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無法の王は心を喰らう  作者: アメアン
三章 無法の王は死体を飾る
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第四話 王は夜月に照らされる

 日が沈む前、ザンミアは棚の塔に立ち寄っていた。

 

「これももう駄目か……」


 棚から腐敗に満ちた死骸を木造の箱に詰めていく。

 悪臭に包まれながら耳や口から白い幼虫が顔を覗かせ、顔の肉を喰らっていた。

 

「今日だけで五人も失うのか……もったいないな」


 腐った死体はもう飾れない。

 このまま置いても虫が他の死体に住み着くため、毎日夕方に念入りな確認をしている。

 彼からすればこの作業はつらいものだった。

 苦労して手に入れた装飾品が自然の力で失われていく。

 その損失する数が多ければ多い程、彼に憂鬱感を投下していた。


「でもこの作業もいつかしなくて済む。僕は……死体を飾ってみせる」


 箱に詰められた死骸は近くの焼却炉に運ばれた。

 肉が衝突する音を立てながらザンミアは五人の死骸を中に入れる。

 

「さようなら……」


 寂しげな表情を浮かべ、惜しい気持ちを押し殺して蓋を閉じた。

 閉まる音が響いたと同時に中からは炎が点火し、死骸を包んでいく。

 瞳に炎を宿しながらも彼の瞼は半ば閉じている。

 締め付けられる胸を抑えるように拳を握り歯を噛みしめた。

 

―――――


 夕日は沈み、微かな寒気と共に月が顔を出した。

 

「これを被るんだ」


 ザンミアは門の前でティアナに一枚のマントを渡した。

 マントにはフードが付いており、顔が見えないようになっている。

 黒く染色された布地は繊維が細かく、質の高い糸で編まれたようだ。

 同じマントを胸に巻く彼の姿を真似るようにティアナもマントを身に纏った。


「その布には魔法と物理を無効にする力を組み込んでいる。外で殺されるのは見てて面白くないからね」

「……それはどうも」


 門を開き、二人は外に出ると奥にある霧の森に目を置いた。


「それで、その研究をしてる人はどこに?」

「ここから少し離れた洞窟にいる。クロちゃんがいればすぐだけど今日はただの青年として外出したいから徒歩で行くよ」

「クロちゃん?」

「ペットの名さ。黒い竜のクロちゃん。今度会わせてあげるよ」


 嫌な予感しかしないティアナであったが、「え、ええ」と軽く頷いて苦笑いを見せた。

 微妙な雰囲気に包まれながら二人は霧の中を歩む。

 湿気と若干の寒気を感じながらティアナはザンミアの背中を追っている。

 この空気は懐かしく、どこか寂しい。

 少し前までこの背中は、パーバスだったと思うと心臓が破裂しそうだ。

 ティアナはふと、腕に巻かれた鎖に視点を置いた。

 これさえ壊せばこの悪魔をすぐさま葬ることが出来る。

 だが、それでは奴の思惑という沼地に足を引きづり込まれるようで気が進まない。

 今ほどパーバスの意見を聞きたいと願うことはないだろう。

 彼さえ居てくれれば、自分がどうするべきかを教えてくれるはずだ――が、それを考えたところで己に課せられた試練の重量が減少するわけではないのも事実。


「そういえば、私はあなたのことを何て呼べばいいの?」


 ティアナは葛藤を紛らすために他愛もない会話を振った。

 ザンミアは首を微かに横に傾け


「ザンミアでいいよ。さんや君付けはいらない」

「分かった」

「僕はティアナさんと呼ばせてもらうけどね。一応、客人として招いているわけだし」

「客人ね……」


 しばらくして二人は城が見えない距離まで進行した。

 徐々に霧の密度は増し、湿り気によって髪が濡れツヤめいていた。

 フードの中は熱気が凝縮され今すぐにでも頭を解放したい。


「もうじき目的地に着くよ」


 至って冷静なザンミアは淡々と奥に距離を詰めていく。

 気付けば見知らぬ森へと侵入していた。

 複雑に折れた木の枝が頭上寸前にぶら下がり、不気味さを醸し出していた。

 夜月によってかろうじて足元が見えるが、たまにかかる雲はその視界を塞ぐことも時折ある。

 

「ええ、早く到着してこのフードを――」


 ティアナはザンミアの背中を確認した時、彼の異変に気付いた。


「――――」


 ザンミアは左奥にあるただの霧に視点を置いている。

 何かを発見したかのように歩みを止め、表情を崩すことなく首を固定していた。

 

「……どうかしたの?」

「ねえ、あそこに何か見えるかい?」


 彼の薄気味悪い質問に戸惑いながらもティアナは首を横に振る。


「そうか……いや、なんでもない。先を急ごう」

「……分かったわ」


 彼にしては心ここにあらずと言った雰囲気だ。

 ティアナはもう一度左に首を向けながら歩みを進めるが、そこに何かがいる様子はない。

 ここでパーバスがザンミアと同じ事を言えば、自分は頬を膨らませて背中をわざとらしく叩いたのだろうか。

 もしこれが冗談としても無法の王である彼が言うとその言葉でさえ企みを感じてしまう。

 自分を迷わすための発言か否かは今の彼女には確認出来なかった。


―――――

 

「ここが例の洞窟だよ」


 城から出て約一時間近く歩いた。

 長距離の徒歩は慣れてるため、ティアナにとっては大した運動にはならない――が余計な緊張感と不安でどこか肩の辺りが重くなっている気がした。

 

「この奥に……」 


 洞窟の入り口は狭く、前屈みにならないと体が収まらない程だ。

 湿気が集う淵から水が滴り、それはある意味幻想的にも見える。

 ザンミアは洞窟に足を踏み入れフードを脱いだ。

 ティアナも彼に続いて頭部を晒し、それと同時に来る清々しい空気に充実感を覚える。


「頭ぶつけないようにね」

 

 滑り気のある岩塊に手の平を置きながら前へと進んだ。

 土を掘りだす動物のような気分に駆られ、ティアナは口を開いた。


「その死体を腐らせない方法を見つけた人はどんな人なの?」

「女性だよ。昔からの仲でね。よくお世話になったものさ」


 彼のような異常者に手を貸すような人物など真面でないのは確かかもしれない。

 しかし、改めて思考を錯誤してみると死体を腐らせないことなど可能なのだろうか?

