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今話もよろしくお願いします。
喧騒が聞こえる。
濃厚な犬の気配を感じる。
ゆっくりと、目を開ける。
「あ、起きた?」
声のする方を向けば、ショートヘアの男の人があたしの顔をじっと見つめていた。ペットショップの店員なのだろう、エプロンを着用している。
ペットショップ?
恐る恐る視線を男の人の頭に移す。何も生えてない。自分の腕を見る。カーディガンを着てる。袖を捲って触る。肌に直に手が触れる。頭を触る。何も生えてない。顔を触る。鼻も出てない、髭も生えてない。
戻ってる……!
「大丈夫?」
「あ、はい」
改めて男の人を見る。男の人も真っ直ぐあたしを見ている。なんか、見覚えが、あるような。というか、この、濃厚な犬の気配。いや、ペットショップだから当たり前か。でも、やっぱり、この人……。
「……ひろき?」
男の人が、弘樹が、困ったように笑いながら頷く。え、なんでここにいるの。ていうか、エプロン、ってことは、店員? え? バイト? あれ、校則……。弘樹が口元に人差し指を立てる。
「バイトのこと、内緒ね」
「う、うん……」
沈黙。
気まずい。
弘樹から視線を逸らして、室内を観察する。あまり広くない小部屋に、ロッカーが壁に沿ってびっしりと並んでいる。中央には小さなテーブルとイスが数脚置かれている。あたしのバッグがテーブルの上にある。数脚あるイスの1つにあたしが壁にもたれるように座らされてて、1つに弘樹が座っている。休憩室、なのかな。
居住まいを正そうとして、足先に何かがぶつかる。見下ろせば、シェルティが、足元で、寝てる……。
「あ、アルフ、くん……?」
「あー……、あれ? なんでアルフの名前知ってんの?」
「え、あ、えっと、聞いた、偶然」
ふーん、どっから漏れたんだろ、と不思議そうな顔をしている。さすがに、別の世界で聞きました、なんて言えない。ていうか、あたし、さっきまで……! どうなってんの? 今何時だ?!
バッグを手に取りスマホを探す。今は……、5時22分。1時間ぐらい気を失ってたってこと? ん? あたしは気を失ってたの? 顔を上げて、何か考え込んでいる弘樹に声を掛ける。
「あたし、どうなってた?」
弘樹はあたしの漠然とした問いに面食らいながらも、あたしが気を失っていた間のことを話してくれた。
アルフ君があたしの袖を咥えて引っ張り、あたしがひっくり返る。それを目の当たりにした弘樹が駆けつける。あたしは気を失っている。弘樹があたしを移動させようとするも、アルフ君が豹変したかのように唸りまくってあたしの袖を咥えて離れない。
仕方なくアルフ君ごと休憩室へとあたしを移動させる。あたしの足元で微動だにしないアルフ君。気を失ったままのあたし。店先に出たり、休憩室に入ったりを繰り返してあたしの様子を見る。突如呻き出すあたしに慌てて声をかける。それと同時に眠り出すアルフ君。そこであたしが目を覚ました。
「頭打ったと思うけど、気分悪かったりしない?」
「大丈夫、だと、思う」
「そっか、よかった」
頭を擦る。あ、ここかな、ちょっと痛い。たんこぶができるほどではなさそうだけど。それにしても、あたしの体はずっとここにあったみたい。あの世界で過ごしたのは、夢を見てたようなものなのかな……。
「店長に報告してくる」
「あ、うん、わかった」
「それで、バイト、早めに切り上げれないか聞いてくる」
弘樹が立ち上がって出入り口へと向かう。その後ろ姿を目で追いかけていると、部屋から出る前に立ち止まり、顔だけをこちらに向ける。
「一緒に、帰ろ」
あたしが返事をする前に、さっさと部屋から出て行ってしまった。
店長からジュースを差し入れてもらい、弘樹は6時で切り上げると教えてもらった。少し話をしたけど、アルフ君は店長が飼っているらしい。ぐっすり眠って起きる気配のないアルフ君を心配していた。たぶん、見ず知らずのあたしよりアルフ君の方が心配、ってのが本音な気がする。うん、分かる。
店長と協力してアルフ君を事務所のケージまで運び、暇になった時間は店内をブラつかせてもらうことにした。といっても10分程度。いつも通り犬を見ていればあっという間に消費してしまう。
子犬達は自由奔放だ。食事をもらったばかりなのだろう、ショーケースの中にあるお皿にはドッグフードが残っていたり、完食されていたり。トイレを見ればフンが転がっていたり、現在進行形で頑張っていたり。それらを回収しようとして子犬に全力で吠えられ纏わりつかれている弘樹と目が合う。うーん、羨ましい。頑張れ~。
これだけ纏わりつかれたら、弘樹が濃厚な犬の気配を纏っていたのにも納得だなあ。
周りが吠える声につられて子犬達の大合唱が始まる中、端っこの柴犬は今日もすまし顔。さっさと食べて出したのか、ショーケースの中は綺麗だ。しゃがみ込んで柴犬をガン見する。残り時間は柴犬の尻尾を振らすことに全力を注ごうか。
そこで、いつもガン無視してくる柴犬が立ち上がる。初めて見た柴犬の立ち姿に驚く。ど、どうした? ガン見していると柴犬が近寄ってきた。ガラス一枚越しに見つめ合う。おお?
