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小さな……

本日2話目





 店を再開してから数日ほどっていた。月はサマタからイシタへと変わり、としの終わりも近いせいか、フェルラースは新年に向けて慌ただしい様子だった。

 例年ならば保存食を作る事に余念がない時期ではあるが、ここはフェルラース。ミーニッツ村とは事情が違った。

 だからといって保存食を作らないなどと言う事はなく、村にいた頃と比べ程度は軽いが少量ながらも暇を見つけては作っていた。

 フェルラースは様々な物が各地より集まっており、保存食など作る必要がないくらいに食に満ちあふれている。だからカイルたちがそれを作り始めたのは単に手持ちぶさたと、長年にやっていたから、やらないと落ち着かない、というのが大きな理由であった。


 そして肝心の『リトル』。

 やはり一月ほどの規模を縮小した営業ゆえか、人の入りが以前よりも少なくなっていた。

 味に飽きられたという事ではないからいずれは元に戻るだろう。

 カリンに言わせれば「日がいて、冷静になれたんでしょ」とのことだが、確かに客足が遠のいたのは平民の、それも富裕層とは言いにくい人たちであった。他よりは安くてもお菓子は嗜好しこう品。値段も値段で月にそう何度も食べられる物ではないのだから……。


 稼ぎが減ったにもかかわらず、以前とは比べカリンがピリピリとしないのはフェルラース以外に進出しない事を決めたせいだろうか。あれ以来カリンはどこかうれしそうに仕事をしている。

 それを見てカイルも、お菓子作りは楽しいのかな、と興味を抱きカリンに師事を受け始めた。


 そして新しい生活が順調になった頃、久しぶりにリーチェが『リトル』に姿を見せた。

 食べに来た訳ではないらしい。用件は事件の結果報告だった。

 ゴルタールの悪行の証拠はあまり残されておらず、『グリードリ』商会を解体するには及ばないそうだ。とはいっても、フェルラース以外にも潰す事が出来た支部があったらしいが。

 それに伴い、支部長を逮捕し貴族籍を剥奪はくだつすることに成功していた。


 それを聞いてカイルは少しほっとした。

 ゴルタールのようなやつが少しでもいなくなったのだ。わずかばかりとはいえ、カイルの安全の保証は拡大されたのだから。

 全てを話し終えると、リーチェはお菓子を数点ほど買って帰っていった。



 そしてさらに数日後。

 今度は領主婦人のユリアーヌ・ローゼント・エル・フェルラースが現れた。以前とは違いリーチェだけでなく、様々な侍女を引き連れていた。

 以前とは違い、突然の法文だったために準備など一切していない。それで急遽きゅうきょ貸しきりとなってしまったが、店の前にあからさまに領主の家紋が刻まれた馬車があれば、なんとなく察してくれるものだ。

 既に店の中でくつろいでいた人もいたが、彼らの料金を領主婦人が持ってくれるとなれば喜んで退席してくれる。

 まさに円満解決に事は運ぶわけである。もちろん、領主や領主婦人の威光と人柄があってこそだろう。領主たちは街の住人に親しまれているのだから……。


 住民の誘導を指示しながらも領主婦人のそばを決して離れないリーチェ。やはり他の侍女とは立ち位置が違うのだとカイルは思った。

 護衛も兼ねているのだろう。あれだけの武力を持っているのだから当然だ。


 やがて貸し切りという場が出来上がると、彼女たち各々おのおのが思い思いの品を食べあさり始めた。

 彼女たちの食欲を見ているだけでも胸焼けがしてくる。こんな甘い物よく食べられるなぁ、と感心する他はなかった。

 しかしそうも言ってられなくなった。開店してあまり時間も経っていないのにも拘わらず、焼き上がったばかりのお菓子はあっという間に彼女たちの胃袋に消えていく。


 カイルも始めたばかりとはいえ、調理担当、それも見習いだ。カリンの指示に従って動き、休憩する暇もないほどになった。

 これで以前みたいに何か変わった物を作れ、と領主婦人が言って来たらどうなってしまうものか。幸いにもそれは無かったようで、何とか領主婦人ご一行を待たせることなく作り終える事が出来た。