 死体でも腐らせない液は実在するが、それだと冷ややかな頬に触れることは出来ない。

 そもそも死体を壁に飾る事自体が想像し難いことなのだが、彼にそんな常識など通じないのは彼女自身も承知の上だった。

 

「おっと、光が見えたみたいだ」


 考えふけている間に奥から微かな淡い光が虹彩に刺し込んだ。

 次第にザンミアの背中と自分の足元が確認出来るようになり、少しだけ安心感を覚える。

 それとこれから自分はその計画を阻止しなければならない使命感に襲われる。この計画さえ台無しにすれば目の前にいるこの約束された闇を封じることが可能なのだ。

 ティアナは改めてパーバスのことを思い出し、己の胸に決意を示した。


「さあ、着いたよ」

 

 唾を飲んで狭い通路から脱出した。

 灯の光に包まれ、ティアナは辺りを見渡した――すると


「ザンミア!!!!」


 すぐ隣から活気のいい女性の声が鼓膜を叩き、ティアナの視界にザンミア含む人物が二人映った。


「やあ、久しぶり」

 

 ザンミアの首元に抱き着く女性は若く、金色の髪が特徴的だ。

 この薄気味悪い空間に似合わず明るい雰囲気を醸し出す彼女はどこか奇妙にも思える。


「ずっと会いたかったんだからね……? ねえ、キスして?」

「すまないが今は出来ないんだ。今日はお客さんもいるからね」

「え?」


 ようやく女性はティアナの存在に気付き、彼を抱きながら冷たい目つきに変わる。

 

「あの……初めまして……」


 ティアナはよく分からない罪悪感に駆られ、軽く頭を下げた。

 女性は溜め息を突いた後に、ザンミアを解放する。そしておもむろにティアナの元に立ち寄ると、下から舐めまわすように


「この人がお客さん?」

「そうだよ。法奴隷のティアナさん」

「法奴隷!?」


 女性は眉間にシワを寄せ、怒鳴り交じりで


「ここに法奴隷を連れてくることがどういうことか分かってるの!? もしこれが組織にばれたら――」

「その人は無害だ――というより無害にした。これから長い付き合いになるだろうから挨拶した方がいいよ」

「挨拶って……」


 呆れながらも女性はティアナを横目で確認し、手を差し伸べた。


「私はシーク。話は聞いてると思うけど死体を腐らせない研究をしてるわ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします……」


 何をよろしくすればいいか疑問にも思ったが、ここはとりあえず場に合わせた。

 研究所であるこの洞窟内は意外と整理されており、今では珍しい本が置かれている。

 死体らしきものは見当たらないが、奥にまた別の部屋にあるのだろう。

 

「それでシーク。実験は上手くいってるのかい?」


 シークはザンミアに声を掛けられると機嫌を取り戻し、無邪気な笑顔で


「もちろんよ!! ザンミアと一緒に住めるようにたくさん勉強したんだからね!!」

「そうか、それは嬉しいよ」

「少し待ってて。今持ってくるから」


 彼女はすぐさま奥の部屋に移動し、物音を立て始めた。


「彼女もカルニアと同じように祝福の力で不老にしてるんだ」


 シークがいない間に話し掛けるザンミアにティアナは


「意外と女たらしなのね、あなた」


 この男のどこに魅力を感じたのかが伺いたくなるが、ここまで忠実な仲間を作るのも彼にそういった実力があるからなのかもしれない。

 いつしか恋愛沙汰で命を落とすのではないかと思うティアナに対し


「そうかな? 僕はどちらにも事情は説明してるしカルニアもシークも互いの存在を認めた上で僕と行動してるけどね」

「つまりこの三角関係を認めているということ?」

「三角関係と言えばそうなのかもしれないけど僕が一番好きなのは死体だよ。彼女たちと死体を秤にかけたら僕はすぐに死体を選ぶよ」


 こんな男を想う女性二人を考えるとどこか哀れにも思えてくる。 

 自分の恋が報われる瞬間が死んだ後など想像するだけで鳥肌が立つのだ。

 あのシークと言う女性も心の中では彼をどう認識しているかが気になった。


「――さあ、持って来たわよ」


 シークはカラカラと音を立てながらこちらに距離を詰めてきた。


「ついに見れるんだね……僕の理想の装飾品が……」


 彼女の横にある棺桶にザンミアはこれ以上のない期待の眼差しを浴びせていた。

 長年の夢が叶うことに喜びを感じ、無意識に口角を釣り上げている。

 不気味に笑う彼にティアナは緊張を抱きながらその棺桶を凝視する。


「それじゃ……開けるわね」


 シークは少しずつ蓋をずらし、中にある死体を披露する。

 そこからは腐臭もないが、腹の部分が裂かれた――


「――!?」


 ティアナは死体を見た瞬間に腰を抜かし、壁に背中をぶつける。

 口元を押さえ、必死に胸からこみ上がる物を捻じ伏せた。

 

「どうかしたのかい?」


 平然と気に掛けるザンミアにティアナは喉を震わせながらゆっくりと呟く。


「……どうして……カファルが……」


 その死体の正体は自分の仲間であるカファルという男性だった。

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