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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
三章 無法の王は死体を飾る
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第六話 『皮』

多分一番難しい回

「……核」


 ティアナはおもむろに下を見つめる。

 この足の裏側には竜がいると考えると、この世界――この星そのものが偽塊なのではないかと思えてくるのだ。

 

「どうやってグジャを核に閉じ込めたかは不明だけど、本にはそう記されているわ。実際、その入り口が存在するのよ」

「昔その場所が観光地になっていたね。グジャが核に突っ込んだ跡が残っているらしいよ。といってもここから大分遠い所にあるから見たことはないけどね」


 竜神が地の底に葬られた跡は神の鉄槌が下されたものとして崇められる時期もあった。

 結局は危険な場所として国に認定され、法によって立ち入り禁止となったのだ。

 

「それで……それが魔法と何か関係が?」


 ティアナは核竜の話を受け入れるも、彼女の言いたいことが掴めない。

 今ある空間は徐々に重くなり、三人に緊張感を与えているがシークは構わず問いに答えた。


「そうね、結論から言うわ。人に魔法が宿ったのは、遺伝変異のせいだと思うの」


 単語を聞いてティアナは首を傾げた。


「グジャが地の底に埋もれる際に、断末魔のごとく眩い光を放ったと記されているわ」


 その時、ザンミアの目が限界に開いた。

 何かを察したかのように彼はシークを見つめ


「そうか……つまりその光が人の遺伝子を転換させたということか……」

「恐らくね。遺伝転換はすぐ起きずに長年掛けて人の体に異変を起こしたのよ」


 竜神が放った光は青く、世界の八割方を覆い尽くすほどのあまりに輝かしい光だったと言われている。

 青い光が灯ったと同時に竜神はその巨体を核に委ね、姿を消した。

 

「グジャが放った光はただの光じゃないのは確かよ。その証拠に人以外の種族は全員謎の病で亡くなったのよ」


 具体的に放った光の中にどんな成分が含まれているかは本に記されていないが、何かの放射や細胞を死滅させるような害あるものではないかと言われている。

 光は想像以上に効果を発揮し、過去に存在していたエルフ族などの体を蝕んだ。人には何も害を起こさなかったものの、他の種族は体から大量の血を流し、一年足らずで全滅したらしい。

 

「人には無害だったと言うけど私はそう思わない。この光は人にも影響を齎しているわ。それが魔法となって現れただけの話よ」


 この説に確信的な根拠も証拠もない。飽くまでシークの中での一説に過ぎない。

 だが、彼女の中ではこの説が有力だと至ったのだ。そこにはそれまでの勉強の量とザンミアに褒めてもらいたいという無邪気な想いが詰まっている。

 

「そして、ここからが肝心よ」


 シークはカファルの腹横を指差し、説明を続ける。


「ザンミアが言ってた死体が腐らない方法についてだけど、それはグジャの放った光が関係しているわ」


 再びザンミアは眉を顰めた。


「グジャの光の影響は人だけじゃない。とある植物にも魔法に近い力が宿ったの。この場合、力という表現が正しいかは定かだけどね」


 そう言って彼女は近くの棚の引き出しから木の枝を取り出した。見たところ普通の枝だが、ザンミアにはすぐそれが何か分かったように


「その枝……まさかポワールの木の枝かい?」

「そうよ。ポワールの木は魔法の杖として昔使われていたけど数が限られていた為か途中で伐採を禁じられたわ」


 若干話に遅れを生じているティアナであったが、ようやく彼女もこれまでの点を結ぶことが出来た。

 

「……そのポワールの木も、核竜の光によって?」


 彼女に尋ねられたシークは笑みを微かに浮かべながら


「私の仮説が正しいならそうなるわ。そしてその説は限りなく正解に近い。なぜならその枝の効果がここに証明されているからよ」


 するとシークは手に持つ枝を一本横に折った。断面からは僅かに樹液が漏れ出し、彼女の指の上に塗られた。


「これを腹部に塗ったの。ポワールの樹液は本来、魔法の杖には含まれていないけど、これには魔法の効果を抑制して違う形で発動させる成分が含まれているわ」


 樹液は微かに黄色を帯びており、蜜のような甘い香りを醸し出していた。

 

「つまりそれを傷口に塗って回復魔法を掛けると死体にも効くようになるということだね?」


 ザンミアは樹液を少し指に乗せ、匂いや触り心地を確認する。

 指の間に消えた摩擦は、指紋を走らせ微妙に滑り気を感じさせた。

 