 流石さすがの彼女たちも昼時の差し掛かると、おなかが膨れたのか、それとも飽きが来たのか、口は動かすけれど手を動かす事は止めていた。


 だがそれでカイルたちが解放されるということはなかった。

 機会を見計らっていたのか、そこにきて領主婦人が『パイ』が食べたいと言い出したのだ。それには活力に満ちたカリンさえも笑みの表情を崩していた。

 疲労を隠せないカリンは以前とは違う、明らかに一人分とは思えない大きさのパイ生地を窯に入れた。

 先に切るか、後に切るか、の違いしかないので結局の所手間は変わらない。けど、それは自分でやればの話だ。その作業を他者に委ねてしまえばいい、と考えたカリンはよほど疲れていたのだろう。

 そして完成したのはカイルの腕の長さくらいある、長方形の『リングゥルパイ』であった。


 リングゥルは丸みを帯びた赤い果実で、ナイフで皮をくと白い果肉が出てくる。そのまま食べるとシャリッとして硬いのが難点だ。それと甘みはあるのだが酸っぱいと言う事もありカイルは苦手としていた。

 でも焼くと話は変わる。酸っぱさがどこかへ消え甘みが濃縮される。それだけでなく食感が柔らかくなって、とても美味おいしくなる果実なのだ。


 そんなリングゥルを焼いて作った『パイ』なのだ、さぞかし高評価を得られるだろう。そう思いながらカイルは、カリンと一緒に焼き上がったばかりの『パイ』を手押し車ワゴンに載せて運んでいく。

 そして勝手に食べろとばかり、店の中央に手押し車ワゴンを放置しようとした。

 しかしそれで終わりにはならなかった。三人の女性が近づいてきたため、このまま裏に下がり休息を取る事も望めなかった。


 その内の一人は領主婦人だ。ただの侍女なら従業員に任せて引っ込むところであったが、高位の貴族様を相手にそんな事をするわけにもいかない。

 他に何か別の物を要求されるのかと身構えてしまったが、今日の『パイ』の説明が欲しいのと、もう一人――護衛らしきリーチェは当然いる――の女性の紹介だった。何故なぜ領主婦人が自ら紹介するのかとカイルたちはいぶかしんだが、なんと彼女――アーチェはあのリーチェの双子の姉だという。

 なるほど、よく見比べてみればそっくりだ。今までどうして気付かなかったのか不思議なくらいだ。

 女性の顔を見比べるのは失礼かと思ったが、それでも止める事ができなかった。するとある事に気付く。二人はえて似せない努力をしているように感じられた。

 思わずカイルがそれを指摘するとアーチェははにかんだ笑みを浮かべる。一方リーチェは表情を崩すことはなかった。


 紹介が一段落するとアーチェは早速本題に入った。用があったのは領主婦人ではなく彼女であったらしい。

 領主婦人が送った手紙の中にカリンのお菓子、特に『パイ』を絶賛していたらしく、それを見たアーチェの主が興味を持ったとのこと。

 それならば『リトル』に食べに来ればいいじゃないか。領主婦人だってわざわざ来てくれているのだから……。

 とカイルは思ったが、聞く話によるとアーチェの主がいる場所はフェルラースから遠く、と言うほどではないが、それなりに離れた王都ラースにいるそうだ。


 カイルはそれを聞いて自分を恥じた。

 まさか食べ物のために、そんな離れた場所からわざわざ足を運ぶという発想がなかった。平民だから仕方がないと言えば仕方がないのだが。


 しかし、今度はカリンがそれを聞いて難色を示した。

 『パイ』は出来たてこそが珠玉であり、時間が経てばしんなりとしてしまう。それでも美味しい事は美味しいのだが、食感が落ちた『パイ』では『タルト』にはるかに及ばない。

 そもそもだ。クリームの時間による劣化は味の問題ではない。安全性の問題になってしまう。具材にしても遠く離れたところまで運んでいる間に、腐ってしまうのではないかとカリンは心配していた。