人差し指をそっと見せてみる。それに気づいた柴犬が前足でテシテシしてくる。か、可愛い……! どうしたの、今までのツンツンした態度はどこにいっちゃったの?! 最高か、このツンデレ最高か……!!
「ごめん、お待たせ、帰ろー……」
デレてくれた柴犬にデレデレしながら遊んでいると、声をかけられる。見上げれば、弘樹が驚いた顔をしていた。どうしたんだろう。柴犬に向き直り、またね、と手を振って立ち上がる。柴犬はあたしを見上げながら尻尾を振ってくれた。最高。
「すっげえ、柴が懐いてる」
「ふふ、あたしの手にかかればチョロイもんよ」
あ、ついテンションが上がって、普通に話しちゃった。しまった、と思ったのはあたしだけだったのか、何それ、と自然な笑顔を見せてくれる。久しぶりの、弘樹の笑顔。
……まあ、誰に見られてる訳でもないし、別にいいよね。帰ろっか、と歩き出そうとして、なんとなく後ろへ、柴犬へ振り返る。ピンと立った耳。茶色の毛。くるりとカールした尻尾。
どうした、と聞かれ、なんでもない、と答えて歩き出す。綺麗な、上品なバリトンボイスを思い出す。彼の鳴き声は、どんな声だろうか。
夏の6時過ぎはまだ明るい。帰るの遅くなっちゃったな、お母さんにLINEしとこうかな、と考えていると、あのさ、と弘樹が呟く。見上げれば、前を向いたまま、真剣な顔をしていた。
「俺があの店でバイト始めたの、1年ぐらい前なんだよね」
何の話だろう。黙って続きを待っていると、弘樹が顔を前に向けたまま、言葉を続ける。
「夏休み入ったし、ちょうどバイトの募集してたし。でも、バイト自体はもちろん、犬の世話も接客も初めてで、全然上手くできなくて」
うん、と返事をしながら、あたしも毎日通うんじゃなくて働けばよかったな、とぼんやり考える。弘樹が、それで、と一旦言葉を止め、あたしに真面目な顔を向ける。
「毎日のように、ペットショップに通ってる女の子が、いて」
へえ、あたしみたいだな、なんて一瞬考え、いや、去年の夏休みも、今年みたいに過ごしてたっけ、と思い当たる。自意識過剰だろうか。でも、もしかしたら、これは。
「いつも、すっごい優しい笑顔で、子犬達を見てて」
いつの間にか歩みが遅くなっていたのが、完全に止まる。弘樹は真っ直ぐこちらを見ている。視線を逸らすに逸らせない。顔が熱い。夏の、夕焼けのせいだろうか。顔が赤い。
「俺がケージの掃除に手間取って、回収し忘れたのを、教えてくれたり」
なんとなく、記憶が蘇ってくる。ショーケースのこちら側の隅っこに、トイレの陰にフンが転がってたのを、教えた、ような。
どうして、今更、こんなことを話してるんだろう。ずっと、話さずにいたことを、今更になって。
そんな話、されたら。
あたしも、話さないと、不公平じゃんか。
家族にしか話していない、あたしの秘密。さっきまで体験していた、あたしの秘密。弘樹が秘密にしてたことを話すんだったら、あたしだって話してやるんだから。
ちゃんと受け止めてよ、バカ。
これにて完結です。
ブクマや評価をしてくださった方々、最後までお付き合いくださった方々、ありがとうございました。