「今の所この樹液の効果は継続してるわ。長く放置してるけど一度魔法を掛けたら乾かないみたい」

「逆に傷のない箇所はなぜ腐らないんだい?」

「おそらく樹液が出すこの香りに原因があるわ。魔法を帯びた樹液は特殊な反応を起こすみたい」


 確かに腹部からは甘い香りがある。

 多くの説明をして少し疲れ気味な彼女の前でザンミアは考え込んだ。

 

「……ポワールの樹液……か……」


 シークとティアナは彼の瞳を見つめ、息を呑み待機する。

 中で揺れる灯が三人の影を悪戯に動揺させた。

 少し時間が経つと、ザンミアは口を開き


「シーク。そのポワールの木が生えている所まで案内出来るかい?」

「え、別に構わないけど……何か思いついたの?」

「少し調べたいことがあるんだ。でもここまでよくやってくれた。心から感謝するよ」


 頭を撫でる彼に照れ顔を見せないようにシークは顔を伏せた。

 

「それじゃ先に外へ出るよ。二人は少ししてから出てきてくれ」

「分かったわ」


 彼は立ち上がり、再びマントを被ると死体に「それじゃ、またね」と言って出口に足を掛けた。


「ま、待って。カファルはこのまま置いていくつもりなの?」


 焦りを見せる彼女にザンミアは冷たい口調で


「一旦ね。別にここで残っても構わないけど、どうする?」


 カファルを見つめながら自分がどうするべきかを考える。

 ここで仲間を置いていくのはどこか気が引ける。だが、ここで彼らを野放しにしては、わざわざ薄暗い霧の中足を運んだ意味がなくなる。

 彼が何を調べるか言わなかったのは自分がいたからだ。

 彼女が具体的に何を調べるか聞かなかったもの自分がいたからだ。

 全て計算された言葉だというのは分かっているが、感情が先走って選択を間違えそうになる。


「……行くわ。というより、私が行くこと知ってて聞いたでしょ」

「ははっ。少しは理解してきたじゃないか。これは僕も油断出来ないね」


 笑いを飛ばす彼に無表情で応える。

 今でさえ、自分を油断させるための言の葉に過ぎない事をティアナは悟ったのだ。

 彼女は少し黙り込み、カファルの亡骸を見つめる。人形のように硬直したまま、静かな時間が流れた。

 ふと、ティアナは顔をザンミアに向け


「そうね、いつどこで鎖をうっかり壊さないか私も心配だわ」

「――――」


 不適に笑ってみせた。

 これで奴が揺らぐとは到底思えないが、それはどうでもいい。


「そうか……君も、本気になるということだね」


 ザンミアは目を細め、彼女の言の葉の意図を悟った。彼女の中で何かが変わったのだと気付いたのだ。


「無法の王ザンミア。私はあなたを絶対に許さない。カファルを埋葬してあなたを改心させて見せる。私を生かした事を後悔させてあげるわ」

「生かす? それは少し違うな。僕は君に選ぶ権利を与えただけだ。生きるも死ぬも、君が決めているだけだ。ティアナさんが生きようが僕は責任を取る気はないし、逆も然りだよ。だって、この世界に答えなんてありはしないんだから」

「答えならあるわ。きっとあなたもそれに気付く時がくる」

「――――」

「あなたのお蔭で目が覚めたみたい。さっきまで圧倒されてたけど、カファルを見て決心した。だから私は負けない。パーバスの分まで生きて、私が食べてみせる――ザンミア、あなたの心を」


 下から見上げながら虹彩を彼に叩きつけた。

 ティアナにとってこれが意志の表しであり、宣戦布告。

 

「……僕の……なんて……」


 彼は声を抑制し


「なんて……反吐が出る台詞なんだっ」


 口を歪ませた。

 胸から込み上げる笑いが震えとなってザンミアの首を擽った。

 

「心を食べるだと? そんな台詞どこで覚えたんだい? まるで己に人とは違う力が宿っていると勘違いしてる子供が言いそうな台詞だ。センスも欠片もないよ」


 呂律を回しながら言葉を投げる彼に、ティアナは無情のまま眼差しを浴びせる。

 彼は出口から離れ、威圧を放ちながら


「ねえ、教えてよ。僕の心を食べるという言葉の意図を。食べてどうするんだい? 僕はその味の感想を聞けるのかな? 味見させて貰えるのかな?」


 感情を揺らすの如くザンミアは煽りまくる。口元に笑窪を飾り、相手の意志を指先で捻じるようにして声を発した。


「……味ならあなたが一番知っているはずよ。カルニアやシークさんの心の味なら覚えてるんじゃない? それと同じ。パーバスの心も飲み込んだつもりでしょうけどそれは違うわ。彼は飲まれてなんかいない。まして間違ってもいない」

