に使われている人工筋肉なんですけどね、そろそろ耐用限界なんですよ」


「耐用限界? そんなに早く消耗するものなの?」


 理力甲冑の各部が駆動するには人工的に製造された筋肉が用いられている。魔物の筋肉を特殊な処理を施して作られるそれは理力によって収縮と膨張をする。そのため、理力甲冑を動かすには操縦士に理力の素質が求められるのだが、理力の強さによってその収縮力が大きくなることが知られている。また、収縮の速さや細かい動きも理力に比例して向上するため、理力が強い=理力甲冑の操縦が上手い・強いに直結する理由である。


 ところでこの人工筋肉だが、もとは魔物の体の一部なので使えば使うほど消耗するし、長期間の使用で劣化もする。開発が始まった頃の人工筋肉は一週間程度で腐ってしまったらしいが、さすがに現在は保存液や防腐処理が向上しているので、すぐに交換という事は無くなった。それでもこうして定期的に点検をして人工筋肉の劣化具合や交換時期を確かめなければならない。生きた動物なら傷ついた筋肉は代謝によって再生するが、理力甲冑の人工筋肉はそうもいかないのだ。


「うーん、このアルヴァリスの人工筋肉はけっこういい物を使っているので、そうそう劣化することはないように設計したんデスけど。それが予定の半分も来ない使用期間でボロボロになるなんて……」


「それって、つまりユウが無茶しすぎってこと?」


 クレアはユウとアルヴァリスが戦闘中に見せる驚異的な跳躍や回避運動を思い浮かべる。確かにあんな動き、ほかの操縦士では到底出来ないような機動をしていたらすぐに人工筋肉も劣化するというものだろう。


「……やっぱり、それが原因デスかねぇ……」


 先生は深くため息をつく。どこか落ち込んでいるようだが。


「先生、どうしちゃったんです?」


「なに、簡単なことですよ。もともとアルヴァリスは量産を前提に開発が行われてきました。現状、ただでさえまともに操縦できる人間が限られているうえに、人工筋肉の消耗が激しくて頻繁に交換しなきゃいけないとなったら、軍のお偉方の覚えも悪くなるでしょう?」


 趣味的に理力甲冑を作っているように見えた先生だが、ちゃんと費用や整備性についても考えていたのか。クレアは少し驚いてしまう。


「うむむ、当面は予備の人工筋肉を多めに貯蔵しておかないと……それと機体の方からリミッターを設け……でも根本的な解決にはならないデスね……」


 先生は顔を険しくしながらブツブツ独り言を言っている。対策案をいくつか考えているが、どうやら問題の根っこに到達するものは無いらしい。


「ユウの理力に耐えられないなら、もっと強い人工筋肉を作ったらいいんじゃないの?」


 クレアはなんとなく言ってみる。もちろん、ただの思い付きなので具体的にどうすれば強い人工筋肉を作れるかは知らないし、そもそもどうやって作るかも知らない。


「いやいや、クレアさん。簡単に言いますけどね。今の人工筋肉の強度と耐久性を得るまでに、偉大な先人たちの並々ならぬ努力がどれほどあったか……」


「いや、そうデス。無いなら作ればいいんデスよ。従来よりものよりもっと強く、もっと強力に、もっと強靭な人工筋肉を開発して、ついでに量産体制も確立しちゃいましょう!」


 先生は急にやる気になったようだ。しかし、発言した本人が言うのもなんだが、そんなに簡単に開発できるものなのだろうか? ボルツなんかは今後の展開を悟ったのか肩をうなだれている。おそらく、無茶な研究に付き合わされるのだろう。


「ま、なんでもいいですけど。先生、ボルツさん、そろそろ休憩にしましょうよ。」


「もう休憩するの? そんなに時間は経ってないんでしょ?」


「何言ってるんデスか、クレアは。酒の飲み過ぎで頭がバグっちゃったんデスか? 今は10時くらいデスよ」


 ん? 10時? え? 朝、起きて、顔を洗ってご飯を食べて……いまは7時か8時くらいじゃないの?


