高級志向
――ある貴族の館にて
女中に給仕されながら、女主人がお茶を飲んでいた。
出されたお菓子を摘まみながら、いつものように雑談に耽っていた。ただ、その内容はいつものとは違う毛色の物であったが。
「ふぅ……。このお菓子も食べ飽きたわね」
「ですが奥様、これは最高級の蜂蜜を使ったお菓子ですわ」
「そうはいっても、似たような物ばかりですもの。たまには変わった物が食べたいわ」
添える果物などで工夫は凝らしてはいるが、出る物は薄っぺらいケーキとクッキーだけ。これでは奥様も飽きてしまうわ、と、その女中も同意見であった。
変わった物……そう奥様はおっしゃった。何か思い当たる節はないかと女中は記憶を探った。
そこでふとある事を思いだした。
「そういえば……こんな話を聞いた事があります」
「何ですの?」
「ちまたでは蜂蜜を使ったお菓子よりも、美味しい物があるそうですわ」
「あら、まぁ……本当かしら? またいつぞやの根拠のない噂ではなくて?」
「なんでもその店は――」
このような話があったのは、ここだけではなかった。貴族社会で少しずつその噂が広がり始めていた……。
あれから、カリンは数点ほど新メニューを作り出していた。
まず、卵の黄身に砂糖、小麦粉、そして牛乳を加えて作り出すカスタードクリーム。それから派生として『プリン』が完成していた。
これには生クリームで飾り立て果物を添えて提供している。
また、果糖は熱を加えると甘みが弱くなる性質があるため、生クリームなどの添え物以外には砂糖に切り替えていた。
次に『タルト』。バターをふんだんに使った生地は、口の中でサクッとした後、ほろほろと崩れるようにできていた。
これだけでも美味しいが、これはあくまで台なのだ。上に何かを乗せてこそ『タルト』たり得るのだ。
乗せる物は日によりまちまちで、プリンを乗せる事もあれば、果物を乗せることもあった。果物にしてもただ乗せているだけではない。砂糖を煮詰めて作ったシロップでしっかりとコーティングしてあった。
ゼラチンやアガーといった固める素材がなかったため、煮詰めたままのシロップに潜らせる形ではあったが。
その分、色つやは光り輝く宝石のよう。見る者を魅了し、食べるのがもったいないという気分にさせていた。
この生地を利用してクッキーもメニューに加えていた。
クッキー自体はこの世界にありふれていた。そうはいっても貴族社会ではだが。
これらは基本メニューとして毎日提供されている。
そして次の3つが本命であった。
メープルシュガーおよびシロップを使ったお菓子。
『クレープ』『パウンドケーキ』『シフォンケーキ』がそれに当たる。
これらは作るのに時間が掛かるため、『クレープ』以外は予約注文という形であった。
『クレープ』…………砂糖、卵、牛乳、小麦からなる、薄い膜の生地で、果物を包んでメープルシロップを掛けた物。生クリームを添える事もある。
これは果物をメインとしたお菓子。
『パウンドケーキ』…………バター、メープルシュガー、卵、小麦を全て等分で混ぜ合わせた生地を、焼き上げた物。
柔らかくしたバターに、メイプルシュガーを泡立て器でよく混ぜる。それで空気を含ませるところが、このケーキの肝心な所。
これはバターやメープルシュガーの風味を楽しむお菓子。時には乾燥させた果物をお酒に漬けて入れることもある。
カリンは焼き終えた後、シロップを打ってから、最低でも3日ほどは冷暗所で寝かせている。生地に何かを入れたときはさらに伸びる。いくら予約客にせっつかれてもこれを破ることはない。
『シフォンケーキ』…………小麦、メイプルシュガー、卵、牛乳、そして食用油で作られた生地。
カリンはこれを作るために、底が外れて、中央に筒があるケーキ型を用意した。自ら設計図を書き、それを板金工に作らせていた。
メレンゲに卵黄生地を混ぜ合わせる所は、他のケーキと大差ない。違いは焼き上げたとき逆さにして冷ますことだけ。
このケーキは生地を泡――空気の力で膨らませただけ。なので、水分を多く含んだ生地を支えるだけの力がなく、そのままだとペシャンコになっていまう。だから逆さにして、焼き縮に対処しなければいけないのだ。
そう言った意味ではデリケートな生地なのだろう。とはいえ、そこ以外は気を付ける事はないので、簡単なのだが……。
これは卵の味と、ふわふわな食感を楽しむお菓子。
客の好みに合わせて茶の葉を刻んで入れたり、牛乳をお茶に変えたりもしている。これにも乾燥した果物を入れることもあった。
その場合は風味が変わってしまうため、メープルシュガーから砂糖に変更していた。
これらは何処の店にもない『リトル』オリジナルのお菓子だ。そもそもこの世界にはない前世の知識から生まれた物だった。
この世界でケーキと言えば、『ホットケーキ』であった。それゆえに、カリンが作ったスポンジケーキですら、企業スパイが入り込む状態であった。
生地を膨らますという発想自体がないと思われる。クッキーは存在していたことから、混ぜて焼くと言うのがお菓子の主流なのだろう。
だからだろうか、カリンが作り出したメニューは、すぐさま評判となっていた。それも上流階級にだ。
当然の事だろう。これは最初から庶民向けの物ではないし、値段もそれ相応にしている。
『パウンドケーキ』など一本金貨3枚となっている。シフォンケーキも金貨1枚であった。
一番安い『クレープ』ですら銀貨3枚。相当無理を強いなければ庶民では手が出るわけもなかった。
だが、そんな彼らにも高級品を口に入れられる機会があった。
見た目を損ない、貴族相手に売れなくなってしまった物がそれに当たる。