「――この短時間で君に何があった……」


 まるで人が変わったようにティアナは無情と化したが、その執念は更に増しているように感じた。

 気付けばザンミアの笑窪は消え、警戒心が表となりつつある。


「何も。ただ、しいて言うなら責任を負ったことかしら。カファルの死体を見るまで自分やパーバスの事だけを考えていたけど、今は違う」

「――――」

「私は法奴隷でここにいるのよ。私が生きるのは自分の為でもパーバス個人の為でもない。未来の為よ。だからパーバスの意志は私が受け継ぐの。それが、彼の望んでいることだと分かるから」

「……どうして分かるんだい?」


 静かにザンミアは尋ねる。

 

「簡単な質問ね。それはね――私がパーバスを好きだからよ」


 ――沈黙した。

 彼からすれば、これ以上のない反吐が出る台詞だというのにクスリとも笑いが出ない。

 

「……今の言葉……そうか……そういう事か……君はどうやら、悪魔の皮を被る気なんだね」


 ティアナは笑顔のまま首を微かに降ろした。

 彼女の意志を確認したザンミアは一度地面に目線を置いた後、何も表情を浮かべず


「――あまり話していると日が開ける。行こう」


 出口に差し掛かる彼の背中はどこか気が抜けており、シークにもそれが伝わった。


「ざ、ザンミア!?」


 マントを被るティアナの横を遮り、彼の肩に手を置く。


「ねえ、どうしたの? あんなので黙り込むなんてらしくないよ? ザンミアならあそこで――」


 振り返る彼の顔を見た瞬間、シークは言葉が詰まった。彼の瞳はどこか曇り、何かに蝕まれたかの如く顔を強張らせていた。


「シーク。君には彼女の言葉の意味が分かるかい?」

「意味も何も……ただ告白しただけじゃ……」

「違うよ、あれは己の欲のまま発した言葉じゃない」

「それじゃ、一体……」

「餌だよ。僕を釣るための餌。僕があの言葉に反応するのを知ってて言ったんだ」


 いまいちシークには理解出来なかった。

 

「本気で僕を倒しに来るようだ。そしてわざとあのタイミングで宣戦布告することによって言葉の真意を濁したんだ。更に僕がそれに気付くことも見抜いている……彼女は、悪魔の皮を被って僕の足元から根こそぎ持ってくつもりなんだよ」

「悪魔の……?」

「これは一本取られたよ。危うく彼女の言葉に飲まれるところだった。僕を黙らせるなんて、人というものはいつ狂気に染まるか分かったものじゃないね」


 それでもシークには彼の言ってる意味が分からなかった。

 何を持って戦っているのか、何を持って黙り込んだのかすら理解の外に等しい。


「パーバスさんを肯定するために愛を売ったか……人の心を捨て、僕を仕留める気でいるんだろうけどそうはさせない。彼女なんかに僕は止めれないのだから……」


 シークは後ろに一歩下がり、謎に溺れながらティアナの様子を伺った。


「……震えてる」


 ティアナの顔は平然としているもの、服を握る手だけは小刻みに揺れている。

 

「ねえ、あなた……」


 シークは手を差し伸べるが、こちらに気付いた彼女はその手を遮りながら


「初めまして、私はティアナと申します。法奴隷の一人で魔法を使えます。属性は水。特技は――」


 時間が巻き戻ったのかと思った。だが、明らかに時は刻まれている。それでもシークの中では思考が停止し、考えなしに


「ま、待って!? 急に何言い出すかと思えば自己紹介!?」

「はい、どうかなさいましたか?」


 シークは自分の腕を掴んで後ずさった。

 相変わらず指先は震えていると言うのに、表情だけは凛としたままだ。

 

「も、もういいわ……行きましょう……」

「はい」


 ザンミアの背中を追うようにティアナはフードを被さりながら足を運んだ。

 それを見送るようにシークは彼女の影を瞳に焼き付ける。

 結局二人の言動の意図は更に迷宮入りしたが、シークには一つだけ気付いた事がある。

 

「この感覚……」


 今腕の表面にはざらついた細胞が巡っている。

 背中にはひんやりとした触感が彼女を包んでいた。

 そして、なぜかザンミアの母親の葬式を思い出していた。実の母親の亡骸を土に埋める際、彼が発した台詞は今でも覚えている。

 彼女にも自分の今の心情が理解出来ないでいた。だが、己に眠る本能が必死に自分の胸に訴えているのだ。



 いきなり自己紹介を始めた彼女はどこか――ザンミアに似ている。と。

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