「クレア姐さん、今日は寝坊しちゃったから時間の間隔がズレちゃってるんですよ、きっと」


 クレアは急いで格納庫を飛び出す。ホワイトスワンのすぐ向こうにある城門へと続く街道には多くの人が往来している。空を見上げると太陽はすでに高くなっている。……まさか、本当に寝坊?


 クレアは突然、その場にうずくまってしまう。つまり、ユウは自分の事を寝坊しても何気ない顔で遅い朝食を食べる女に見えたっていうこと? そんなだらしない人間だと思われた? というか、そんなに飲んだっけ私? だんだんと自分の顔が熱くなっていくのが分かる。おそらく、耳まで赤くなっているのだろう。周囲に人がいなければ大声で叫びたい気分だ。


 後ろからついてきたヨハンが心配する。突然、外に向かって走り始めたと思ったら、急にしゃがみこんだのだ。無理もない。


「姐さん、大丈夫ですか? 昨日、飲み過ぎたんじゃ?」


 クレアはキッとヨハンを睨む。


「ヨハン、私、決めたわ。もうお酒を止める! これから()()飲まない!」


 その紅い瞳には強い決意の炎が宿って見える。よほどの覚悟なのだろう。理由は聞かないでおこう。なんか昔も似たような事を言っていた気がするが、ヨハンは黙っていることにする。


 そのとき、外から大柄な男性が大きな声で呼びかける。シンだ。


「よぉ! おはようさん! いや、もうこんにちは、か? まあ、どっちでもいいや! お、クレア! 昨日飲んでたビールだけどよ、お前気に入ってただろ。店長に仕入先聞いといたから補給品のなかに入れといたぜ!」


 なんて間の悪い。ヨハンはクレアの方を見ると、小さく肩がひくついている。あ、これは断酒を決意した矢先にビールが飲める嬉しさと怒りが混ざり合っていると直感的に理解する。クレアはすっくと立ちあがり、いまの状況を知らないシンがノコノコと近づいてくる。ヨハンがヤバい、と思った瞬間、クレアはシンに向かって飛び蹴りをかましていた。


「お酒は()()飲まないの!!」


「グホァ!?」


 クレアの右足は綺麗にみぞおちに入ってしまい、シンは苦しみ悶えている。ヨハンはクレアの断酒が今回も長続きしないと予想し、静かに合掌する。シンさん、あなたは悪くない。ただ、タイミングが悪かっただけです。


「まったく、何をやっているんデスか。シンを殺しちゃ駄目デスよ? 昨夜みたいにいつ敵襲があるか分からないんだから」


 先生がトテトテと歩いていくる。クレアは興奮した頭を大きく深呼吸しながら落ち着ける。ん? 昨夜に襲撃なんかあったのだろうか?


「なんかユウも言っていたけど、どういうこと? 敵襲って?」


「クレアはぐっすり眠っていたから知らないでしょうけど、みんなでスワンまで帰ったあとに敵の攻撃があったんですよ。お酒を飲まなかったユウは出撃できたんデスが、ヨハンはふらふらで操縦できないし、そもそもクレアは起きてこなかったので論外デスけど」


 クレアは絶句する。まさか自分の寝ているときにそんなことがあったとは。お酒を飲み過ぎて潰れてしまい、ユウを一人で戦わせてしまったなんて。酷い自己嫌悪で頭が痛くなってきた。いや、これは二日酔いの頭痛だ。それよりユウはそんな素振りを見せなかったが、もしかして自分のために気遣ってくれたのか? うう、その気遣いが余計に私の心を抉る……。


「もうユウと顔合わせられない……」


 クレアは顔を手で覆う。あーもうやだ。部屋に引きこもりたい。


「なに馬鹿なこと言ってるデスか。いいからちょっと調べものするからついて来いデス」


 先生はクレアの腕をとって外へ向かって歩き出す。なんだ、一体どこへ行くというのだ。


「こんだけ大きな街デスからね、図書館や軍の資料館も充実してるでしょう!」


「何か調べものですか? というか、痛いから手を離してくださいよ!」


「いいからついてくるデス! これからとある魔物について調べるんデス!」








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