『シフォンケーキ』は作るのが簡単でも、生地がデリケートなため失敗することもある。底――ひっくり返すと天辺――がへっこんでいたり、上手く膨らまない物が時には出てきたりする。
そういった物は『訳あり』という名を振って店頭で売り出している。
基本メニューおよび『訳あり』に魅惑された庶民たちは、食費を削り、『リトル』へと金をつぎ込む。まさに、うはうは、という状態であった。だからカリンが高笑いをしていたとしても、何らおかしくはないのだ。
「おーーーーほっほっほっほ」
意地悪なお嬢様、それをイメージしてカリンは笑っていた。主題は傲岸不遜だ。
「カリンちゃん……その笑い止めない?」
カイルが何か言っているが、そんなの無視だ。今はこの余韻に浸りたい。気分が良く、自然と笑いはこみ上げてくる。
お菓子だけではなく、香水の売れ行きも順調だった。一瓶金貨5枚というぼったくり価格ですら、売れていた。
これも歩く広告塔のおかげだろうか。
とはいえ、この街の貴族にも限りがある。しかも直ぐなくなるわけでもなく、女性しか必要としていない。
お菓子と違ってそう何度も売れる物ではなかった。
ある程度余韻を楽しむと、カリンはカイルに向き合った。
「カイル、砂糖の売れ行きはどうなっているかしら?」
カリンは販売のみの店舗――二人の兼住居の管理をカイルに任せていた。その助けになる様に、カイルの下に二人ほど従業員をつけていた。
このくらいの商いならできて欲しいという思惑もあったが、単にこちらまで管理している余裕がなくなっていた。
それに砂糖の販売しかしていないのだから、帳簿さえつけられればいいのだ。接客は他の従業員にまかせれば済む事であった。
現在販売店では、砂糖以外は取り扱っていなかった。
以前に作った果糖は、カリンが主体となっている喫茶店の方で使うため、取り置きをしている。『蜜』は既になくなっていた。
カイルならばその程度の仕事はこなせる、とカリンは信じていた。
「うん、やっぱり他のより安いみたいだから……もう時期、なくなっちゃうよ」
「そう、ならまた作らないといけないわね」
「魔法も慣れた作業だと簡単には疲れなくなるから、それなりの量も直ぐに作れると思うよ」
その言葉を聞き、またもや笑いがこみ上げてきた。
「おーほっほっほっほ……。あたしたちの才能が怖いわ。
このままいけば、『グリードリ』商会打倒も夢じゃないわね!」
「敵……なんだよね?」
「ええ、そうよ。不倶戴天とはこのことよ。同じ砂糖売りとしてどちらかが食い尽くされてしまうわ」
未だ嫌がらせは起きていないが、このまま何もしてこないという事は考えられない。
既に彼らの領分を侵している。砂糖の価格を下げるという事は喧嘩を売るも同然だ。
「でも……フェルラースでは勝てるかもしれないけど、規模が違うんだよね?」
「む……、いい着眼点ね。カイルも成長したもんだわ」
「えへへ」
「しかし、カイルの言う事はもっともだわ。
どんなにあたしたちが稼いだところで、全体的に見れば勝てないでしょうね。カイルがあと10人いれば話は別でしょうけど……」
「えっ? ぼくはぼくだけだよ!」
冗談に向きになるところが、まだ子供といった感じで可愛い。
「うふふっ、たとえ話よ。フェルラースと同じ事を他の10都市でやれば、『グリードリ』商会も潰れちゃうって意味よ」
「そういうことか~」
カイルの顔は見飽きる事はない。このまま見ていたい気分ではあったが、それはいつでもできる。
ここから先は真面目な話になる。そこでカリンは表情を引き締めた。
「でも、そろそろ気を付けないといけないわね。多分横やりを入れてくるわよ。
他の都市でもってさっき言ったけれど、少なくとも後1つ。1つだけでも都市で『グリードリ』商会に反抗して欲しいところだわ」
「え? どうして?」
「簡単よ、対策を練るにしても、二方向相手にするのは難しいわ。
だからまず一方に集中するのが定石なんだけど……。多分、損切りできないでしょうね。だから両方を相手して破滅する」
「ふ~ん。でもそういう存在がいないんでしょ?」
「そう言う事よ」
カリンはため息をつきたくなってしまった。
先ほどまでは有頂天であったが、現実を見れば八方塞がりという状況にあった。
これで何もしてこなければ順風満帆なのだが、あのゴルタールという男がいる以上、それはありえないことだろう。
「とりあえず、妨害対策は考えないといけないわね」
「対策?」
「ええ、悪評を流されるとか、店内で食べたら毒が入っていたとか、あとは暴力で解決しようとしたりとか……」
「ひ、ひぇえええ」
根が素直なだけあって、カイルは悪意に弱い。仲間外れにされていた経験から敏感な所もあった。
「だからなるべく一人で行動しないように……って訳にもいかないわよね」
そう、カイルには店を任せている。だから常に一緒にいるというわけにはいかない。
「カイル、危ないと思ったら……迷わず魔法を使うのよ?
使っちゃダメって言ったけれど、自分が危険な場合は躊躇っちゃダメよ、いい?」
「う、うん……」
カイルの真剣みな表情。少し凛々(りり)しい所が出てきたかしら? それを見たカリンは目を細め、感慨深げにカイルを見つめる。
その様子から、カリンが言った事は起こりうると、ちゃんと受け取ってくれたのがわかった。
「あたしも気を付けるけど……万が一の時があったらカイルが助けてね」
「うん! 任せて!」
カイルは力強く頷いた。
だが、そんなカリンの思惑に反して、ゴルタールは特に何もしてこなかった。
もしかすると水面下で何かしていたのかもしれない。けれど、直接的な妨害は何一つとしてやってこなかった。
それから二月が経った。