 それを聞いたアーチェは「だから私が来たのですよ」と微笑ほほえんだ。

 なんでも彼女は、右手で触れた物の状態を一日の間時を止める、『保持魔法』を使えるそうだ。

 リーチェと似たような効果の魔法だ。自分以外を対象と出来るためか、妹の魔法ほど強力ではないらしい。

 毎日魔法をかけ直せば、どんなに遠く離れた所に運んだとしても出来たての状態を保っていられる。


 アーチェが仕える、主の使用人の中には、彼女以外にも似たような事が出来る魔法使いがいるらしい。

 彼女が派遣されたのは単に妹であるリーチェと、この際会ってきたらどうかと勧められたからだそうだ。


 優しい主なんだなとカイルは思った。

 それをアーチェに言ったら「私の魔法以外は多少劣化してしまうから……」とブツクサとつぶやいていたがどこかうれしそうだった。

 リーチェとは違い簡単に感情をあらわにするアーチェを見て、双子でもやっぱりあまり似ていないなと感じた。



 アーチェのために『パイ』を含んだお菓子類を取り分けた後、領主婦人の侍女たちに焼き上げた『パイ』は全て食べ尽くされた。お腹いっぱいにったんじゃないかと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 その後土産用にとメープルクッキーを作らされた。それでようやく満足して帰って行った。


 領主婦人の馬車が見えなくなるまで見送ると、くたくたになったカイル、カリン、そして従業員一同は人通りが多い往来だと言うのに、その場で尻もちをついてしまった。

 もう動きたくない! それが全員の望むことだろう。少し休んだら家に帰って布団に潜って眠りたい。そんな誘惑にカイルは駆られた。


 しかしまだ休むわけにはいかない。

 彼女たちに食い尽くされたせいか、喫茶店の倉庫にある材料は壊滅かいめつ的だ。2号店からの品出しと、買い出しが必要だろう。

 休日はまだ先だ。明日も当然営業日だから今日中にそれをしなければいけない。

 それとなくカリンに、明日は休みにしない? と聞いてみたが、「臨時休業なんてありえないわ」とにべもなく断られてしまった。


 従業員一同、疲れた身体にむちを打ち、なんとか明日の準備を終わらせた。

 最後の方には「辞めてもいいですか?」と言い出す人がいたくらいだ。カリンは『臨時ボーナス』と言う物を出し、その言葉を黙殺した。

 そしてようやく慌ただしい一日は終わった。



 それからしばらくして、一通の手紙が『リトル』に届けられた。封筒は明らかに豪華だとわかる造りをしていて、どこかで見た事がある家紋で封をされていた。

 カイルはそれが何なのかと記憶をあさっていると、あっ、という声が思わず出てしまった。

 ――王家の紋章。

 それに気付くと、カイルはその手紙を持ってきた人にひざまずいて頭を垂れる。

 カリンはそれに気付かなかったのか、手紙を受け取るなり封を開け手紙を読み始めた。


「ふぅ~ん」


 どこか面白くなさそうにカリンはそうつぶやいた。


「それで如何いかがなさいますか?」


 手紙を持ってきた使者らしき人物は彼女の無礼を気にしている様子はない。まるでそんなことは時間の無駄だとばかり、自らの職務を果たそうとする。


「どうするもなにも……受けるしかないんでしょ?

 謹んでお受けします。でも私たちはこの街から出て行くような事はないわ。安全のためにも……それだけは伝えてください」


 そう言ってカリンはお辞儀を一つ。

 それを見届けた使者らしき人物は「では月の初めに」と言葉を残し去っていった。


「ねぇ、カリンちゃん……一体どういうこと? あれって、王家の使者、なの?」


 カイルは恐る恐るカリンに尋ねた。

 それに対してカリンは「そうよ」と機嫌悪そうに返してくる。しかし肝心の内容には答えてくれない。

 それから少しカリンの様子をうかがったが、答えてくれる気はないらしい。仕方なしとばかりに、カイルは恐れ多い手紙を読む事にした。


 それは要約すると『美味しいからもっと食べたい』と言う物だった。可愛かわいらしい字だ。きっと子供――王子様か王女様が書いたのだろう。

 陛下直々の物ではないとわかり、カイルは少し気持ちが楽になった。


「領主御用達ごようたしから、王室御用達になっちゃったわね。

 まあ、なんとなく予想はしていたけど……」

「えっ?」

「分からない? アーチェさんのせいよ」

「えっ?」


 アーチェと王室との関連性が見えずカイルの頭は疑問符で埋め尽くされる。


「冷静になりなさい。事の順番を考えれば分かる事でしょう?

 アーチェさんは王都から来た。主に食べさせるためにお菓子を持って帰った。そして今、王室から『追加を寄越よこせ』って手紙が来た」


 そういえば……、とカイルは思わず手紙を見返してしまう。うん、確かに書かれているや。文脈から見て一度食べた事があるというのが読み取れる。

 お忍びで『リトル』に食べに来たという可能性も考えてみたが、それらしき人物など見た覚えもない。


「それにね……領主婦人が手紙を出したって聞いた時点でその可能性も考えていたの。

 だって、ユリアーヌ様、今の王様の妹だもん」

「えっ!?」

「あれ? 言ってなかったっけ?

 ユリアーヌ・ローゼント・エル・フェルラース様の『エル』は王族のみが名乗れる称号よ? 旦那の領主様はカイザール・ローゼント・フェルラース伯爵」


 ――不思議に思わなかった?

 と呟いたカリンはどこか疲れた表情をしていた。


「領主様の正式名なんて今初めて知ったよ……」

「まあ、領主様や伯爵様で済んじゃうからね」

「それはそうとして。カリンちゃんは乗り気じゃないみたいだけど、どうして? 嬉しくないの?」


 名誉な事にも拘わらず、覇気を感じさせない面持ち。実にカリンらしくない。


「なんていうかね……重いのよ」

「重い?」

「フェルラースだけでやっていくなら王室の威光なんて邪魔だけよ」


 ズキンと胸が痛む。目標を縮小しなければ役に立ったであろう肩書き。それをカリンはいらないと断じてしまう。


「もう、そんな顔をしないで?」


 いつの間にか表情をゆがめてしまったらしい。心配そうにカリンが見つめてくる。


「本当に気にしなくて良いんだからね。小さな事だけど新しい夢も出来た事だし……」

「新しい夢?」

「うん、それはね――」


 そして嬉しそうにカリンは語り出す。

 必要以上に稼いだお金で、日持ちする『クッキー』を作って子供たちに食べさせる。それも普段は食べられない様な子供たちに。

 それと一緒に勉強も教えるんだ、とすごく優しげな表情を浮かべていた。暇がないから月に一回くらいしか出来ないだろうけど、と、どこか残念そうでもあった。

 それを見てカイルは決意する。そしてカリンの目を見つめ力強く言い放つ。


「ぼくが! 『リトル』を継ぐよ!

 だからカリンちゃん好きな事をしていいよ……。もちろん今すぐって訳にはいかないけどね」

「か、カイル……あんた……」

「でもなるべく早く一人前になるように努力するよ」


 そう言ってカイルはカリンを抱きしめた。


「いつの間にかカイルも頼りがいのある男になっていたのね」

「そうかな? 少しは『ビッグ』になったかな?」


 もちろんよ、とカリンはささやき、二人は口づけを交わした――。






エピローグを明日の朝投稿して完結です。

ちなみに

うはた→ウバタ

るい→ルイタ

さり→サリタ

いよ→イヨタ

だう→ダウタ

まか→マカタ

りい→リイタ

なし→ナシタ

さま→サマタ

いし→イシタ

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